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仕様書のない異世界で、俺だけが“現仕様”を見抜ける  作者: 結城ログ
第9章:現仕様、最後の依存を剥がす編(最終章)
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第104話 束ねて塞ぐ

 焼け残った古い試作の図は、写しに取っても、半分は欠けたままだった。


 修司は、その写しを卓に広げ、向かいにマルファスとリアノンを座らせた。応急が買った十日の、もう二日が過ぎている。人で塞がない、と方針は立てた。束ねる、という言葉も掴んだ。だが、なぜ昔の試作が束ねようとして破れたのか――そこを読み解かないうちは、同じ図をなぞっても、また焼けるだけだった。


「まず、これが何をやろうとして、何で失敗したのか。そこからだ」


 修司は、自分の能力で、焼け残った接続の痕をたどった。今動いている仕組みを読む力は、止まってしまった昔の試作の残骸にも、わずかに届いた。


「束ねてる。ここだ」


 指が、図の中央の、いくつもの線が寄り合う一点を押さえた。


「一本の太い綱で最後の一点を塞ぐんじゃなくて、中くらいの綱を何本も寄せて、束にして、一点に見せかけようとしてる。人一人ぶんの密度を、大勢ぶんの細い流れで、擬似的に作ろうとしたんだ」


「方向は、今のあなたの見当と同じですね」


 リアノンが、図の縁を指でなぞりながら言った。記録と観測に強い、賢者会議でいちばん若い声だ。


「一人にまとめてかけていた負担を、束に散らす。ですが、これは崩れています。観測できるのは、そこまでです。なぜ崩れたのかは、この一枚には書かれていません」


 ---


 崩れた理由を、先に読み当てたのはマルファスだった。試算盤を弾く音が、二度、三度。


「揺らぎですよ」


 例の、温度のない声だった。


「束ねた綱は、一本ずつ、太さが微妙に揺れています。地方の炉は、それぞれ勝手な息をしていますからね。ある綱が太る瞬間、別の綱は細る。その揺らぎが重なると、束全体の密度が、一瞬、がくんと落ちる。最後の一点は、密度が要求を下回った瞬間に、崩れます。昔の試作は、その揺らぎを吸う仕組みを、持っていなかった」


「揺らぎを、吸う仕組み」


「緩衝です。束と、一点のあいだに、揺れを一度受け止めて、平らにならす層を挟む。それがなければ、地方炉の勝手な息が、そのまま一点に届いて、崩す。昔の連中は、束ねることは思いついたが、束が揺れることまでは、勘定に入れていなかった」


 修司は、写しの、線が一点に寄る手前を見た。確かに、そこには何も挟まっていない。中くらいの綱が、揺れたまま、じかに一点へ突き刺さっている。太さの合計だけを見て、太さの揺れを見ていない図だった。


「なら、間に緩衝を挟む」


 修司は、写しの上に、指で新しい層を描き足した。


「地方炉群と、備蓄と、夜間の削減で浮かせた余力。それを一度、緩衝の棚に集める。棚が、綱の揺れを吸って、平らにしてから、一点へ渡す。一本ずつは揺れてても、棚を通ったあとは、ならされてる。人一人ぶんの密度を、束と棚で、人なしで作る」


 ---


「綺麗な解では、ありませんよ」


 マルファスは、試算盤から目を上げずに言った。


「一本の確かな綱で塞ぐのが、本来の姿です。あなたのは、あちこちから寄せ集めた頼りない綱を、棚で騙し騙しならして、一点に見せかけるだけだ。継ぎ目だらけの、綱渡りです。胸を張れる設計じゃない」


「騙し騙しで、人が死なないなら、それでいい」


 修司は、迷わなかった。


「綺麗な一本の綱ってのは、結局、人一人を綱にすることだった。ヴェイドが繋いだ、あの男みたいにな。綺麗な解のために人を一人すり減らすくらいなら、俺は継ぎ目だらけの綱渡りを選ぶ。胸を張れなくていい。誰も消えないなら、それが、いちばんまともな解だ」


 マルファスは、しばらく試算盤の手を止めた。それから、また弾き始めた。否定はしなかった。ただ「切り戻しは、いつもどおり先に組んでおきます」とだけ、付け加えた。応急が裏目に出たとき、すぐ元へ戻せる手順。この男の醒めた口ぶりの下には、いつも、その用意が敷いてある。


