19>●第三幕 地獄のダブルデート>第五節:桂木町、四人
第五幕最終節まで、あと11節。
19:桂木町、四人
「深くん。よかった、やっぱりここで合ってた」
声の主はそう言って小走りに僕の近くにやって来る。
「この駅の改札口っていくつかあるから、合ってるか心配だったんだ」
明乃だった。なんというか女の子の明乃だった……などと言うと、多方面から怒られそうなので誤解のないように補足するが、たいてい大学にいる明乃はパンツスタイルのスポーティな格好をしている。それが今日はスカートを履いていた。髪型も普段とは違っている。いつもはひとつに結んでいるのに、今日は緩く巻かれ、肩で揺れていた。白地に淡いブルーのチェック柄のブラウスは、明乃の快活な雰囲気と意外なほどマッチしていて、印象が柔らかく見える。
どうして明乃が?
そう思っていると、「やあ」と涼しげな笑みを浮かべた絹倉が現れた。
「ちょいちょい?」
絹倉をこちら側に引っ張って「なんで明乃がいるんだよ?」と耳打ちする。
「ああ、だって体裁的に二対二にしないと、バランスが悪いだろ?」
「明乃は事情を知ってるの?」
「ちゃんと伝えているよ。そうしないと明乃も緊張してしまうからね」
「何に……」と問いかけようとすると、「お待たせ」というハイトーンな声が響いた。
どこかでカジュアル系ファッション雑誌の撮影でもやるのだろうか。そんな風に周囲の人間が考えるくらいには、周囲の目を惹くような装いで、城井菜々穂が立っていた。
ショートパンツというのか、身長は僕より少し低いくらいなのに、足の付け根から露出される生足は、僕のそれよりもはるかに長かった。天気は良いが、もう十一月だ。寒くないのだろうか、などと余計な心配をしてしまう。
そんな僕の心配など意に介した様子もなく、気安く絹倉に近寄り、腕を組んだ菜々穂は、「それじゃ行こう!」と目的地を指差した。「森也、明乃、行こうか」と絹倉がこっちを振り向くのを見て、菜々穂は僕らの存在を認識したようだ。
「森也とは面識があるよね? こっちは電話で話した、高見沢明乃さん」と絹倉が促すのに合わせて、明乃が名乗りながら会釈をした。菜々穂は興味なさそうに「ああ、今日はよろしくー」と棒読みのように言って「で、まずはどこ行く? わたしお腹すいちゃった」と再び絹倉のほうへ向き直る。
四人で駅前の通りを歩いていく。といっても、ぴったり横並びになることはなく、自然と二組に分かれた隊列になった。
絹倉と菜々穂が、付き合い慣れたカップルのように寄り添いながら前を歩き、その後ろを、僕と明乃は、一定の距離を保ちつつ、ぽつぽつと会話を交わしながらついていく。
「なんか、ごめん」と僕は小さな声で明乃に謝った。
「何が?」
明乃はあっけらかんとしている。
「迷惑だったでしょ、絹倉たちに巻き込まれて」
「ぜんぜん。わたしは楽しみにしてきたけど」
絹倉は本当に事情を話しているのだろうか。
「ねえ、このままだとわたしたち、置いてかれちゃうよ」
明乃が前を指差した。
どんどん先に進んでいこうとする菜々穂が、絹倉の腕を引いている。僕らは苦笑いで顔を見合わせ、後ろを追いかけた。
疲れそうな一日の始まりだった……。
絹倉が指定してきたのは、県内でも有数のレジャー施設が集まる繁華街、桂木町だ。学生数名が一日を遊んで過ごすには申し分ないセレクトだった。
飲食や買い物には困らない超巨大なショッピングモールに加え、シネマコンプレックスや小規模な遊園地までが揃っている。通りを歩くだけでも、スピーカーから洩れてくる音楽や人混みのざわめきが耳に入り、ガラス張りの建物がまぶしく陽射しを反射していた。道行く人の服装や笑い声にも、どこか非日常の空気が混じっていて、遊びに来た、という実感が湧いてくるような場所だった。
ロクに味の感じられなかった遅めの昼食を摂り終え、ショッピングに移ったところから、小さな駆け引きが随所で繰り広げられる。
服を手に取り「これ、似合いそう?」と絹倉に無邪気に訊ねる菜々穂。それに「うーん、もうちょっと落ち着いた色のほうがいいかもね」と軽やかに返しながら、絹倉はさりげなく明乃にも視線を送って、「明乃はどう思う?」と話題を分散させる。
そのたびに、僕らも選択肢の一部として巻き込まれ、「どっちがいいかな?」のターンが明乃と僕にまで及んできた。
終始こんな感じで、二人の世界を作ろうと仕掛ける菜々穂を、論点をずらしたり、僕らを巻き込んだりして絹倉はかわしていた。明乃のほうは持ち前の柔軟性を発揮して、場に適応しているようだが、僕は、菜々穂と絹倉の応酬に翻弄されてばかりだ。
どうなるんだ、この先……。僕が途方に暮れていることなど、知る由もない様子の菜々穂は、絹倉を引っ張って遊園地エリアへ足を踏み入れる。
園内のゲームコーナーを数十分歩いた頃だろうか。
啜り泣きらしい声が聞こえた。
見るとアトラクションの物陰で泣いている小さな女の子がいた。どうやら迷子らしい。
そう思った僕は「大丈夫?」と声をかける。
顔を上げた女の子は小学生の低学年くらいだろうか。膝を擦りむいていたのを認めた僕は、後ろから歩み寄ってきた絹倉に向かって、「アレ、ひとつもらっていい?」と訊く。絹倉から受け取ったバンソーコーを擦りむいた膝小僧に貼り付けると、女の子は小さく「ありがとう」と鼻を啜らせた。
「パパかママとはぐれちゃったの?」と明乃が問うと、女の子が小さく頷く。
「じゃあ、いったんこの子のご両親を探しながら、迷子預かりセンターへ行くってことで」と絹倉が話をまとめる。「いいよね? 菜々穂」という問いかけに、渋々と言った様子で菜々穂は同意した。
迷子預かりセンターへ向かうあいだ、僕は奇妙な懐かしさに駆られた。似たような経験を僕はしたことがある。
読んでくださってありがとうございました。
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どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。
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次節:第三幕 第六節「あの夏の運動公園」
7/7(火) 20:00 公開予定
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