表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その痛み、鎮痛剤じゃ治りません 〜心身の歪みが“黒い墨の霧”として視える異能の鍼師が、薬に潰される現代人を救う〜  作者: 蒼野湊
第4章 美容鍼の秘め事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/16

第11話 素顔のツボ

お疲れ様です。

 今回は、柊木が美咲の顔に、髪のように細い鍼をそっと沈める回です。

 綺麗になりたい。その言葉の、いちばん奥にしまわれた本音を、彼は聴きます。少し距離が近づく回でもあります。どうか、静かに見守ってください。


 数日後、美咲はまた施術ブースを訪れた。

 今日は、仰向けに横になってもらった。顔に鍼を打つには、その方がいい。柊木は、彼女のこめかみのあたりに、そっと指を添えた。

「力、抜いてくださいね。眠ってしまっても大丈夫です」

「眠れるかな……なんか、緊張しちゃって」

 美咲が、ぎこちなく笑う。その頬の固さを、柊木の指は、もう読み取っていた。


 柊木の眼が、職人のものに変わる。

 顔の経穴けいけつ、いわゆるツボを、一つずつ確かめていく。エラの張り、目の下のくすみ、口角を下へ引く見えない糸。どれも、表の症状だ。本当に巡りを止めている一点は、もっと奥にある。

 左の頬の、ほんの少し下。指で押せば張る場所と、本当に詰まった芯とが、わずかにずれていた。腰のときの陸と同じだ。ツボは、ここでも動いている。美咲が長いあいだ、誰かに向けて作り続けた笑顔の、その重みから逃げるように。

 そして、その淀みの奥から、細い糸が喉のほうへ伸びていた。飲み込んだ言葉が、つかえている場所。柊木は、その糸の根もとを、静かに見据えた。


「小林さん。ひとつ、聞いていいですか」

「……はい」

「綺麗になりたい、って言いましたよね。あれ、本当は、誰に綺麗だって思われたいんですか」

 美咲の喉が、こくりと動いた。

「……それが、自分でも、よく分からなくて」

 目を閉じたまま、美咲は言葉を探す。

「最初は、まわりに、ちゃんとした人だって思われたくて。でも、違う気もして。たぶん私、ずっと、誰かに合格点をもらうための顔ばっかり作ってきて。それで、自分がどんな顔なのか、分かんなくなって。だから……」

 声が、震えた。

「ちゃんと、休んでいい自分を。もう、いい子の顔をしなくていい自分を。自分で、許してあげたいんだと思います。それを、綺麗って言葉に、勝手にしてただけで」


「いい本音です」

 柊木は、やわらかく言った。

「それなら、打つ場所が決まりました」

 彼は、髪のように細い鍼を、指先につまんだ。逃げる頬のツボの、ほんの半歩先。今まさに霧が滑り込もうとする、その一点へ、息を合わせる。

 とん、と、鍼が沈んだ。

 ごく浅く、痛みもないほどに。

 次の瞬間、固く張っていた頬の糸が、内側からふっとゆるんだ。淀んでいた色が、光の波紋に押されて散っていく。喉の根もとの糸まで、つられて、ほろりとほどけた。


「……あ」

 美咲が、目を開けた。

 柊木が手鏡を渡すと、美咲はおそるおそる、自分の顔を覗き込んだ。

 左右の表情が、揃っていた。口角が、自然なところに収まっている。集合写真で見た「疲れた他人」は、そこにいなかった。

 鏡の中の女の人が、初めてこちらを見返してくれた気がした。

「……これ、私だ」

 美咲の目に、みるみる涙が盛り上がった。

「久しぶりに、自分の顔、してる」

「ええ。あなたの、素顔です」


 しばらく、美咲は鏡の中の自分を見つめていた。

 やがて、ぽつりと言った。

「先生って、私の心まで視えてるみたいですね」

 柊木の指先が、わずかに止まった。

「……どうして」

「だって、顔の話してたのに、いつのまにか、私が一度も言葉にしたことない本音まで、当てられてて。なんだか、顔より奥を、ずっと見られてるみたいで」

 美咲は、照れたように笑った。からかうのでも、こわがるのでもない。ただ、信じきった目だった。

「気のせいですよ」

 柊木は、お茶を入れに立ち上がった。背を向けて、湯気の向こうで、ほんの少しだけ、息を整えた。


「ただ、ひとつだけ。これは一度では仕上がりません」

「そうなんですか」

「顔の巡りは、暮らしと一緒に少しずつ戻るものなので。何度か、通ってください。そのたびに、今日みたいに本音を一つずつ。それが、いちばんの美容です」

 美咲は、鏡を胸に抱くようにして、はい、と頷いた。


 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 「綺麗になりたい」の底にあったのは、「休んでいい自分を、自分で許したい」でした。美咲がそれを言葉にできたこと。それ自体が、施術以上の薬だったように思います。

 そして「先生って、私の心まで視えてるみたい」。美咲のこの一言を、いつか柊木の異能の名前に繋げていきます。今はまだ、二人とも気づいていません。

 次回、第12話「自分のための顔」。素顔を取り戻した美咲が、職場で少し変わります。そして、柊木がこの会社にいる理由の影が、ほんの少しだけ。第4章のしめくくりです。

 面白いと思っていただけたら、ブックマークと評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