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第13話 届かない冬備蓄

 王都、セントラル。


 左遷されて以来、久しぶりに足を踏み入れたこの街は、辺境のルミナスとはあまりにも対極の姿をしていた。


「……呆れるな。これじゃあ、雪の降る気配すらないじゃないか」


 王都の強固な城壁を抜け、大通りに降り立った俺は、思わず独りごちた。


 季節は間違いなく厳しい冬の入り口だ。


 ルミナスではすでに吐く息が白く、貧民区の住民たちが凍死の危機に怯えながら、配給されるはずの魔石と毛布を待ちわびている。


 だが、この王都の中央部はどうだ。


 美しく舗装された石畳の街道には雪ひとつなく、古代魔導具を転用した巨大な温風器が等間隔で設置され、街全体を常に快適な春の温度に保っている。


 道を行き交う貴族や豪商、着飾った市民たちは、冬の訪れなど微塵も感じさせない薄着で笑い合っていた。


 彼らの足元を温め、街を照らす莫大な魔力は、地方都市から吸い上げた税と資源によって賄われている。


 ルミナスの住人が凍える夜を過ごしているその裏で、この都は相変わらず「建前」の豊かさと見栄でコーティングされていた。


「さて、文句を言っていても始まらないか。諸悪の根源を叩きに行こう」


 俺は王宮の隣にそびえ立つ、巨大な白亜の塔――中央魔導局・物流管理部門へと足を向けた。


 王都から全国の地方都市へ向けて、あらゆる物資を転送するための大元となる施設だ。


 ルミナス側の受信ゲートでバルトが血走った目で待っている「冬備蓄」は、ここの送信ゲートを通過しなければ絶対に届かない。


 塔の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 大理石の床、磨き上げられた手すり、そして魔導照明の柔らかな光。


 俺は受付でセルアスから預かった「首席検査官」の監査状を提示し、少しの待機時間の後、上層階にある管理官室へと通された。


「――ですから、記録上はすでに『全量発送済み』となっているのです。ルミナス側の受け入れ態勢が整っていないか、吹雪による一時的な通信エラーでしょう。こちらの中枢システムに落ち度は一切ありません」


 広大な執務室。


 分厚いマホガニーのデスク越しに、神経質そうな銀髪の男――輸送管理官のグレアムが、鼻で笑うように言い放った。


 彼の机の上には、美しく製術された水晶板が置かれている。


 王都が誇る「統合物流ダッシュボード」だ。


 そこには、ルミナスを含む各都市への転送状況が、すべて輝かしい『緑色(正常)』のルーン文字で表示されていた。


「水晶板の『建前』ではそう表示されているかもしれませんね」


 俺はルミナス側で取得してきた通信ログの写しを机に広げた。


「俺はルミナス特別領・首席検査官の真鍋修司です。現場の受信システムにエラーはありません。現実に、ルミナスの兵站倉庫には三日分の荷物が一つも届いていない。送信側のメインコンソールを直接監査させてください」


 グレアムは怪訝な顔で監査状を一瞥し、そして俺の左手首を見た。


 そこには、戦闘能力を持たない外れ召喚者の証である真紅の腕輪が嵌められている。


 途端に、彼の目に明確な侮蔑の色が混じった。


「ああ、なるほど。セルアス様が地方で拾い上げたという『無能な召喚者』ですか。書類仕事しかできないあなたには、この王都の高度な魔導システムの仕組みなど理解できないでしょうが……いいですか?」


 グレアムは水晶板を指先でコンコンと叩いた。


「この水晶板は、中央メインサーバーの処理結果をリアルタイムで反映しているのです。地下の転送室では、オペレーターたちが『荷物が送れない』だの『待機列が詰まっている』だのと、毎日騒ぎ立てていますよ。現場の連中はすぐにシステムのせいにしたがる」


