4>●第一幕 ボクはキミの××××××になりたい>第四節:後期開講と人集め
第五幕最終節まで、あと26節。
4:後期開講と人集め
後期が開講した。
バスを降り、大学キャンパスまでの道を歩く僕は、家を出る間際にも、結美に謝られたことを思い出す。
「わたしのことで迷惑をかけちゃってごめん……でも、森也には大学生活を愉しんでほしい……わたしの分まで」
「迷惑なんてかけられてない」と抗弁したが、結美は力なく笑うだけだった。
今必要なのは言葉ではないのだ。口で何を伝えたって、説得力に欠ける。僕は身をもって充実した大学生活を送り、迷惑など微塵もかけられていない、ということを証明しなければならない。そんなことを思いながら歩みを進めた。
この大学は半期ごとに履修科目を決めて受講する単位制を取っている。今日から一週間で後期の履修科目を決めるため、各講義のオリエンテーションが開かれる、という。
そう教えてくれた絹倉が、キャンパスの入り口で待っていた。
「おはよう」
絹倉の挨拶は、朝に聞くと爽やかな風のようだ。
僕も同様の挨拶を返し、「悪いね。時間取ってもらって」と感謝の意を伝える。
今日は絹倉が、空き時間に大学のキャンパスを案内してくれることになっていた。
「遠慮なく頼ってよ。それに会わせたい人たちもいるし」
会わせたい? 人たち? 複数形?
「じゃあ、まずは教室周りから行こう」
僕が意図を問い返す前に、絹倉は歩き出している。人の逡巡など置き去りにして進んでいく様も、風のようだった。
キャンパスのそこかしこに学生の姿があった。
ベンチに腰を下ろして話し込むグループ、履修要項を広げながら、何を受講するかで揉めているらしい二人組、スマホを見ながら講義棟のほうへ急ぎ足で向かう学生。
はじめて見る景色のはずなのに、不安よりも新鮮に感じる思いのほうが強い。
きっと僕一人なら、不安や孤独感に苛まれていただろう。
知っている人間が横にいてくれるだけで、こんなにも心強いものなのか。
――ボクはキミのバンソーコーになりたい。
絹倉が以前、銭湯で僕に言った台詞が思い出される。あれは、ただの気休めや大袈裟な物言いではないのかもしれない。
絹倉は、そんな僕の思いに気づく様子もなく、軽やかな足取りのまま進み続ける。
「よし! これで九人揃った」
テンション高くガッツポーズを作った黒髪短髪の青年は、杉山亮平と名乗った。
「急ぎ過ぎだよ、杉山。ごめんね、こいつ気が早くてさ」
杉山の隣に座る、茶色い髪にフレーム眼鏡をかけた竹本哲夫が苦笑いを浮かべる。
二限が終わると、絹倉に案内されるがまま、キャンパス内に複数ある学生食堂のひとつを訪れた。そこで紹介されたのが、目の前に座っている杉山亮平と竹本哲夫、そして、以前もグラウンドで顔を合わせたことがある女子、高見沢明乃だった。聞くところによると、彼らは「リベリアンド」という名の野球サークルに所属しているらしい。なぜか僕もその一員に加えられそうな流れになっている。
「どういうこと?」
おそらく、まず間違いなく、流れの原因を作っている者のほうを見る。
「野球経験者だろ、キャッチボールでわかるよ」と絹倉が涼しげに笑う。
「野球経験者が大学でテニスサークルに入ることはあるだろう」
「テニスサークルに入るのかい」
「たとえば……の話だよ」
大学で入るサークルのことなど考えてもいない。ただ、すでに決定事項のように語られているのは面白くなかった。
それを悟ったのか、杉山が合掌して頭を下げてくる。
「せめて試合だけ! なんなら今度の一試合だけで良いから、籍を置いてくれ」
大学のサークル勧誘とは、こんなに必死にやらなければいけないものなのか。そのただならぬ雰囲気からは、訳ありの匂いが漂ってくる。
「なんだ、まだ無駄な人数集めやってんのかよ」
あからさまに見下す野太い声が聞こえた。
見ると縦にも横にも厳つい巨漢が、不適な笑みを浮かべて立っている。後ろには、まるで従者のように数名の男女が薄ら笑いを浮かべていた。
「これから揃うところですよ」
絹倉が既成事実のように答えると、「そーっすよ。今、大事なところなんで邪魔しないでもらえますか」、「すみません、そんな感じなんで」と杉山や竹本が続く。
絹倉の横に座る明乃は、下を向いて表情を隠そうとしているようだった。
「見ない顔だな。九月生かなんかか?」
勧誘の対象に感づいたらしい巨漢が、僕に顔を近づけてくる。
