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第2話 ハズレスキル“現仕様閲覧”

通されたのは、王宮の片隅にある窓のない簡素な部屋だった。

一応は客人として扱われているのか、ベッドと小さな机はある。だが、扉の外には見張りの気配があった。

一人になった俺は、ベッドに腰掛け、ふうと長く息を吐き出した。


「さて……」


怒りや悲観はない。むしろ、終わりの見えない要件定義の泥沼から解放されたような、奇妙な安堵感すらあった。

問題は、俺に与えられた『差分解析』という能力の正体だ。

広間で感じたあの奇妙な感覚。視界にチラついていた違和感。あれが俺の思い過ごしや、召喚のショックによる幻覚でないなら、検証しておく必要がある。

俺は、机の上に置かれていた淡く光る石――おそらく魔導具の照明――を見つめた。

意識を集中する。


『差分解析』


すると、ふっと視界が切り替わった。

石そのものの物理的な形とは別に、半透明の光の線が空中に浮かび上がる。まるで、AR(拡張現実)グラスをかけてシステム構成図を見ているような感覚だ。

頭の中に、自然と情報が流れ込んでくる。


【要求仕様】魔力供給量に対し、100%の光量を出力する。

【現仕様】魔力供給量に対し、出力は70%。残り30%は術式の劣化により熱として漏洩。


(……なるほど。完全に理解した)


俺は思わず口元を押さえた。

俺に見えているのは、この世界のシステム――魔法陣や魔導具、あるいはそれに紐づくルールの「本来あるべき姿(建前)」と、「今実際に動いている状態(実態)」のズレだ。

システム開発の現場において、仕様書というものは往々にしてアテにならない。長年の運用、担当者の変更、その場しのぎのパッチ当て。それらが繰り返された結果、システムは設計図とは似ても似つかない「現仕様」へと変貌していく。

王宮の連中は、この力を『差分解析』と呼んで外れ枠扱いした。

だが、俺の能力の本質は、ただ差分を割り出すことじゃない。その「ブラックボックス化した現仕様」を強制的に可視化し、読み解く力だ。

あえて名付けるなら――『現仕様閲覧』

確かに、魔物を倒す役には立たないだろう。だが、インフラや制度が複雑に入り組んだ社会において、これほど恐ろしく、かつ有用な力もない。


ガチャリ、と扉が開く音がした。

入ってきたのは、神経質そうな顔つきをした若い文官だった。手には羊皮紙の束と、印鑑のような小さな魔導具を持っている。


「真鍋修司。あなたの処遇が決まりました」

文官は事務的な口調で告げた。

「あなたはこれより、王都から離れた地方都市『ルミナス』へと移送されます。戦闘能力がない以上、前線には送れません。向こうで行政やギルドの雑務を手伝うように、とのことです」

「分かりました。それで構いません」


俺があっさりと頷くと、文官は少し拍子抜けしたような顔をした。泣き喚いて抗議されるとでも思っていたのだろうか。


「……物分かりが良くて助かります。では、これがあなたの身分証兼、都市への通行証になります」


文官は羊皮紙を机に置き、手に持っていた印鑑のような魔導具を押し当てた。

ボゥッ、と一瞬だけ青い光が灯り、羊皮紙に複雑な紋章が刻まれる。


「これでよし、と」


文官が立ち去ろうとした、その時だ。

俺の目に、机上の羊皮紙と魔導印の「現仕様」が映り込んだ。


「あ、すみません。その通行証ですが、認証の登録処理が最後まで通っていませんよ」

「……は?」


文官が胡乱な目を向けてくる。


「何を言っているのですか。ちゃんと王宮の紋章が刻印されているでしょう」

「印字はされていますが、裏で動いている魔力的な記録……王宮の台帳へのデータリンクが、途中でタイムアウトしています。エラーを吐いたまま、ローカルに仮保存されている状態です」

「タイムアウト? ろーかる? よく分からない言葉を使わないでください」


文官は不快げに眉をひそめたが、俺のあまりに自信ありげな態度に引っ張られたのか、懐から別の小さな水晶玉を取り出した。おそらく、記録が正しく行われたかを確認するチェッカーだろう。

水晶玉を羊皮紙にかざすと、本来緑色に光るはずが、かすかに赤く点滅した。


「なっ……馬鹿な。記録術式との同期が失敗している……?」

「その印鑑の魔導具、古い例外処理の術式が残ったままになっていませんか? それが干渉して、通信が詰まっているみたいですが」


文官は目を見開き、俺と羊皮紙を交互に見た。

だが、数秒後には小さく咳払いをして、表情を取り繕った。


「……たまたま、魔力の巡りが悪かっただけでしょう。古い魔導具にはよくあることです。あなたが魔導の仕組みを知るはずもない。当てずっぽうが偶然当たっただけですね」


文官は印鑑をもう一度強く押し当て、今度は緑色に光るのを確認すると、そそくさと部屋を出ていった。

俺は肩をすくめた。

別に腹は立たない。現場の人間が、外部の素人の指摘を素直に認めたくない気持ちはよく分かる。それに、彼らにとっては「たまに起こる不具合」を「偶然」や「魔力のせい」にしてやり過ごすのが、最もコストのかからない運用なのだ。

今はそれでいい。


数時間後、俺は王都を出発する一台の馬車に揺られていた。

御者台には護衛の兵士が一人。俺の扱いは、囚人ではないが、要人でもない「壊れ物の荷物」といったところだ。

ガタガタと揺れる窓枠から、遠ざかる王宮の尖塔を見上げる。

俺の目には、王宮全体を包み込む巨大な魔導インフラの光が見えていた。

それは息を呑むほど美しく――そして、ゾッとするほど継ぎ接ぎだらけだった。

本来の設計を無視して増築された回路。使われていないのに電力を食い続ける古い術式。今にもショートしそうなエラーの塊。


(この国のシステム、よくこれで落ちずに回ってるな……)


完全なスパゲティコードだ。誰も全体像を把握していないまま、その場しのぎの改修を繰り返してきた末路。

王宮の中枢にいる者たちは、立派な建前ばかりを見ている。だが、実態はあんなにも歪んでいる。

地方都市での雑務送り。むしろ好都合だ。あんな泥舟のコアシステムに関わらずに済むなら、それに越したことはない。


「おい、あんた。もうすぐルミナスの街が見えてくるぞ」


御者の声に、俺は窓の外へ視線を戻した。

なだらかな丘を越えた先に、巨大な石造りの防壁に囲まれた都市が見えてくる。

だが、馬車は都市の門の遥か手前で、ゆっくりと速度を落として停止してしまった。前方に、何台もの馬車や荷車が長蛇の列を作っている。


「またかよ……」

御者が舌打ちをした。

「どうしたんですか?」

「城門の認証装置がまたトラブってるんだ。最近、どうにも書類通りに通らねえことが多くてな。運が悪いと半日待たされるぜ」


俺は身を乗り出し、遥か前方にある城門の入り口に目を凝らした。

距離があっても、俺の目にははっきりと見えていた。

城門に組み込まれた巨大な認証術式。そこで動いている、複雑に絡み合った「現在の稼働条件」の異常なほどの偏りが。


(……なるほど。現場の運用は、どこも限界が近いらしい)


俺は静かに通行証を握り直し、馬車を降りる準備を始めた。

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