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6>●第一幕 ボクはキミの××××××になりたい>第六節:見たことのあるフォーム

第五幕最終節まで、あと24節。

6:見たことのあるフォーム


 日曜日の午後、大学のグラウンドにはラインパウダーによる野球のダイヤモンドが作られていた。簡易のバックネットもピンと張られ、設置されている。


 高校時代から使っているノーブランドのジャージを着た僕は、初対面となるリベリアンドのメンバーたちと自己紹介を交わした。気の良さそうな、というより気の弱そうな先輩たちだった。


「おい! そろそろ始めるぞ」


 和やかな挨拶の雰囲気を、漆野の威圧的な声がぶち壊す。


 見ると腕組みをした漆野を筆頭に、見下したような笑みを浮かべるガーランドの十数名が、ベンチなどで気だるそうにしている。ジャージやTシャツなど、格好の揃わない僕らに対し、彼らはチームロゴの入ったユニフォームにきっちりと身を包んでいる。


「約束、ちゃんと守れよ」


 まるでリベリアンドの負けが決定しているような漆野の口ぶりだった。


 絹倉は「はい、ちゃんと守りましょう。お互いに」と薄く笑う。


 試合は七イニング制で、ガーランドの先攻から開始した。


 一塁手を任された僕は、マウンドで投球練習をする絹倉を見る。なんというか……綺麗なフォームだった。振りかぶってから腕を振り切るまでの独特だが流れるようなリズムには、既視感を覚える。僕はこのフォームをどこかで見たことがある気がした。でも、それがいつ、どこでのことかは思い出せない。そんなことを考えているうちに、ガーランドから出された主審によって、「プレイボール」の号令がかけられた。


 絹倉の手から放たれたストレートは、豪速球とは言えないまでも伸びがあり、外角低めに構える杉山のミットに収まった。主審は苦々しそうに「ストライク」とコールする。


「打ちごろだろうが! 初球からガンガンいけ!」


 ベンチにいる漆野が檄を飛ばす。その声に打ち気がはやってしまったらしい打者は二球めを詰まらせ、セカンドを守っていた明乃に軽々と処理された。打たせて取る絹倉のピッチングスタイルは、二番打者も一球で仕留めたが、続く三番打者を凡打にさせるも、味方のエラーで出塁させてしまう。


 そして、四番でバッターボックスに立つ漆野。ネクストバッターズサークルでの素振りからは大振りで長打狙いが透けて見える。だが、その選球眼は確かなようで、絹倉がボール一個分外した誘い球を二球とも見送った。次の球はさすがにストライクを取りに行くだろう。そんなことを考えていると、マウンドの絹倉が僕のほうを一瞥し、セットポジションに入った。グラウンドに快音が響く。力強いライナー性の当たりは、二塁打くらいにはなったかもしれない、僕の正面にさえ来なければ。漆野が聞こえよがしの舌打ちをした。


「ナイスプレー」


 ベンチへの戻り際、絹倉がグローブで僕の胸を小突いてくる。他のメンバーからも「ナイス」と背中を叩かれた。悪い気はしない。


 さて……。なぜか一番打者でオーダーされていた僕は意識を切り替える。


 わかりきっていたことだが、マウンドに立つのは漆野だった。見た目通りというのは語弊があるかもしれないが、そのピッチングスタイルは技巧派ではなく、持ち前の体格から放たれる豪速球で押し切るタイプだった。


 ツースリーまで追い込まれた僕が、ボールだと思って見逃した六球めは「ストライク」と審判に判定される。一瞬審判のほうを見たが、明らかなミスジャッジとも言えず、僕はバッターボックスを出る。結局リベリアンドは三者三振で一回裏を終えた。


 そこからの試合展開は、大きな波乱もなく進行する。


 絹倉はときおりランナーを許すが、回ごとに失点を許すことはなかった。一方、リベリアンドのほうは漆野の豪速球をまともに捉えることができず、三者凡退の連続で終わる。


 そして迎える七回表。ノーアウトで二塁にランナーを出し、次の打者は四番の漆野だった。彼のここまでの打席は、三打数無安打いち四球と数字でこそ奮ってはいないが、ファールの球質などから明らかに絹倉の球筋を捉えていた。この打席で絹倉が打ち崩される可能性はけして低くはない。


 マウンド上にいた絹倉は、不意に一、二塁間のほうを振り向く。


「ピッチャー交代」


 そう宣言した絹倉はマウンドから降りると、こちらに向かって歩いてくる。


 厳密には僕の右横にいる明乃の前へ進んできた。


「あとはよろしくね」と絹倉が突き出した白球を、明乃は頷いて受け取った。


「大丈夫なのか?」


 状況が飲み込めない僕は、セカンドの守備位置についた絹倉に訊いていた。


「大丈夫も何も、盤石だよ」と絹倉がマウンドを示す。


 そこには投球練習を始める明乃の姿があった。驚くほど投球モーションが絹倉に似ていた。だが、その球質はむしろ絹倉よりも鋭いものにすら見える。


「もともとリベリアンドは彼女をエースピッチャーに想定したチームだからね」


 絹倉が「ボクはつなぎのようなものだよ」と微笑むと、プレーが再開された。


「俺に恐れをなして、あのニヤケ面にマウンドを譲ったんじゃなかったのか」


 通常の試合なら警告を受けるような大声を、漆野はバッターボックスから吐き出した。明乃は答えない。セットポジションから見える彼女の横顔は凛としていた。以前、漆野の悪態に顔を俯けていた者とは別人のようだった。


