第54話 間
涼が茶を淹れるようになって、二週間が過ぎた。
変わったのは、患者の顔ではなかった。いや、患者の顔も変わったのだが、それ以上に変わったのは、透の時間だった。
問診に入る前に、茶を出す。出してから、湯気が半分に減るまで、誰も何も言わない。その二分ほどが、以前は無かった。
以前は、患者を座らせて、自分で湯を注いで、注ぎながら最初の質問をしていた。効率がよかった。一日8人を回すには、そうするしかないと思っていた。
いまは、注ぐ人が別にいる。だから透は、その二分、何もしなくていい。
何もしないでいると、視えた。
妙な話だった。凝らして視ようとしていたときには霞んでいたものが、何もせずに座っているだけの二分で、するりと視えるようになる。患者の肩の上下、湯呑みを持つ指の力み方、最初のひとくちのあとで息をどう吐くか。
目で追っていたのではなかった。ただ、そこに居ただけだ。
目の奥の鈍痛が、この二週間で、少し軽くなっていた。
「先生、今日の五人目の方」
夕方、片づけをしながら涼が言った。
「お茶、飲まなかったですよね。両手で持ったまま、置いて帰った」
「気づきましたか」
「はい。……あの人、飲めない状態だったんでしょうか」
「喉が、締まってました。飲み下す動作が、あの人にはいま、けっこうな仕事なんです」
涼が、手帳に書きつけた。
「じゃあ、次からは、ぬるめにしてみます。あと、蓋の無い湯呑みのほうがいいかも。湯気で、少し喉が緩むので」
透は、少し驚いた。
この若者は、二週間で、茶を出すという行為の中に十個以上の判断があることを見つけている。温度、量、器、置く位置、渡すときの声の高さ、下がるタイミング。マニュアルには一行も書けない種類の判断だった。
「都築さん」
「はい」
「よく見てますね」
「10分の椅子だったので」
涼は、洗い物の手を止めずに答えた。
「26人回すには、座った瞬間に全部読まなきゃいけなかったんです。読む訓練だけは、しました。……ただ、読んでも、次の動作が全部決まってたので。読む意味が無かった」
その一言に、透は自分の若い頃を見たような気がした。
視えるのに、打てない。読めるのに、変えられない。形は違うが、同じ種類の苦しさだ。
「いまは、意味がありますか」
「あります」
涼は、湯呑みを伏せて、少し笑った。
「今日は、五人ぶん、違う淹れ方をしました。全部、違ってよかったんです。……こんなに面白い仕事だと思ってませんでした、お茶」
その夜、透は桐の小箱を開けた。
形見の細い一本を、灯りにかざす。もう何十回めか分からない所作だった。
目の奥の痛みは、ほとんど引いている。この二週間、あの男の身体を視ようと凝らすのを、意識してやめた。やめたら、患者の身体のほうがよく視えるようになった。
凝らすほど、視えなくなる。
当たり前のことだった。当たり前のことに、四か月かかった。
そして、あの夜に思い出せなかった言葉の続きが、ふいに戻ってきた。
あれは、透が弟子になって二年目の冬だった。難しい患者に手こずって、何日も同じ身体を睨みつけていた頃だ。白石は、透が畳に広げた自分のメモの束を見て、鼻を鳴らした。
「透。お前は昔から、分からんもんを睨みつける癖がある」
「……睨まないと、視えません」
「逆じゃ」
老人は、湯呑みを置いた。
「聴くのは、耳でもない。眼でもない。……間じゃ」
「間、ですか」
「お前が息を詰めとると、相手も詰める。お前が急いどると、相手の身体も急いで嘘をつく。……こっちが緩まんと、あっちは緩まん。それだけの話じゃ」
それから、白石はこう続けたのだった。
「視えん時は、視るな。待て」
思い出せなかったのは、その一行だった。
睨むな、の後ろに置かれていた、やるべきこと。四か月、その一行を丸ごと落としたまま、透は自分の目を削っていた。
湯を沸かす音が、記憶の中の板の間から、いまのブースへ繋がっている気がした。あの家の薬缶も、こんなふうに鳴っていた。老人はよく、湯が沸くまでのあいだ、何も言わずに座っていた。あれは黙っていたのではなく、間を作っていたのだと、いまなら分かる。
弟子は、師の技を盗むものだと言う。透が盗み損ねていたのは、手つきではなく、あの沈黙のほうだった。
透は形見を小箱に戻し、蓋を、指先でひとつ撫でた。
明日も、涼が茶を淹れる。自分は、その二分、何もしない。
何もしない時間を、この歳になって、他人に作ってもらっている。
同じ夜、街の反対側の高層ビルで、ひとつの部屋にだけ明かりが残っていた。
男の朝は、決まった順序で始まる。目を覚まし、水を一杯飲み、引き出しの奥からシートを一枚取り出す。銀色の台紙を親指で押すと、白い粒がひとつ、手のひらに落ちる。
その日は、夜だった。夜に飲むのは、久しぶりのことだ。
男は引き出しを開けて、シートを探した。指が、奥の何かに当たった。
空のシートの束だった。
輪ゴムで留めてある。几帳面に、年ごとに分けて。いちばん下の束は、台紙の銀色がくすんで、印字が薄れていた。20年前のものだ。当時はまだ、この薬に名前が無かった。
男は、束の厚みを、しばらく指で測っていた。
それから、いちばん上の新しいシートから一錠を押し出し、水も使わずに飲み下した。
喉を通る感覚は、無かった。
「視えん時は、視るな。待て」。だいたいの職業に効く言葉だと思います。
次回から第19章。上流に、顔がつきます。
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【今回の東洋医学メモ】間
覚えなくても物語は追えます。お茶のおともにどうぞ。
東洋医学の診察は、望・聞・問・切の四つでできています。見て、聞いて、尋ねて、触れる。教科書にはそう書いてあります。ただ、実際にやってみると、この四つの外側に、もうひとつ要るものがあります。
間です。
術者が息を詰めていると、患者も詰めます。急いでいると、身体は急いだぶんだけ嘘をつきます。腕を上げてくださいと言われれば、痛くても上げてしまうのが人間です。だから、本当のことを身体に言わせるには、まずこちら側が緩んでいなければならない。
白石先生の「聴くのは耳でも眼でもない、間だ」は、そういう話です。そして「視えん時は、視るな。待て」も、同じことの裏返しになります。凝らすほど、こちらの身体が固くなり、固いこちらの前では、相手の身体はほどけない。
柊木先生が涼くんに任せた「お茶を淹れる仕事」は、この間を作る仕事でした。湯呑みを両手で包んで、ひとくち飲んで、息を吐くまでの二分。あの二分のあいだ、術者は何もしていないように見えます。実際には、いちばん大事なことをしています。