「ええ、そんなところです」
半年間休学していたことなど正直に話す必要のない相手だ、というのは僕でも瞬時に理解できた。
「こんな奴らがやってる終わりの見えたサークルより、うちらのガーランドへ来いよ。楽しい大学生活が送れるぜ」と言い、「なあ?」と巨漢が後ろを振り返ると、控えていた男女が「それな!」とか「ホントそう」と、どうでもいい同意を口にする。
僕が答えないでいると、巨漢は本来の目的であったかのように、憎々しげな表情を浮かべて明乃のほうを見た。
「まったくよぉ、お前が素直な態度でいりゃ、いいものを……」
そこで、巨漢と明乃のあいだに、絹倉が割って入る。
絹倉は微笑んでいた。微笑んでいたが、いや、微笑んでいるはずなのに周囲を凍り付かせるような冷気を纏っているよう見える。さっきまでしきりに口を回していた巨漢も、下卑た笑いを引き攣らせた。
「今……ボクらは食事中なので。どうぞお引き取りを」
絹倉から発された言葉には有無を言わせない強制力があった。巨漢は面白くなさそうに舌打ちすると、「行くぞ」と後ろの男女に声をかけ、その場を立ち去った。
巨漢の男は、漆野鍵吾というらしい。この大学の三年生で老舗の野球サークル「ガーランド」の中心メンバーであるという。
彼の挑発的な態度は、僕が今、勧誘を受けている「リベリアンド」の発足に起因する。
「もともと俺らはガーランドに所属していたんだよ」
「別にどこでも良かったんだけどね、野球がやれれば」
杉山が渋い顔をし、竹本が苦笑いをした。
「ごめん、わたしのせいで……」
明乃が肩身を狭くすると、「ちげーよ」と杉山と竹本が異口同音同時に言った。
「漆野さん、昔はちょっと自己チューなところがあるくらいで、あそこまでの感じじゃなかったんだけど……」
明乃が困ったように俯く。
「親がちょっとでけえ会社の社長だからって勘違いしてんだよ」
杉山が悪態をつく。企業名を聞くと、「ちょっとでけえ」どころの話ではない、超大手企業だった。大企業の御曹司が必ずしもそうではないのだろうが、漆野はなんでも自分の思い通りになると考えるタイプになってしまったようだ。
聞いた話をまとめると、おおよそ次のように事は運んだらしい。
漆野と明乃は同じ高校の先輩後輩の間柄だった。大学が同じなのは結果論だが、明乃が自身の後輩になるとわかった漆野は、さも当たり前であるかのごとく、彼女をガーランドに所属させた。後輩を部下のように扱う様は夏休み前までもしばしば見られたものの、それでもまだ許容の範囲だった。
その傾向が増長したのは、それまでサークルを仕切っていた部長が急遽脱退し、漆野と仲の良い三年生が後釜に収まってからだった。実質、サークルのトップとなった漆野は、「高校時代、世話をしてやったから」という謎の前提のもと、明乃にさまざまな雑用を命じるようになる。中にはハラスメントでは、という理不尽な指示や命令も出ていた。なんとか耐えて受け流していた明乃だったが、それよりも先に周囲の堪忍袋が破裂した。
半ば強引に、明乃とともにガーランドを抜けた杉山たちはなぜか、他の野球サークルにも受け入れてもらえず、自分たち主導でサークルを作る他なかった。それが現在のリベリアンドの原型となる。
だが、その後の滑り出しも順風満帆とはいかなかった。メンバーを集められない。練習するグラウンドの許可もなかなかもらえない。まるで誰かの差金のように。よほど明乃の脱退が気に食わなかったのか、漆野の干渉は直接的なものも増え、顔を合わせるたびに、先ほどのような煽りを浴びせてきたり、「今ならまだ許してやるから戻ってこい」と懐柔しようとしたりしてくるという。
夏休みの終わり際、いよいよ怒りの頂点を迎えた杉山が、漆野に掴みかかった――竹本曰く、漆野はその瞬間、「待ってました」とばかりに笑みを浮かべたらしい。あわや暴力沙汰、となりそうになったそのとき、仲裁を買って出る者が現れた。
それが絹倉だった。
いつの間にかリベリアンドに加わっていた数名のうちの一人だった絹倉は、杉山と漆野のあいだに入るやいなや、試合をすることで決着をつける、という話をまとめた。
リベリアンドが勝てば、今後、漆野はいっさい明乃たちに関わらないと誓わせる一方、逆の場合、リベリアンドは解散。しかも、九人揃わなければ、その時点で不戦敗にしてもらって良い、という見事に不平等な条件だった。
