17>●第三幕 地獄のダブルデート>第三節:クノの生まれ変わり仮説
第五幕最終節まで、あと13節。
17:クノの生まれ変わり仮説
――7月●●日――
こんにちは、シャチくんのブログへようこそ。この挨拶も最後になりそうですが。
会社帰りの夜道で、とんでもない不審者と遭遇しました。
死神という存在がいるなら、たぶん、あんな感じなのだろうと思います。
タロットカードの絵柄にあるローブを着て、大鎌を持った髑髏の姿ではありませんでしたが、人間の姿を借りて現れるとしたら、きっとその不審者のような容姿、雰囲気だろう、という意味です。
七月のクソ暑い夜でも、厚手の黒い上着を着て、音もなく現れ、冷静に考えられるようになっときには消えていました。まだ九時になる前です。
あまりにも突拍子がなさすぎて、前後のことはちゃんと憶えていません。
強烈に印象に残っているのは、「お前の罪を背負ってやる。この傷は、その証だ」と言われ、左腕についた、生々しい傷口を見せられたことです。
この記事を書いているのは、死神みたいな男に遭遇してから、三日後ですが、ずっと調子が優れません。罪悪感というのでしょうか。過去に自分がやってしまったこと、悔やんでいることが泡のように湧いてくるのです。
あの不審者のせいだと認めるのも悔しいのですが、それ以外に考えられないのです。
このブログは社畜生活をしている俺が、自身を慰める意味も込めて、住まいのある相南平を歩いたときに見つけた草花や星、気に入った景色などを画像とともに記録するために開設したものでした。
今となっては、そんなものを書き残す気持ちになれません。
なので、このブログ活動は無期限のお休みにしようと思います。
四月の開設から、わずか三ヶ月でこんな結果になるとは考えてもいませんでしたし、とっても残念です。
閉鎖にはしません。どの記事でもコメントやリアクションがもらえたら確認はすると思います。ただ、このブログに新たな記事を書ける日が来るか、というと、それは俺にもわからないのです。
いつか、また、ブログを再開できるときが来ると良いのですが。
どうぞ、そのときまで、さようなら。みなさん、お元気で。
┗コメント――10月××日――
シャチくんさん、記事、読ませていただきました!
たいへんな目に遭われたのですね、お気の毒様でした。
シャチくんさんが、元気を取り戻して、またブログに戻ってくるのを願っています。
ひとつだけ気になったことがあり、コメントを書くことにしました。
「死神」についてです。
私は死神の存在を身近に感じています。もちろん、人によって持つ印象はそれぞれ
ですし、価値観を押し付けるつもりはないのですが、私が接している限り、彼らは
誰かを怖がらせたり、責めたりする存在ではありません。死への道先案内人であ
り、裁定者なのです。
もしシャチくんさんが、本当の死神に会うことがあったらきっとわかってくれる
と思います。そうはいっても、彼らと縁ができる日が、遠い未来であることが望ま
しいというのは、たしかですが。
どうか、くれぐれもご自愛くださいね。
シャチくんさんの心身が、以前の状態に戻って、楽しい日々が送れることを心から祈
っています。 ミユ
僕は一応ブックマークしていたキズモノ関連のブログ記事に、珍しくコメントがついていたので、スクリーンショットではなく、ネット上にあるブログのほうを確認した。
キズモノに関する情報かもしれない、と思ったが、実際には何の役にも立たない落書きのような戯言だった。スクリーンショットで残しておく価値もない。
小さく溜息をついて、スマートフォンをしまい、僕は夜の町内を歩き続ける。
「もう怒ってないかい?」
「ああ、怒ってないよ。城井菜々穂にデートを許すのに、僕の同行を認めさせるなんて条件をつけて、巻き込まれたことなんて、ちっとも。これっぽっちも怒ってない」
「すごい根に持つ方向で怒ってる」
夜、僕が日課の素振りのために出歩いていると、いつの間にか絹倉が隣を歩いていた。さすがにもう慣れてしまった感がある。そんなものに慣れたくはなかったけれど。
「まあ、そんな決まってしまったことを悔やんでも仕方がないじゃないか。ボクらは前を見るべきだと思うんだ」
「前って?」
