20>●第三幕 地獄のダブルデート>第六節:あの夏の運動公園
第五幕最終節まで、あと10節。
20:あの夏の運動公園
小学六年生の野球大会のときだ。
その日、市営の運動公園は人でごった返していた。
大規模な少年野球大会が開かれていたからだ。
水洗場で擦りむいた肘の泥を落としていた僕は、隣にやってきて蛇口を使う少年を見て「あっ」と声を上げてしまった。
「やあ。さっきはやられたよ。決勝進出、おめでとう」
少年は嫌味のない口調で告げてくる。
先ほど対戦した相手チームの投手だった。独特だが流れるような投球フォームから繰り出される球筋に、僕らは最終回まで零封された。サヨナラヒットを僕が打てたのは、本当にただの運でしかなかった。
「ところで……」その少年が僕から少し目線を下に向け、そちらのほうを指差す。「その子は君の妹さん?」
「はい?」
僕に妹はいない。というか兄弟がいない。
少年の指し示すほうを見ると、僕よりも頭ふたつ分くらい小さな女の子が涙ぐみながら、ユニフォームの裾を掴んでいた。
「誰?」
口をついて出ていた。まずはその少女が転んで作ったらしい膝小僧の擦り傷に、僕が貼る予定だったヨレヨレのバンソーコーを当てがった。そのあいだに何度か問答をして、女の子が従兄弟の応援に来ていたものの、同行していた叔父たちとはぐれてしまった、というのを少年が聞き出してくれた。女の子は引っ込み思案なのか、受け答えは単語で、要領を得ない部分も多く、これだけの情報を得るのにも結構な言葉を弄していた。
この先どうすれば……当時、小学生の僕はこういった局面で知恵を回せるだけの賢さがなかった。
「とりあえず、運営本部のあるテントへ行こう。大人に任せるべきだよ」
おろおろする僕を見かねたのか、少年はそう言って女の子に手を差し出す。女の子はおそるおそる左手で少年の手を取ると、空いている右手で僕の手をつないできた。
どうやらいっしょに来い、という意思表示のようだ。
運営本部のテントが見えると、女の子が勝手に駆け出していった。
何事? と見届けると、女の子はテントの中にいる中年男性の足に抱きついている。その中年男性のリアクションから、女の子がはぐれてしまったという叔父なのだとわかった。ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、女の子は何を思ったのか、突然こちらに向かって走ってきて、僕の腰に抱きついた。
なっ? 唐突な行動に僕が動揺していると、女の子は顔を上げて、小さく「ありがと」と言って微笑んだ。僕は気の利いた言葉が思い浮かばず、辛うじて「どういたしまして」と口にする。女の子は再び叔父の元へ走っていくと、もう一度こっちを向いて、嬉しそうな笑顔を浮かべながら手を振っていた。
「だいぶ気に入られたみたいだね。なんにせよ、良かった。これで一件落着だ」
少年が女の子のほうに手を振りながら言う。
「助かったよ。僕一人だったら、どうしていいかわからなかった」
「気にしないで。それより早く戻ったほうがいい。もうすぐ決勝戦でしょ」
少年が「あとのことは任せて」と急かすので、僕は礼を述べて、その場から走り去ろうとした。あ、でも……と一瞬、彼のほうへ振り返る。
「君の投球フォーム、すっごい綺麗だった。僕が打てたのはたまたまだ。また、どっかで勝負しよう!」
そう声を張ると、少年はかわいいくらいに満面の笑みを作って頷き、拳を突き上げた。
僕はそれを確認すると、チームメイトの待つベンチへと向かった。突発的な出来事に興奮して、アドレナリンが出ていたのか、肘の痛みは感じなくなっていた。
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次節:第三幕 第七節「氷点下のゴンドラ」
7/10(金) 20:00 公開予定
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