「現場が騒いでいるのを知っているのに、何もしないんですか?」


「するわけがないでしょう。彼らの操作手順が悪いか、あなた方のような地方都市の受信機材がポンコツなだけです。現に、経営陣が見るこの管理パネルは『100%の稼働率』を示している。数字は嘘をつきません」


 俺は深くため息をついた。


 元の世界でも嫌というほど見てきた光景だ。


「ダッシュボード上の指標」だけを盲信し、現場の悲鳴を「末端のスキル不足」として切り捨てる管理職。


 システムそのものが、『自分にとって都合の良い嘘の数字』を吐き出している可能性を、彼は微塵も疑っていない。


「数字が嘘をつかないなら、システムが嘘をついているんでしょう。……現場が騒いでいるというなら好都合だ。案内してください。あなたの言う『完璧な数字』がどうやって作られているのか、見せてもらいましょう」


「……ふん。地方の監査官風情が、王都の中枢システムにケチをつけるとは滑稽ですね。いいでしょう、現実を教えて差し上げます」


 グレアムに案内され、俺たちは塔の地下にある「中央転送室」へと降りた。


 重厚な防音扉を開けた瞬間。


 熱気と怒号、そしてオゾンに似た魔力の焦げる匂いが押し寄せてきた。


 そこは、ルミナスの受信中継所とは比較にならないほど巨大な空間だった。


 床一面に複雑な幾何学模様の魔法陣が刻まれ、中央には高さ十メートルを超える巨大な魔導水晶メインサーバーが鎮座している。


 その周囲を数十人のオペレーターが囲み、ひっきりなしに転送処理を行っていた。


 だが、彼らの顔は一様に青ざめ、額には濃い疲労と脂汗が浮かんでいる。


「おい、また第四レーンが弾かれたぞ! 荷馬車を一旦下げろ!」


「ルミナス向けの冬備蓄、待機列キューがまったく進みません! 魔力出力は足りているはずなのに、ゲートが開きません!」


 現場のオペレーターたちは悲鳴を上げ、水晶の端末を必死に叩いていた。


 ルミナスのバルトが怒鳴り込んでいたのと同じように、こちらの現場も物理的な荷物の山に埋もれ、完全に機能不全に陥っている。


「なっ……なんだこの体たらくは!」


 グレアムが声を荒げた。


「お前たち、何をしている! たった今、私の部屋のダッシュボードでは『ルミナス向けの便は全て処理完了』と表示されていたぞ!」


「か、管理官殿! それが……システムの画面上は『処理完了』に切り替わるんですが、実際の転送ゲートにデータが送られず、荷物だけがここにスタックし続けているんです!」


「馬鹿な! 中枢の魔導水晶にそんな矛盾したエラーなど起きるはずがない!」


 狼狽し、オペレーターを怒鳴りつけるグレアム。


 俺は彼らを無視して、巨大な魔導水晶のメインコンソールへと歩み寄った。


「どいてくれ。俺が直接見る」


 驚くオペレーターを軽く制し、俺は魔導水晶の表面に右手を置いた。


 目を閉じ、意識を深く沈み込ませる。


『差分解析』


 ふっと、視界がモノクロームに反転した。


 物理的な喧騒が遠のき、巨大な空間を飛び交う膨大な魔力の流れが、色鮮やかな光の線となって網膜に浮かび上がる。


【要求仕様】

 各地方都市からの申請に基づき、物資を順次転送する。

 優先順位:平時通り(先入先出・FIFO方式)。


【現仕様】

 メインキュー(待機列)にて、地方都市向けの転送データを5000件保持中。

 ※警告:バックグラウンドにて『特例便(優先タグ:X-01)』の割り込み処理が連続発生中。

 ※動作:全転送リソースを特例便に割り当て。

 ※例外処理:待機時間を超過した一般便はタイムアウトさせるが、システムエラーによる停止を防ぐため、管理台帳ダッシュボードにのみ『完了』の偽装フラグを送信して破棄。


「……最悪のクソコードだ」


 俺は思わず毒づいた。


 ルミナスの端末で断片的に見えた「特例便」の正体が、はっきりと全容を現した。


 システムは故障しているわけではない。


 むしろ、忠実に「後から追加された命令」を実行しているだけだ。


 膨大な魔力リソースの99%を、赤い光を放つ『優先タグ:X-01』が独占している。


 そして、処理できずに溢れた一般の荷物(ルミナスの冬備蓄など)に対して、エラーでシステム全体が停止するのを防ぐため、「帳簿上だけ完了したことにして、処理を握りつぶす」というパッチ(継ぎ足し処理)が当てられているのだ。