 一球め。内角低めのストレートに漆野は微動だにすることができない。二球めは、外角高め。確実にストライクゾーンに収まっていたストレートをバットに掠めて、ファールにしたのは、漆野の意地のようなものだろう。三球め、四球めともに外角のボールを漆野はファールにする。


「お前、そんなに俺と同じチームになるのが嫌なのか! さんざん目ぇかけてやっただろうが!」


 漆野が地団駄を踏む子どものように、バッターボックスの抉れた土を踏み均す。


「わたしがやりたかったのは野球であって、漆野さんのマネージャーでもバッティングピッチャーでもありません」


 明乃はぴしゃりとそれだけ言うとセットポジションに入る。漆野に、早く構えろ、言わんばかりの圧があった。バッターボックスの漆野がバットを引くと、明乃の左足が上がる。明乃の手から放たれたボールはど真ん中へと向かっていく。バットをスイングさせる漆野。タイミングは合っていた。瞬間、ボールはストンと落ちた。ベースの後ろでワンバウンドしたボールを、杉山はキャッチすることができず、体で止めた。そして地べたに落ちたボールを拾い上げると、空振りをした漆野にタッチする。審判は「バッターアウト」を宣告せざるを得なかった。


「お前! いつフォークなんて覚えやがった!」


「高校時代ですよ。漆野さんのバッティングピッチャーをしているときには必要ない球種だから使わなかっただけです」


 明乃はそう言って頭を下げる。


「ちくしょう!」と地面を蹴って漆野はバッターボックスを出た。


 その後、明乃は続く打者二人をあっさりと三球三振に切って取り、その回を終える。


 七回裏。この回にリベリアンドが得点できなければ、延長ということになる。今までノーヒットだった打順は、綺麗に一番である僕に回ってきた。


「森也、はい」と絹倉が僕にバットを渡してくる。


 うん、と掴むと一瞬、バットを引かれたような気がした。チームメイトと先ほどのピッチングについて談笑を交わしている明乃を一瞥した絹倉が、「頼むね」と僕のほうを向く。僕は「最善を尽くすよ」と返した。ここで「任せろ」と言えないのは僕の弱さかもしれない。


 マウンドの漆野は明らかに苛立った様子だ。きっとこの回を抑えて延長戦にすることを想定しているのだろう。僕のことなど眼中にないのがわかる。漆野がワインドアップの構えに入った。先ほどの明乃のピッチングとそれを褒め称えるチームメイトの姿を思い浮かべる。良いサークルだな、と思った。できれば存続してほしい、とも。漆野のピッチングの動きに合わせ、僕は左足のステップでタイミングを取る。たしかに漆野は実力のある投手だ。今のリベリアンドのメンバーならノーヒットに抑えられるのも頷ける。

だけど……それはサークルレベルの話だ。僕が高校時代に対戦してきた投手たちに比べたら、足元にも及ばない。


 真芯に当たった感触のまま、僕はバットを振り抜いた。


 このグラウンドにスタンドはないが、敷地を仕切るように防球ネットが設置されてある。そこを超えればホームラン扱いだ。そんなわけで僕は嫌味がない程度に悠然とダイヤモンドを回る。ホームベースを踏むと、リベリアンドの面々が、「よっしゃー!」とか「サヨナラだ!」とか口々にテンション高く、飛びついてきた。こんなふうに人にもみくちゃにされるのはいつぶりだろう。


 こうして、試合はリベリアンドの勝利という形で決着した。



「なんかいいことでもあった?」


 そう問われて我に返る。気がつくと目の前には結美が座っていた。部屋に帰ってきた僕は、ダイニングのテーブルで、うっすらと照れ笑いのようなものを浮かべていたという。


 試合のあと、僕はリベリアンドの打ち上げに誘われた。


 断ったものの、「MVPがいなくちゃ、打ち上げが打ち上がらないだろ」という杉山たちの謎理屈に抗いきれず、そのままリベリアンドのメンバーがよく利用している定食屋へと流れ込んだ。漆野に約束の履行を認めさせたのを喜ぶ以外、そこで話されたことは、他愛のないものだったが、それが普通の大学生の会話なのだろう、と思った。


「ねえ、結美」


「何?」


「あのさ……僕、サークルに入ろうと思うんだけど、いいかな?」


 前提として、生活の中心はあくまで結美だ。その次にキズモノ探し。だが、結美は春頃に比べ、だいぶ安定してきているし、キズモノ探しもできることは、今のところ夜の見回りくらいしかない。リベリアンドの活動は一応毎日やっているらしいが、僕の練習参加は、基本的に週一回。試合のある日は頭数を揃えるためにもなるべく顔を出すが、絶対の約束はできない。その条件で良いなら、と絹倉たちに打診し、快諾をもらってある。


「わたしに許可を得る必要なんかないのに。もちろんいいよ」


 頷いた結美は「良かった」と力なく笑った。

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


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次節:第二幕 第一節「目撃譚――『お前の罪を背負ってやる』」

5/23(土) 18:00 公開予定

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