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18>●第三幕 地獄のダブルデート>第四節:終わりの儀式

第五幕最終節まで、あと12節。

18:終わりの儀式


「その後、記憶の欠落はどうだろう。自覚できるものはあるか?」


 訊ねてきた残花は、前回の記憶をなくしたかのように、いつも通りの残花だった。彼は以前発した言葉通り、自分の役割に徹している。


 最近はカウンセリングというよりも、気楽に立ち寄れる雑談所のような感じになっていた。それも一環かもしれないが、僕自身が治療対象であることを忘れるくらいに、気安い場所になっていたのだろう。


「あー、どうですかね……」


 残花の問いにここ数週間のことを振り返る。


 いろんなことがあった。ニセのキズモノによる犯行予告、傷神様の調査や絹倉のプレゼンテーション、そして城井菜々穂の出現、引ったくり犯との遭遇……忘れられないようなことばかりだ。


「自覚している範囲では、ほとんどない、と思います」


 記憶が欠落しているとしても、普通ならそれ自体に気づけない。自覚が出るのは、他人に指摘されるか、生活において何かしらの支障が出るか、があってからだろう。その点において、欠落というほどの何かを感じたことはなかった。


「そうか」と残花は短く言葉を切って、「ならば、そろそろ終わりを見据えるとしよう」と顔の前で手を組んだ。左手の薬指に嵌められている正十字をかたどった銀の指輪が相変わらずその存在を主張している。


「終わりって、なんのですか……?」


「私との、こうしたやりとりの終わり、だよ。君がここを訪れるのは名目上、リハビリというか、経過観察のようなものだからね」


「僕にはもう必要ない、と?」


「そうとも言える……が、まもなく私はここを去ることになるだろう」


「辞めるってことですか?」


 残花はその問いには答えず、「君が今後もこの部屋を訪れたければ役割を後任に引き継ぐことも可能だ。君の好きにすればいい」と口にし、「ただ……」と続ける。


「ここでの私とのやりとりはまもなく終わる」


 残花の言い切りは、すでに決定された事実のように感じられた。


 僕が二の句を継げないでいると、残花がいつになく柔らかい口調で、こう告げてくる。


「それまでに君には考えておいてほしいことがある」


「なんか宿題みたいですね」


「あまり嬉しそうではないな」


「内容によります」


 残花はデスクの脇にあった、二体の人形を中央で向き合わせる。


「儀式を考えておいてくれ」


「儀式? どういう意味ですか?」


「概念を行動に移す、ということだよ。なんらかの形で君には、『ここでの終わり』を表現する行為を示してほしい」


「意味があるものなんですか、それ?」


「そんなものはない」


「は? ならなんで……?」


「儀式とは、思いに形を与えることだ。意味自体は重要ではない。ただ『おこなう』ということが重要なんだよ」


「なんか難しいですね」


「それが今の君の心の在り様だ。私は何も君にサプライズや、お別れパーティを期待しているわけではない」


「やってほしいんですか?」


「曲解しなくて結構。シンプルに考えてくれ、と言ったまでだ」


 シンプルに考える。終わりの儀式。僕は心の中で反芻する。


「これが、私からの最後の問いかけだ……君自身の中から探してみてくれ。『終わり』について、どのような儀式がふさわしいのか?」


 僕は残花からの最後の問いかけを受け取って、相談室を出た。


 廊下を歩きながら、僕は振り返って相談室のほうを見る。


 残花という人物について、僕は結局何も理解できなかったのかもしれない。


 あの人形たちは今もデスクの上にあるのだろうか。それとも、僕が出た瞬間に箱の中にしまわれてしまったのだろうか。些細なことだが、なぜか気になった。


 終わりの儀式……それはただ終わりを示すだけなのだろうか。何かのはじまりにつながるのだろうか。残花の問いかけが、僕の中で残響のようにこだまする。


 終わり。儀式。


 ふたつのワードが頭の中で回っていた。


 僕らのこの生活にも、いつかそんなことを考える日が来るのだろうか。目の前にあるソファに座り、うとうとしている結美を眺めながら思う。


 傍から見たら、この状態をいつまでも続けていいわけがない。それくらいのことはわかっている。だが、どうすれば終わる? どうすれば結美は以前のような快活に笑う結美に戻ってくれる? 残花なら何か知恵を授けてくれるだろうか……いや、結美のことは僕が背負うと決めたのだ。医師も警察も、そして家族にだって頼らない。まずは結美をこんな状態に追いやったキズモノが二度と出てこない状況を作る。そのためにキズモノを見つけて、報復する。そして……そして? そうすれば結美は元に戻ってくれるのだろうか? いや、複雑に思考を巡らせるな。シンプルに考えるんだ。今はただ、目の前のことを……僕ができることをおこなうのだ。


 残花が言っていた。儀式とはおこなうことが重要なのだ、と。僕が今キズモノを探していることに意味を見出す必要はない。ただ、結美を襲ったキズモノに報復することは「儀式」なのだ。


 僕の中で勝手に結論が出た。


 そのとき不意に、結美が何か寝言を呟いた。明瞭な発音ではなく、なんと言ったかまでは聞き取れない。


「初恋の人に似てたんだよね」


 結美の言葉の響きが、そんな昔の記憶を呼び起こす。


 付き合って半年くらいが過ぎた頃だ。会話の流れまでは憶えていないが、何かの拍子に僕のどこを好きになったのか、みたいな話になった際に、結美が口にした言葉だった。喜んでいいのかよくわからない理由だった。当時の僕は、内心、顔も見えない結美の初恋相手に嫉妬心のようなジクジクした感情を持ちながら、平静を装い、「どこが似ていたの? 顔とか?」と訊いていた。


「顔……ではないね」


「外見? 内面?」


「どっちかっていうと雰囲気?」


「どっちとも取れるじゃないか」


 結美は「そうだね」とイタズラっぽく笑った。


 唐突にスマートフォンの振動が、思い出に浸る僕の心を現実に引き戻す。


 ロックを解除して画面を見ると、絹倉からメッセージが入っていた。


 このタイミングの悪さはなんなのだろう。


 結美の寝言と絹倉の名前が、なぜか同じ場所に積もっていく。


 単なる偶然のはずなのに、胸の奥がざわめいた。


 『今度の待ち合わせについて』


 見なければ良かった……と思いながら、僕は画面をスクロールする。

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


──────────────────

次節:第三幕 第五節「桂木町、四人」

7/3(金) 20:00 公開予定

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