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第3話 城門で止まる通行証

 馬車を降りると、巻き上がる土埃と荷獣の匂い、そして人々の苛立った怒号が入り混じった空気が鼻をついた。


 地方都市ルミナスの巨大な石造りの城門。


 その遥か手前で、数十台もの馬車や荷車が完全に足止めを食らっている。


「おいおい、またかよ。これじゃいつ街に入れるか分かったもんじゃねえな」


 御者台から飛び降りた男が、忌々しそうに舌打ちをした。


 護衛の兵士も同調するように肩をすくめる。


「最近、城門の認証魔導具の調子がずっと悪いらしい。書類上は問題ないはずの通行証が、なぜか弾かれるんだと。現場の門番たちも原因が分からなくて、揉め事が絶えないらしいぞ」


「勘弁してくれよ……。ただでさえ長旅で疲れてるってのに」


 彼らの会話を聞きながら、俺は列の先頭――城門の入り口へと視線を向けた。


 ひときわ大きな怒鳴り声が聞こえる。


 どうやら、今まさに通行を拒否された商人が、門番に食ってかかっているようだ。


 俺は少しだけ列を離れ、様子が見える位置まで歩み寄った。


「ふざけるな! この通行証は昨日、王都のギルドで発行されたばかりの最新書式だぞ! 偽造なわけがないだろう!」


「書類が本物なのは見れば分かる。だが、認証用の魔導具が『赤』を出してるんだ。弾かれた以上、通すわけにはいかねえ。それが規則だ」


 商人の怒声に対し、低い声で応じているのは、四十代前半と思しき体格の良い男だった。


 鋭い眼光と、使い込まれた鎧。周囲の門番たちが彼を頼るように見ていることから、現場の責任者――門番隊長だろう。


 彼の態度は横柄ではなかったが、その表情には隠しきれない疲労が滲んでいた。


「規則、規則って! じゃあ、さっき通っていったボロボロの通行証を持った行商人はどうなんだ! なんで新しい書式が弾かれて、古い書式が通るんだよ!」


「……俺に聞かれても困る。魔導具の機嫌までは分からねえよ」


 隊長がため息をつきながら、商人が持つ羊皮紙を再び手元の水晶端末にかざす。


 しかし、水晶は無情にもエラーを示す赤い光を点滅させた。


(……なるほど。「原因不明の不具合」として、現場が疲弊しながらも無理やり運用し続けている状態か)


 システム運用において、最も現場の士気を下げるパターンだ。


 俺は目を細め、意識を城門の認証装置へと集中させた。


『差分解析』


 視界がふっと切り替わり、現実の景色の奥にある「現仕様」のレイヤーが浮かび上がる。


【要求仕様:通行証の魔力署名を照合し、有効期限内であれば開門を許可する】

【現仕様:通行証をスキャン → 条件分岐:『5年前の特定検疫タグ』の有無を確認 → (タグが存在しない場合) → 確認の再試行ループ → 規定回数超過によりタイムアウト → エラー(赤)を出力】


(……呆れたな。これ、消し忘れか)


 俺は思わず頭を抱えそうになった。


 原因は一目瞭然だ。城門の認証システムには、おそらく数年前に流行した病か何かの対策として追加された「検疫タグを確認する」という例外処理が、そのまま放置されている。


 古い書式の通行証には、そのタグの名残があるから通る。


 しかし、昨日発行されたような最新の書式にはそんな過去の遺物は存在しない。


 結果、システムは「見つからない」とループを繰り返し、勝手にタイムアウトしてエラーを吐いているのだ。


 物理的な故障ではない。魔力の異常でもない。


 ただ単に、「古い仕様のゴミ」が最新の運用を邪魔しているだけだ。


「あの、少しよろしいですか」


 俺は歩み寄り、商人と隊長の間に声をかけた。


「ああん? なんだお前は。割り込むんじゃねえ」


 隊長が鋭い視線を向けてくる。後ろからついてきた護衛の兵士が、慌てて「王都からの移送者です。行政の手伝いで来たとかなんとか……」と耳打ちをした。


「王都からの役人? ……ふん、現場の苦労も知らねえお上品な連中が、何の用だ」


 露骨に警戒されるが、無理もない。現場からすれば、中央から来る人間はたいてい「現状を無視して正論(建前)だけを押し付けてくる」厄介者だ。


 俺は両手を軽く上げ、敵意がないことを示した。


「役人というほど偉い立場じゃありません。ただの雑務係です。……ただ、その魔導具が弾いている原因なら、少し心当たりがありまして」


「原因だと? 王都の魔導技師でも匙を投げた代物だぞ。お前に何が分かる」


「いえ、魔導具自体は壊れていません。ただ、読み込みの優先順位が間違っているだけです。その商人の通行証、新書式ですよね? おそらく、魔導具は『数年前の古い検疫済みの記録』を先に探そうとして、見つからずにエラーを起こしているんです」