 誰かが表面上の数字だけを取り繕い、管理側に警告を鳴らさないために組んだ、悪意すら感じるその場しのぎの偽装処理。


 俺は視界を元に戻し、水晶から手を離した。


「グレアム管理官。あなたの部屋の数字が完璧だった理由が分かりましたよ。システムがエラーを隠蔽して、ダッシュボードだけを書き換えているからです」


「なっ……馬鹿なことを言うな! そんなふざけた偽装処理、誰が組み込んだというのだ! 我々物流部門がそんな承認を出すはずがない!」


「でしょうね。これは物流の現場を知らない人間が、トップダウンで無理やりねじ込んだ仕様だ」


 俺は再び『差分解析』を展開し、視界に浮かぶ赤い光――『優先タグ:X-01』の割り込み処理の行き先を追った。


 この異常なまでの優先度。


 王都の物流の全リソースを奪ってまで、ノータイムで送り出され続けている「何か」。


 特定の貴族の横領かとも思ったが、どうも様子がおかしい。


 行き先が、特定の都市や固定のゲートではないのだ。


【宛先:変動座標(ビーコン追従)】


「……移動している?」


 俺は眉をひそめた。


 通常、転送ゲートは固定された場所同士を繋ぐものだ。


 だが、この特例便は「動いている特定の対象」に向けて、空間を直接こじ開けて物資を送り込んでいる。


 そんな出鱈目な魔力消費が許される存在。


 そして、この王国のあらゆるインフラにおいて、システムレベルで「絶対的な最優先」を無条件で組み込まれる存在。


 心当たりは、一つしかなかった。


 俺はシステムから視線を外し、一番近くで頭を抱えていたベテランらしき現場主任に声をかけた。


「あんた、今バックグラウンドで連続転送されているこの『特例便』。中身は何だ? どこへ向けて送っている?」


 現場主任は俺とグレアムの顔を交互に見比べ、青ざめた顔で口を開いた。


「そ、それは……『勇者支援システム』の自動補給枠です……」


「勇者、だと……?」


 グレアムが絶句する中、俺の頭の中で散らばっていたピースが一つに繋がった。


「一ヶ月前、勇者様方が魔王討伐の旅に出発されました。その際、王宮の賢者様たちが、このメインサーバーに新たな術式を直接組み込んだのです。……勇者様がどこにいても、常に最上級のポーション、新鮮な食事、予備の武具が『即座に』届くように、と」


 オペレーターの言葉に、俺は乾いた笑いを漏らしそうになった。


 現場の負担や、既存の物流枠のキャパシティなど一切考慮しない、典型的な「上層部の思いつき」による仕様変更。


 勇者を支援するという大義名分のもと、他のすべての物流を停止させてでも勇者への補給を強行する、最悪の自動化マクロプログラム。


「……つまり、勇者が旅先でポーションを一本消費したり、温かい食事を要求するたびに、システムが自動で特例便を生成し、ルミナスへ行くはずだった冬備蓄を弾き飛ばして割り込んでいる、というわけか」


 王都が主張していた「猛吹雪のせい」でも「地方の申請ミス」でもない。


 そして、この場にいるグレアムの悪意でさえもなかった。


 この国のインフラを食い潰し、貧民を凍死の危機に追いやっている真犯人は――王国が世界を救うために召喚した、「勇者」という存在そのものだったのだ。

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