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5>●第一幕 ボクはキミの××××××になりたい>第五節:キズモノに遭遇した結美は……

第五幕最終節まで、あと25節。

5:キズモノに遭遇した結美は……


 この大学には千台あまりのパソコンが備えられており、目的に合わせた台数が随所に割り当てられている。


 僕が入室した「情報処理室A」は、この時間帯の講義には使われず、四十台ほどのPCデスクが、入れ替わり立ち替わり訪れる学生たちでまばらに埋まっていた。


 僕は壁際、中ほどのPCデスクに着席すると、自分に付与されたIDとパスワードでログインする。WEBブラウザを起動すると、持参したイヤホンを片耳に挿して、有名な動画配信サイトを検索した。


 結美がいっしょにいる手前、自分の部屋でネットを使うときは何かと神経を使う。その点、こうして結美の目がない状態でネットが自由に使える環境は有り難かった。


 僕が訪れたのは、都市伝説系の動画を流す配信者UMAのチャンネルだ。アップロードされた数百本の動画の中から、一年ほど前に配信された目的の動画を見つけ、再生する。


「どうも、都市伝説を愛する皆さん、こんにちは。今日もご機嫌なビートで巷に溢れる少し不議な話を紹介していくUMAチャンネルです」


 覆面を被った男が、身振り手振りを交えて語り出す。


「さて……今回紹介するテーマはこちら」とタイトルテロップが表示される。


「あなたの罪を引き受けて、自分の傷を見せつける? 自傷する怪人物、『キズモノ』の正体に迫る」


 再び姿を現したUMAは、藤浜市の一画に出没すると言われる「キズモノ」の詳細を語り始める。キズモノというのは、UMAが名付けたらしいが、たしかにその不審者を形容するのにはふさわしいネーミングのように思えた。


 数えきれないほど視聴していたせいで内容そのものは一言一句憶えてしまったが、それでもときおり、この動画を見ることで、僕は自分の中にある怒りを再確認する。UMAの語り口は動画配信者よろしく、軽妙なノリで怪人物のことを解説していた。だが、実際に被害に遭った恋人のことを思うと、僕のはらわたは捻じ切れそうになる。


 結美がこのキズモノに出くわしたのは、大学の入学式を二週間後に控えたときだった。


 今まで見たことがない蒼白な顔をして僕の部屋を訪れた結美は、着衣の乱れや体に外傷こそなかったものの、よほど衝撃的な恐怖体験をしたのか、しばらく憔悴し、言葉を発することもできなかった。その尋常ではない結美の様子に、僕は大学へ通うことをいったん諦め、寄り添うことを決意した。無我夢中だったので、どんな理屈をこねたのかは憶えていないが、両親に当面の休学を了承してもらい、そこから結美と向き合う生活が始まった。結美はしばらく失語症のような状態で、病院や彼女の両親に相談することも提案したが、その悉くを狂おしいほどに嫌がった。海外を拠点にして離れて住む彼女の両親には、僕が結美を装ってメッセージを送り、普通に大学生活を送っていることになっている。


 結美が少しずつ言葉を発するようになったのは、いっしょに暮らし始めて一ヶ月を過ぎてからだった。ひと言発するだけで膨大なエネルギーを消費する状態から始まり、曲がりなりにも会話と呼べるような行為ができるようになるまで、さらに一ヶ月を要した。


 僕の心に燦然と残っている溌剌とした結美の笑顔は失われ、まるで別人のように陰鬱とした性格になってしまった。


 あの日、何があったか、結美からその片鱗を聞き出すことができたのは、七月になった頃だ。そこで僕はネットを漁り、UMAの発信する「キズモノ」という存在に辿り着く。UMAの話によると、キズモノは、相手が罪人であると決めつけ、聖人気取りで「それを背負ってやる」と口上を垂れ、自身の体につけた大きな傷口を見せつけるという儀式めいた行動を起こす怪人物らしい。だが……僕は思う。結美はUMAが語る以上の何かをされたに違いない、と。そうとでも考えないと、彼女の魂を半分以上抉り取って余りあるような状態になったことの説明がつけられなかった。


 部屋から一歩も出ることはできなかったが、それでも一応の日常生活を送れるようになった八月、結美は今までの謝罪と、僕だけでも大学に行くようにしてほしい、と頭を下げてきた。「これ以上、森也の人生を狂わせたくない」と。そんなことまったく考えていなかったけれど、結美の罪悪感がそれで少しでも減らせるなら、と僕は九月から復学をする運びとなったのだ。


「このキズモノっていうのが、キミと何か関係があるのかい?」


 イヤホンを挿していないほうの耳に、そんな言葉が聞こえてギョッとする。


 見ると涼しい顔をした絹倉がいた。


 画面を注視していたせいで、いつの間にか隣に座っていた絹倉の存在に気づかなかった。彼の目の前にあるPCモニターには、僕が見ているのと同じ動画タイトルが映っている。僕が見ていた動画を覗き見して、検索していたようだ。


 マナー違反だろ、と糾弾する前に、「もしかして昨日、夜道を歩いていたのはキズモノを探していたから、なのかな」と機先を制してくる。僕は口の前に人差し指を立て、「キズモノ、キズモノ連呼するなよ」と声を潜めた。


「大丈夫だよ、誰もボクらのことなんか気にかけたりはしないさ。みんな自分のことに集中しているよ」と絹倉は自身を棚に上げる。


「細かいことに踏み込みはしない。なんにせよ……キミを傷つけているのが、このキズモノっていうなら、ボクも協力するよ」


 絹倉は、本当に周囲の誰もこちらに興味がない、と思っているらしい。あるいは、絹倉が周囲に興味を持っていないのかもしれない。なんの躊躇いもなく、こう言ってのける。


「なんといってもボクは、キミのバンソーコーになるのが目標だからね」

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


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次節:第一幕 第六節「見たことのあるフォーム」

5/23(土) 17:00 公開予定

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