 隊長の目が、わずかに見開かれた。


「古い検疫記録……? まさか、五年前の流行病の時の防除術式か? だが、あの制度はもうとっくに廃止されたはずだぞ」


制度ルールは廃止されても、現場の装置システムからその確認条件が取り除かれていないんです。だから、古い通行証は通って、新しいものが弾かれる」


 隊長は俺の言葉をすぐには信じなかった。


 だが、彼はただの頑固な男ではなかった。長年の現場経験が、「こいつの言うことには妙な筋が通っている」と告げているようだった。


「……じゃあ、どうすれば通るって言うんだ」


「認証する時、水晶の右下部分……サブの読み取り回路があるあたりを、親指で隠しながら通行証を当ててみてください。そうすれば古い検疫タグの確認をスキップして、基本の身分照合だけを行ってくれるはずです」


 隊長は半信半疑のまま、商人の通行証を受け取り直した。


 そして、俺が言った通りに水晶の右下を親指で覆い、羊皮紙をかざす。


 ――ピロンッ。


 先ほどまで頑なに赤く点滅していた水晶が、澄んだ緑色の光を放った。


「「おおっ!?」」


 商人と、周囲で見ていた他の門番たちが一斉に声を上げた。

 隊長は水晶と自分の親指、そして俺の顔を交互に見比べ、信じられないというように息を呑んだ。


「……通った。本当に、ただの読み込みの引っかかりだったってのか……?」


「ええ。根本的に直すには魔導技師に設定を上書きさせる必要がありますが、とりあえずの応急処置としてはそれで回るはずです」


 俺が淡々と告げると、商人は「助かった!」と隊長から通行証をひったくるようにして門をくぐっていった。


 後に残された隊長は、鋭い目で俺をまじまじと見つめた。


 先ほどまでの「王都の厄介者」を見る目ではない。現場で使える、明確な「価値」を持った人間を見る目だ。


「……お前、ただの雑務係ってのは嘘だな。王宮の連中でも見抜けなかった不具合を一目で見抜くとは。俺は城門詰め門番隊長のガルドだ。名前は?」


「真鍋修司です。……修司と呼んでください。俺も、自分の身分証を通してもらっていいですか?」


 俺は王都で渡された羊皮紙を差し出した。


「ああ、分かった。よし、貸してみろ修司」


 ガルドが俺の通行証を水晶にかざす。

 だが、水晶は緑に光った直後、一瞬だけチカッと黄色く明滅した。


「ん? なんだこの反応は」


「気にしないでください。王都の担当者がデータリンクの保存処理をミスして、紙側に仮保存のままになっているだけです。認証自体は通っているので、街に入る分には問題ありません」


「……王宮の文官のミスまで見抜くってのか。お前、一体何が見えてるんだ?」


「さあ。ただの『差分』ですよ」


 俺は苦笑しながら通行証を受け取った。


 ガルドは呆れたように息を吐いたが、その顔からは先ほどまでの重苦しい疲労感が消えていた。


「……まあいい。助かったぜ、修司。お前が来てくれて、うちの若い衆も少しは楽になるだろうよ」


 ◇


 馬車に戻り、ようやく地方都市ルミナスの城門をくぐった。


 だが、街の中に入った瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


 活気ある大通り。水路。立ち並ぶ石造りの建物。


 一見すると平和で豊かなファンタジーの街並み。


 だが、俺の『現仕様閲覧』の視界を通すと、それはまったく別の顔を見せた。


 水路の制御装置。


 街灯の魔力供給網。


 あちこちの建物を結ぶ、見えないルールの糸。


 それらすべてが、先ほどの城門の比ではないほど複雑に絡み合い、ノイズを発し、エラーの警告を水面下で激しく明滅させていたのだ。


(……城門のトラブルなんて、ただの序の口だったか)


 この街には、もっと巨大で、根深い「仕組みの歪み」が張り巡らされている。


 俺は、これから始まる途方もない業務改善の予感に、小さくため息をついた。


 どうやら、ゆっくり休める日はまだ遠そうだ。

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