「ボクらは今、何をしているんだい?」
「それは……」
僕は声を潜めて、キズモノを探している、と答える。
「そう、それが今、ボクらが取り組むべきことでしょ」
「だから、こうやって行動しているんじゃないか」
絹倉は、西部劇か何かの映画で、ガンマンが否定を示すときみたいに、人差し指を左右に動かした。
「今使っているのは体だけじゃないか。しかも当て所ない」
「それ以外に方法がないからだろ」
「そんなことはない」絹倉は得意げに自分の頭を人差し指でポンポン叩く。「ボクらは『傷神様伝承』という新たな考察材料を手に入れた」
「あんなの実際にあったかどうかもわからない昔話だろ」
絹倉も残花も、傷神様伝承の話が出てから、どこかおかしくなってやしないだろうか。
僕の疑念など置き去りにして、絹倉は話を進める。
「今回は、キズモノの人物像について、考えてみようと思うんだ」
そんなこと、今まで考えたこともない。僕はただ怪人物であるキズモノを物理的に捉えることしか頭になかった。
「傷神様の調査が終わったあと、ボクなりにいくつかの人物像のパターンを考えてみたんだ。そこから、動機や傾向がわかれば、こんなふうに当たらない宝くじをひたすら買い漁るような徘徊をしなくてもいいんじゃないかってね」
ちょっと引っかかる言い回しだが、話の先が気になるのでスルーで通す。
「まず……一番はじめに考えたのはサイコパス説。でも、これだとつまんないよね」
「つまるとか、つまんないとかの話じゃないだろ」
「サイコパスで相手を怖がらせたいっていうなら、別にキズモノって方法にこだわる必要ははないでしょ」
「いくらでも突っ込みどころがありそうだけど、とりあえず二番目があるなら聞くよ」
「二番目はね……」絹倉は一瞬口元を手の平で隠し、「さすがにあり得ないかな」と小声で呟いてから口に出す。「他の人につけられた傷を、第三者に見せることで鬱憤を晴らしているストレス発散型」
「どういうこと?」
「たとえばさ、ものすごい怖い奥さんを持つ旦那さんがいて、定期的に手ひどい傷を負わされていたとする。その旦那さんは奥さんに頭が上がらないけど、奥さんに蔑ろにされた怒りは累積していって、ときどき関係のない第三者に向かって、自分が付けられた傷口を見せつけていた。『お前の罪を背負ってやる』っていうのは、本当は奥さんに言いたい言葉だけど、それができないから第三者にぶつけて発散している」
僕の目を見て察したらしい絹倉が、「ごめん。これはないね」と詫びてきた。なら言うなよ、と思ったが、可能性がゼロというわけではない。ただ、もしそんなストレス発散の捌け口に結美が使われたのだとしたら、僕はその旦那さんも奥さんもどうにかしてしまいそうだ……と仮想の夫婦に腹を立てていた。
「いい加減、本命を聞かせてよ」
絹倉は、傷神様伝承と絡めてキズモノの人物像を類推しようとしていたのだ。傷神様の絡まない、これまで説は、本命の説を際立たせるための前振りだろう。
絹倉が「うん、OK。じゃあ、真打ち」と絹倉が人差し指を立てる。
「キズモノの魂、クノ説」
「なんじゃ、そりゃ?」
「傷神様伝承と、キズモノが何かしらで絡んでいる感はあるでしょ?」
「まあ、うん。いろいろと共通点はあると思うけど」
「現実的な話とはかけ離れちゃうけど、キズモノがクノの生まれ変わりって考えるのは、悪い線じゃなくない? その人は普段、なんの害もない生活を送っているけど、あるとき突然、クノの魂が呼び覚まされて、キズモノの犯行に及ぶとか……」
絹倉は「もしくは……」とさらに付け加える。
「クノの魂が、誰かに憑依して、儀式めいた呪いの行動を起こさせているとか……?」
「その線でいくとさ……」と僕が切り返す。
「うん?」
「絹倉が、クノの生まれ変わりで、キズモノだったって線も出てくるよね?」
絹倉は一瞬止まった。
「それもそうだね」
絹倉が真顔でそう言った瞬間、僕は立ち止まりバットケースのファスナーを下ろしにかかった。
「あくまで仮定の話だよ。可能性はゼロではないってことさ。ボクも、そしてキミもね」
この話をはじめたときからわかっていた。キズモノが傷神様と関係があろうが、クノの生まれ変わりだろうが、暴力妻を持つ可哀想な旦那だろうが、僕が捕まえなければならないのは、結美を傷つけた者なのだ。それが神様だろうが、呪いだろうが、僕にとってはどうでもいい。結美を傷つけ、人生の可能性を狭めたことが許せない。
