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9>●第二幕 キズモノと傷神様>第三節:『傷神様』という名前

第五幕最終節まで、あと21節。

9:『傷神様』という名前


「テーマは、お配りした資料にある通り、この相南平に関する調査発表。調査対象は、特産品でも歴史でも、人口動態でもなんでも結構です……それではこれより、四名から七名ほどのグループを作ってもらいます」


 壇上に立つ初老の教授が、マイクを通してそう告げると、大教室の中にひしめく学生たちは騒然とした。中には小さく悲鳴をあげている者もいる。


 僕たちが今、受講している「情報整理学」という一、二限連続の講義は、ノートパソコンの使用が前提で――未所持の者には貸与される――文献調査や資料作成、プレゼンテーションといった学術研究のリテラシーを養成する基礎講座に位置付けられているらしい。


 ノートパソコンにこの講義を受講している学生名簿が送られ、今いる席を離れることなく、チャットやメール等を使用してグループを形成せよ、という課題が出される。絹倉といっしょにいた僕は、少し離れた場所に座る杉山たちからチャットをもらい、竹本や明乃を含めた五人のグループになることを合意した。


 十五分くらい過ぎた頃、グループ内で決められたリーダーが、教授のメールアドレス宛にチームの人数とそのメンバーを送るようにアナウンスがなされる。


 壇上にいる教授と二名の学生アシスタントは、パソコンを操作し、受講学生の名簿と送られてきたグループのメンバーを照らし合わせているようだ。そして、四名に満たなかった組や誰とも組めなかった者を、ランダムに組み合わせると、今一度、教授のメールアドレスからこの教室にいるすべての学生に向けてメールが送られてきた。


 添付されたファイルには、グループの番号とリーダー、そのメンバーの学籍番号を一覧にしたリストが掲載されていた。グループの数は二十五組あり、僕らのグループに割り当てられた番号は八番だった。今から来週までにテーマを決め、二週間後より概論の講義と合わせて、各グループのプレゼンテーションの時間が設けられる。ひとグループ、十五分程度の持ち時間で、一週ごとに四から六組ずつの発表をおこなう予定で進めていくという。


 そこからは、グループごとに集まって、テーマ設定をおこなったり、必要があれば自己紹介や教授への質問などをしたりして良いフリータイムとなった。


 周囲を見回すと、ぎこちなさそうに自己紹介をする面々が目に入る。四月から大学に通っていても、そんな状況になる者がいるのだから、九月から通い出した僕も本来なら、あっち側にいるはずだった。教授側の配慮により、恥ずかしさはないだろうが、それでも気後れはあったかもしれない。


 僕は、自分がそうならなかった原因を見る。


「さて……テーマについて、みんなの希望を聞かせてもらって良いかな?」


 絹倉が微笑んだ。


「相南平のラーメン屋ランキングとかでどう?」


 グループのリーダーとなった杉山が提案してくる。


「それって、毎日ラーメン屋に通い詰めにならない?」


「真面目だなぁ、明乃。そこはグルメサイトをうまく使うんだよ」


 明乃が呈する疑問を、竹本がいなした。


「でもそれじゃあ、グルメサイト見れば良いって話になっちゃうよ。わたしたちのなりの切り口がないと……」


「いいんじゃない、そこはありきたりで。俺らなりの切り口なんて、そうそう見つからないでしょ」


 グループ内の雰囲気が杉山と竹本の提唱する無難路線に傾きかける。


「あるよ……ボクらなりの切り口になりそうな題材が」と絹倉が口にした。


 グループメンバー全員の注目を受けた絹倉が問いかける。


「みんな、この地域に伝わる民間伝承、『傷神様』って知っているかい?」


 知らないと口々に言う僕らに向かい、「ほら、この程度の認知度だからね。素材を単純に調べるだけで充分、ボクらのオリジナリティが出せる」と絹倉が断言する。その妙に確信めいた口調に、多数決など取ることもなく、自然な流れで役割分担をする段階へ移行した。


「深くん、どーしたの? 顔色悪いけど」


 明乃に訊かれる。そうとう蒼い顔をしていたらしい。


「ごめん、具合悪いかもしれない」


 僕はそう答えて早退し、それから一日ほど、大学を休んだ。


 単純に風邪を引いたようだった。


「傷神様」というワードを聞いたことが原因ではない。そこまで脆弱な心身であるはずがない、たまたま、邪な菌に感染するのと、妙な民間伝承の話を聞いたタイミングが一致しただけだ。ベッドに臥せりながら、僕はそう言い聞かせた。


 大学を休んでいるあいだ、結美は寝転がる僕の傍で、ときには横に座り、ときには添い寝をして、僕の額や腕に手の平を当ててくれた。そうしてくれているだけで、風邪の怠さや喉の痛みが和らぐ気がする。うたた寝を繰り返していたからか、ぽつぽつと何をしていたのか、憶えていないときがあった。


 『大丈夫?』


 はじめにメッセージをくれたのは明乃だった。それから、杉山や竹本、ほかのリベリアンドのメンバーもメッセージアプリを介して、労いの言葉を投げてくれる。僕はそれぞれに感謝を伝え、明日には大学に行けそうだ、返信した。


 『お見舞いに行こうか?』


 絹倉からメッセージが来たのは、夕方頃だ。


 『大丈夫だよ』


 『遠慮しないで。もう家の前にいるから』


 僕は慌てて起き上がると、アパート前の道へ出て、周囲を見回す。絹倉どころか、人影らしいものも見当たらない。部屋に戻ってきた僕を、「どうしたの、急に」というような表情で結美が見てくる。


 見計らったようにスマートフォンが振動した。


 『ははは、冗談だよ。そんなにびっくりした?』


 僕は思わず持っていたスマートフォンをベッドに投げつけた。コンクリートだったら、間違いなく破損するくらいの力で。


 どこかで見ているような口振りで、僕をからかっているのだろう。見回りに何度も同行されているのだ。絹倉が僕の住んでいる場所を知っていてもおかしくはない。オートロックでもない、ただのアパートの二階だ。訪ねようと思えばいくらでもドアの前まで辿り着くことができるだろう。でも誰が来ようと、僕が他人をこの部屋に上げることはない。そんなことを考えながら、不思議そうにしている結美のほうを見る。


 その晩ぐっすり寝て、体調は元に戻った。

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


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次節:第二幕 第四節「米川老人と、祖母の名前」

6/2(火) 20:00 公開予定

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