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22>●第三幕 地獄のダブルデート>第八節:夜の電話

第五幕最終節まで、あと8節。

22:夜の電話


 月のない夜だった。


 相南平の駅に着いた頃には、夜の九時を回っている。


 駅前のロータリーに停車しているバスを横目に、僕は絹倉の数歩後ろを歩く。


 観覧車を降りたあと、絹倉に諌められ、消沈していた菜々穂を前に「今日はもう解散しよう」と唱えたのは明乃だった。


「男子たちはもう少し遊んできなよ。私たちはここで帰るから、ね?」


 そうやって場を仕切り出す明乃に近寄り、僕は「大丈夫なの?」と小声で訊いた。


「なら、あの子のケアしてくれる?」


 明乃の質問返しに、合掌して拝むことしかできなかった。そんな自分が情けない。


 明乃は菜々穂を無事に送り届けられただろうか。


「ところで……」


 やっと思考が回り始めた僕は、ふたつほど絹倉に訊きたいことがあったのを認識する。


「君は、明乃のことが好きだったのか?」


「どうしてそうなるの?」


 こちらへ振り返った絹倉が不思議そうな顔をする。


「だって、観覧車の中で……」


 そう言ったではないか、と突きつけようとする。


「ああ、あれは言いかけてる途中で 遮られたから」


「じゃあ、なんて言おうとしたんだよ」


「今ここにいる……人の関係者だよ、って答えようとしたのさ。申し訳ないんだけど、明乃にもキミから伝えておいてくれないかな。ボクから言うとなんか変な感じになってしまいそうだから」


 僕は、わかったと了承するも、「関係者」という範囲をぼやかす表現についてさらに問おうか、考えてしまう。


 仮に明乃の関係者だったとして、それはいったい誰を示すのか? 明乃の家族構成を知らないが、姉妹の可能性だってありうる。いや、そもそもの話、「関係者」という言葉のレトリックを使えば、「僕の関係者」として「明乃」を示していた、ということだってありえてしまうのか。


 実際、絹倉は僕の「明乃を好きなのか?」という問いに、否定も肯定もしていない。


 そんな僕の思考を読み取ったのか、絹倉が「あのときも言ったけど」と前置きし、「本当なら避けたい話題だったから、この話はやめてもいいかな」と釘を刺されてしまった。


 僕は、了解の意を示す意味も込めて、「話を変えてもうひとついいかな?」と訊ねる。


 絹倉が促すように頷く。


「僕たち、小学生の頃、野球大会で会ったことがあるよね?」


 以前、絹倉の投球フォームを見たときに、どこかで見覚えがある、と思った。それは小学生時代、絹倉が僕と対戦したことがあったからだ。


「遊園地の迷子騒動のとき、似たようなことがあったなって思い当たってさ」


 僕が言うと、絹倉は「やっと思い出してくれたね」と微笑んだ。


「ボクはあのときを最後に、野球を辞めようと思っていたんだよ。でもキミの『また勝負しよう』って言葉に励まされた。ううん、救われたのかな……だからおかげで、細々とだけど野球を続けることができて、こうしてキミに会うことができた」


 そういうことなのか……と思った。絹倉が僕のことを気にかけてくれる理由がやっとわかった。僕の何気ないひと言に、絹倉は勝手に恩義を感じてくれていたのだ。


 もしかしたら、大学ではじめて出会ったときに、絹倉は僕のことに気づいていたのかもしれない。いや、気づいていたから、これまでの彼の行動があったのだ、と思うと納得できる部分がある。多少大袈裟に感じる部分は、絹倉の性格に由来するのだろう。同時に水臭いな、とも思う。だったらもっと早く言ってくれれば良かったのに……そうしたら、妙に馴れ馴れしい奴なんて印象も持つことはなかっただろう。


 でも、同時に不思議な感覚も湧いてきた。たしかに絹倉の行動理由がわかったことで、彼への見方が変わった。恩義を感じてくれているのは嬉しいが、とはいえ、それだけで説明のつかない部分もある。あの超人的な能力、結美への不可解な言動、そして今日見せた冷徹な一面。絹倉という人間は、まだまだ僕の理解が及ぶ範疇外にいる。


 そういったことを伝えようとした刹那、絹倉が「ちょっとごめん」と振動するスマートフォンを取り出した。


「明乃からだ」と画面を見て、通話をオンにする。


「もしもし? うん……今日はありがとう」


 そこまで口にして、急に絹倉の表情が変わった。悪いほうに。口調も切羽詰まったものになる。声のトーンが一段下がり、張りつめた空気が彼の周囲を覆った。僕は息を飲み、ただそのやりとりに耳を澄ませる。


「どういうこと? ……うん、うん……それで? 今どこに? わかった、今すぐそっちへ行くよ」 


 スマートフォンをしまった絹倉のただならぬ様子に、僕は冷たいものを背中に感じながら「何かあったの?」と問う。


 絹倉が端的に答える。


「明乃たちが不審者に遭遇した。特徴を聞く限り、たぶん、キズモノだ」

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


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次節:第四幕 第一節「明乃の遭遇」

7/17(金) 20:00 公開予定

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