 ---


 絵は立った。だが、緩衝の棚に集める余力を、どこから捻り出すかで、また現場が軋んだ。


 浮かせられる余力は、もう地方炉群の限界近くまで搾ってある。棚を回すだけの余りを出すには、まだ生き残っている贅沢系統を、さらに削るしかなかった。王宮の、夜通し灯る広間の照明。上層の、私的な温水。どれも、これまで何度も削ろうとして、そのたびに抵抗にあってきた系統だ。


「また、あそこを削るのか」


 修司は、渋い顔で票を起こした。削減の話を持っていけば、王宮上層は必ず渋る。かといって、地方に皺寄せすれば、細い綱の上の暮らしが、先に落ちる。


「押し付けにはしません」


 リゼットが、票を横から覗き込んで言った。修司を「修司さん」と呼ぶ、その声は、いつも現場の側に立っている。


「削られる側には、削られる側の言い分があります。ただ数字で『ここを切る』と通達すれば、次にお願いするとき、誰も動いてくれません。何のために、いつまで削るのか。それを、削られる人の言葉で、先に伝えておくべきです」


「……そうだな。棚が要るあいだだけ、と期限も切る。恒久の削減じゃない、緩衝が育つまでの間借りだ、と分かるようにする」


 修司は、票の文面を、通達から相談へ書き直した。人で塞がないと決めた分の重さは、こうして、あちこちの我慢に散っていく。棚ひとつ回すのにも、誰かが少しずつ譲らなければならなかった。炉に自分を一点繋げば、この相談も、この我慢も、丸ごと要らなくなる。楽になるのは、削られる側の全員だ。それでも人で塞がないと決めたのなら、繋がない側が、この散らばった我慢を、一枚ずつ頭を下げて集めて回るしかなかった。


 リアノンは、その交渉のあいだも、束と棚の形を、一枝ずつ記録に取っていた。


「うまくいっても、いかなくても、残しておきます」


 若い賢者は、筆を止めずに言った。


「昔の試作は、なぜ束ねたのか、なぜ崩れたのかが、焼けて分からなくなっていました。同じ壁を、次の誰かにまた一から悩ませないためには、崩れ方まで書いておくことです。失敗の記録がいちばん、あとで効きます」


「頼む。今日崩れたら、その崩れ方も、そっくり残してくれ」


 ---


 二日かけて、寄せ集めた余力が、初めて緩衝の棚に集まった。


 最初の試験投入は、深夜に組まれた。北の朝がいちばん細る前の、静かな時刻。修司は保守主任と並んで、盤を見つめた。マルファスの切り戻しは、いつでも引ける位置に置いてある。


「入れます」


 主任の声で、棚に溜めた束が、最後の一点へ、そっと渡された。


 盤の上で、〔代替接続なきため実行不可〕と灯り続けていた一行が、消えた。かわりに、〔充足〕の二文字が、静かに点いた。人を一人も繋がずに、最後の一点が、埋まっていた。


「……通った」


 主任が、息を呑んだ。修司も、盤に見入った。束と棚で作った擬似の密度が、確かに、一点の要求を満たしている。人でなくても、塞げる。その手応えが、はじめて、二文字になって目の前にあった。


 だが、それは長くは続かなかった。


 点いたばかりの〔充足〕が、数拍のあいだ、細かく震えた。地方炉の勝手な息が、いくつも重なって、揺らぎの山が、棚のならしを、いっぺんに超えた。棚が、吸いきれなかった。〔充足〕の二文字が、みるみる薄れて――消えた。盤には、また、あの見慣れた一行が戻っていた。〔代替接続なきため実行不可〕。


「崩れました。第一回、失敗です」


 マルファスの声は、平坦だった。


「棚の吸える揺らぎより、束の揺らぎのほうが、大きかった。予想の範囲内です。切り戻しは、要りませんでした。一点は、勝手に元へ戻りましたから」


 修司は、消えた〔充足〕の残像を、まだ見ていた。失敗した。束は崩れた。それでも、たった数拍とはいえ、人を繋がずに一点が埋まったのを、この目で見た。方向は、間違っていない。あとは、束の揺らぎを、どうやって棚が呑みきれる大きさまで、平らにするか――そこだけだった。


「揺らぎを、平らにする」


 修司は、崩れたばかりの盤の前で、独りごちた。束は組めた。棚も置いた。残る綻びは、地方炉たちの、勝手な息の重なりだ。その息の山を、どうずらして、重ならないようにするか。次の一手の在り処は、もう、崩れた盤の上に、うっすら見えはじめていた。

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