オチのない話が終わろうとしたとき、突然、女性の悲鳴が聞こえた。
夜を切り裂くような声だった。
「森也」
すでに走り出していた絹倉のあとを追って、僕も地面を蹴っていた。
声のボリュームから、このすぐ近くで起こったことだと認識できる。
僕は走りながら、中途半端に開けていたバットケースのファスナーを下ろし、バットを取り出した。
中年女性の「返してよ!」という泣き声に、原付のエンジンを吹かす音が重なる。
僕らが目にしたのは、原付による引ったくりの犯行現場だったらしい。
どこかで安心する僕がいた。そうだ。こんな簡単に、キズモノと遭遇できてたまるか。事態はもっと混迷している。そうでなければ、苦労はないのだ。
「うるせぇ! ババァ! いい加減離しやがれ!」
引ったくり犯は、中年女性を引き剥がすと原付を走らせた。進行方向に僕らがいるのはわかっただろうが、原付のスピードで押し切るつもりだろう。よりスピードを上げるのがわかった。
絹倉が「あーあ、まったくついない」と残念がる。
「お前らどけっ! こら! 轢き殺されてえのか!」
原付に乗った引ったくり犯が喚き散らしながら突進してくる。
ライトはちょっと眩しいが、真正面から外れる方向へステップバックすれば、車体すべてを目視できる。時速にして六十キロメートルくらいだろうか。バッティングセンターでもっとも遅いスピードよりもさらに遅い。僕が対戦したことのある超高校級の投手が投げたボールは、時速百六十キロメートル。そのときのボールの迫力に比べれば、向かってくる原付がなんともかわいいものに見える。
ボールを真芯で捉えたときの気持ち良さはなかった。無骨な金属とプラスチックの感触がバットを通して伝わってくる。僕のスイングを食らった原付は、持ち主を振り落とし、横倒しで回転しながら滑っていった。
「イッテェな、こらっ!」と芋虫のような態勢で凄んでいる引ったくり犯に、絹倉がゆっくりと近づいていく。彼には巨漢の漆野さえ、気絶させることができる手品が使えるのだ。タネはいまだによくわからない。
「ホント……君は、まったくついてないね。こんなところでアホなことしなければ、ボクらみたいなのに出くわすこともなかったろうに」と絹倉が引ったくり犯の首元を押さえると、低い呻き声を上げて動かなくなった。その後、絹倉はポケットから数本の結束バンドを取り出し、引ったくり犯の身を拘束する。
「これ、漆野さんのときに拝借してきたんだ。キズモノに使えるかと思ったら、こんなところでも役立つなんてね」
「ありがとうございました」と泣きながら歩み寄ってくる女性に、「大丈夫ですか」と原付の荷台に乗っかっていた荷物を返す。
「すみません。怖い思いをしたところ、たいへん恐縮なんですが、警察と、それから救急車を呼んでもらえますか?」
絹倉が中年女性に優しい声色で頼み込んでいた。
中年女性がスマートフォンで各方面に電話をしているあいだに、絹倉は僕のほうへ寄ってきて耳打ちする。
「キミは帰っていいよ。彼女のこと、長時間放っておくのは心配だろ?」
「でも……」
「大丈夫。こういうのをなんとかするのは得意なんだ。いざとなったら、助けてもらえる人もいるし……」
絹倉の微笑みは虚栄からくるものではないとわかった。
「わかった。あとは任せる」
「了解。デートの件は、また調整して連絡するから」
そのことには触れず、僕は絹倉に感謝を伝え、その場を後にした。
読んでくださってありがとうございました。
ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。
どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。
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次節:第三幕 第四節「終わりの儀式」
6/30(火) 20:00 公開予定
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