そして、そのリベリアンド存続をかけた試合が来週の日曜日に迫っており、メンバーが今いる明乃、杉山、竹本、絹倉を入れても八人という崖っぷちの状況で、彼らは焦っていたのだ。
「そんなわけでさ……」と杉山が頭を下げる。「今週の日曜日まででいいから籍を入れてくれ。練習も出なくていい。試合だけ顔を出してくれればいいから。頼む」
竹本は「無理に……とは言わないけど」と前置きし、「いや、でもちょっとだけ無理してくれると嬉しいかな」と頭を下げた。
明乃も無言で二人に続く。
僕は助けを求めるように、横を見た。
絹倉は頬杖をつき、薄く笑うだけだった。
「それで、入部することに決めたのか?」
絹倉たちと別れたあと、僕は残花の相談室を訪ねた。
「決めるも何も、日曜日に協力するだけです。そこで解散になるかもしれないし」
人数集めがやっとのチームが、まっとうに活動している相手に叶うとは到底思えない。
「質問の答えになっていないな。私は君に、入る気はあるのか、と問うているだけだ」
「入らないですよ。僕にはやらなければいけないことがありますから」
「やらなければならない……」
残花はそう口にすると両手の指を顔の前で合わせた。左手の薬指に嵌められた正十字をかたどった銀の指輪が、窓から差す陽光を反射する。
「ねばならない、すべきだ……そういった義務の言葉を口にする者は、たいていなんらかの葛藤を抱えている」
「葛藤、ですか」
残花は頷くと、デスクの傍らにあった手の平くらいの大きさの人形――動物を人の形にデフォルメしたものだ――二体を中央に置いた。
「一人の人間の中には複数の感情がある」
残花が中央に置いた二体の人形の頭をちょこんと叩くと、不思議な現象が起きた。まるで人形が生きているかのように動き出し、それぞれ踊り始める。ウサギの人形はヒップホップ、クマの人形は盆踊りの動きを模しているように見えた。その二体は、どちらも首輪をつけ、長さ二十センチほどの細い紐でお互いをつなげている。
「単純化した例だが、一人の人間の中に、複数の魂があるように考えるとわかりやすい」
残花が、こんなふうに、とでも言うようにデスクの中央で踊っている人形たちを示した。
どんな仕組みになっているのかはわからないが、残花が右手の指をパチンと鳴らすと、ウサギとクマは手をつなぎ、くるくると回転して踊り出した。
「複数の魂たちが手を取り合っていれば、その人の心は統合された状態、ということができる。何をするにも抵抗がなく、動きやすい。だが……」
残花が再び指を鳴らすと、今度はウサギとクマがお互いに向き合い相撲を取るように争い始めた。
「ひとたび魂同士が対立関係に陥れば、葛藤状態となり、苦しくなってしまう。下手をすると……」
残花がさらにもう一度、指を鳴らすと、ウサギとクマは反対方向へ歩き出した。
二体の首に括られていた紐がピンと張る。ウサギとクマは、互いの首をひっぱる形でしばらく動きを拮抗させ、苦しむようにもがいていた。だがそれも限界に達したのか、いきなり仰向けにパタンと倒れ、そのまま動かなくなった。
「動けなくなってしまうか……」残花が静かに僕のほうを見る。「魂が割れてしまう」
残花がいつの間にかハサミを出して、二体を結んでいた紐の中央をチョキンと切った。突如、ウサギとクマは再び立ち上がり、別々の道を辿って、残花の右腕と左腕のほうへそれぞれやってきて、背中を向けるように座った。
残花の眼差しは「君は今、どの状態だ?」と問うているように見えた。
僕はその眼差しを無視して、間の抜けたことを口走る。
「今のはマジックですか? すごいですね。手品師でも食べていけるんじゃないですか」
残花は僕に答える意思がないと察したのか、「もともと手品師みたいなものだ、人を楽しませることはないがね。ここでの役割のほうが副業のようなものだよ」と本気とも冗談ともつかないような口ぶりで、二体の人形を元の位置に戻した。
読んでくださってありがとうございました。
ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。
どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。
──────────────────
次節:第一幕 第五節「キズモノに遭遇した結美は……」
5/23(土) 16:00 公開予定
──────────────────




