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銀の乙女は愛されて  作者: リシエ
禁忌の森
3/6

2 悪魔につままれて

 塔を発見した翌朝。禁忌の森の隙間から細い朝日が差し込む中、トーマ中隊長はディランとミルを引き連れ、再び昨夜の場所へと足を踏み入れた。

 修道士は「神に背く存在ではない」と断言したが、それはあくまで「魔女ではない」という証明に過ぎない。正体不明の塔が王国にとって害をなさないとは限らず、その実態を解明するのは騎士としての責務だった。修道士を同行させなかったのは、魔女でないのなら教会の介入は不要であり、下手に聖職者がいれば「神の御心に異を唱えるのか」と騒ぎ立てられかねないと考えたからだ。


 三人の肩には、急遽調達した頑丈な継ぎ梯子や太いロープが食い込んでいる。しかし、昨夜残した目印を頼りに目的地へ辿り着いた一行は、己の目を疑い、その場に立ち尽くすこととなった。

 昨夜、確かにそこにあったはずの、高さ十人分に及ぶ石造りの塔。そして、地上七人分の高さに穿たれた大きな窓――。

 それらは跡形もなく消え失せ、代わりに聳え立っていたのは、周囲の木々を圧倒するほどの存在感を放つ、一株の巨木だった。

 どこからどう見ても、樹齢数百歳を優に超える古木にしか見えない。トーマは恐る恐るその幹に触れ、拳で叩いてみたが、返ってくるのは硬い樹皮の感触と、中身の詰まった重い音だけだった。塔があったはずの地面も今は根が複雑に張り巡らされ、悠久の昔からそこに君臨していたと言わんばかりの平然とした佇まいを見せている。


「……馬鹿な。昨日、俺たちは確かにここで石の壁を見たはずだ。夢でも見ていたというのか?」


 トーマが呆然と呟く。ディランとミルも「悪魔につままれたようだ」と顔を見合わせ、自分たちの記憶そのものに疑念を抱き始めていた。


 それは、塔に施された魔法の仕業だった。

 だが、この場所に住む主が魔女ではないと信じ込んでいる騎士たちには、それが魔法であると思い至る術はない。

 世界でたった一人、魔法を操るナタリーにとって、塔の形状を植物へと「擬態」させることなど、呼吸をするよりも容易いことだった。彼女の魔法は単なる幻覚ではない。物質そのものを「実体のある幻」へと書き換え、触れても叩いても本物の木として存在するのだという概念を、その空間に定着させる。ナタリーが解除を望まない限り、どれほど優れた騎士が調べようと、それはただの「森の王」たる巨木でしかないのだ。

 塔の内側では、ナタリーが穏やかな顔でリシエの銀髪を整えていた。外で騎士たちが困惑し、必死に幹を調べている滑稽な様子など、彼女の関心の外だった。

 トーマとミルが「場所を間違えたのではないか」「森の精霊の悪戯だ」と騒ぎ立てる中、ディランだけは、その巨木をじっと見つめていた。

 真面目で純粋な彼の心は、理屈よりも先に、ある種の「違和感」を捉えていた。昨夜目にした、あの固く閉ざされた石の窓。それを思い出すと、目の前の巨木はまるで何かを隠し、深く息を潜めているかのように感じられたのだ。


「不思議だ。昨日よりもずっと、森が静かな気がする……」


 ディランの藍色の瞳が、巨木の上部――昨日、窓があったであろう高さを見つめる。

 この森には、まだ決して触れてはならない深い秘密がある。そんな静かな畏怖が、彼の胸の内にじわじわと湧き上がっていた。


 森の怪異は結局、騎士団の公式記録には「集団の見間違い」に近い形で処理されることになった。

 トーマはあの日目撃した石の塔をルイ隊長にのみ密かに報告し、ディランとミルを伴って一ヶ月に及ぶ極秘調査を続けた。しかし、どれほど地面を掘り返し、幹を叩き、周囲を探索しても、そこにあるのはただの巨大な木と、時折姿を見せる野生動物だけだった。


「……これ以上、労力を割くのは無意味だ。撤収する」


 トーマの苦渋の決断により、公式な捜索は打ち切られた。

 トーマやミルが「あの日、疲れていたのだろう」と自分を納得させていく中で、ただ一人、あの日の衝撃を忘れられない少年がいた。

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