■第六話 村の外まで仕事場になった
俺はアルバ村の外に広がる土地を眺めていた。
広い。
とにかく広い。
まだ誰も使っていない土地が残っている。
「ここも使えるな」
「……」
隣にいた老人が黙り込む。
「どうした?」
「いや」
老人は深いため息をついた。
「お前がその顔をすると、また何か始まるんだろうなと思ってな」
「当然だろ」
「当然なのか……」
俺は地図を広げた。
「まず果樹園を作る」
「果樹園?」
「ああ」
リンゴ。
梨。
桃。
柑橘。
この土地に合うものを調べる。
一種類だけにしない。
収穫時期をずらす。
春。
夏。
秋。
それぞれに収穫できるようにする。
「収穫時期が分散すれば、人手も集中しない」
「なるほど」
さらに果物は生で売るだけではない。
乾燥させる。
ジャムにする。
果汁にする。
発酵させる。
保存食にする。
「捨てるものを減らす」
果物の傷んだ部分も。
堆肥に回す。
種も一部は残す。
「全部使うのか」
「できるだけな」
そして果樹園を作ると。
当然。
花が増える。
俺は養蜂箱を増やした。
「蜂も増やそう」
「また蜂ですか?」
「蜂は働いてくれるからな」
蜂蜜。
蝋。
そして果樹の受粉。
一石三鳥だ。
養蜂を専門にする村人も現れた。
「蜂蜜だけじゃないんですね」
「ああ」
「果物の収穫量まで増える」
「そういうことだ」
果樹園と養蜂場。
二つが互いに利益を生み出す。
そして蜂蜜を使った商品も増えた。
蜂蜜菓子。
蜂蜜漬け。
蜂蜜酒。
「酒まで作るんですか?」
「作れるなら作る」
だが。
飲みすぎないようにする。
保存用。
商売用。
祝い事用。
用途を分けた。
市場には。
新しい商品が並び始めた。
「アルバ村の蜂蜜菓子だ!」
「果物のジャムもあるぞ!」
「干し果物もある!」
商人たちは喜んだ。
だが。
俺は別の問題に気づいた。
「小麦粉が足りない」
農作物の生産量が増える。
人口も増える。
パンを食べる人間も増える。
なら。
製粉能力を上げる必要がある。
そこで水車に新しい歯車を取り付けた。
水車が回る。
歯車が回る。
石臼が回る。
ゴロゴロゴロゴロ。
小麦が粉になる。
「人が挽くより速い!」
「しかもずっと動いている!」
「水が働いてくれるからな」
製粉量が一気に増えた。
すると今度はパン職人が必要になった。
「パンを焼ける人は?」
何人かが手を挙げる。
「なら工房を作ろう」
パン工房ができた。
小麦粉。
水。
塩。
酵母。
焼き上げる。
香ばしい匂いが村中に広がった。
「……いい匂い」
子供たちが店の前に集まる。
「焼きたてだ!」
「熱いから気をつけろ」
パンが売れる。
パン屋が儲かる。
小麦農家も儲かる。
製粉所も仕事が増える。
運送業も忙しくなる。
一つの産業が。
別の産業を生み出していく。
そして俺は豆にも目をつけた。
「豆をもっと作ろう」
「またですか?」
「今度は加工する」
豆を煮る。
潰す。
発酵させる。
塩を加える。
時間をかける。
「何を作っているんです?」
「調味料だ」
最初は失敗した。
臭い。
味も微妙。
何度も配合を変える。
発酵時間を変える。
塩の量を変える。
そしてようやく。
「……これは」
村人が味見する。
「うまい」
「料理に入れると味が変わる」
「肉にも合う」
「魚にも合う」
新しい調味料ができた。
さらに別の豆を発酵させる。
こちらは。
味噌に近い食品になった。
「これなら保存もできる」
食料そのものを増やすだけではない。
料理の種類も増えていった。
アルバ村の食卓は。
以前とは比べ物にならないほど豊かになっていた。
そして食料が豊富になると。
人口はさらに増えた。
二百人。
二百五十人。
三百人。
「……三百」
俺は人口表を見つめた。
「はい」
記録係が答える。
「三百人です」
「いつの間に……」
「村長が仕事を増やしているからです」
「俺のせいか?」
「はい」
また即答だった。
俺は黙った。
そして新たな問題が発生した。
「宿が足りません!」
商人からの訴えだった。
「泊まる場所がない?」
「商人が増えすぎています」
市場には。
近隣の町だけではなく。
遠くの地域から商人が来るようになっていた。
だが。
泊まる場所がない。
そこで宿場を作った。
宿。
食堂。
馬小屋。
荷物置き場。
共同浴場。
「旅人が安心して泊まれる場所を作る」
さらに道の途中にも小さな休憩所を作った。
水。
食料。
簡単な修理道具。
そして「距離も表示する」
道標を増やした。
「アルバ村まで五キロ」
「市場まで二キロ」
「港まで三キロ」
「次の宿まで十キロ」
旅人が迷いにくくなった。
するとさらに人が来る。
「……また増えた」
俺は頭を抱えた。
しかし悪いことではない。
人が来れば。
商売が生まれる。
商売が生まれれば。
税収が増える。
税収が増えれば。
道路を整備できる。
道路が整備されれば。
また商人が来る。
循環ができていた。
そこで俺は村の収入と支出をきちんと記録することにした。
「今まで村の金はどう管理していた?」
「村長の帳簿です」
「一冊?」
「はい」
「……もう無理だな」
収入。
支出。
食料。
建築費。
道路。
水路。
人件費。
税。
商取引。
すべて分ける。
帳簿も種類ごとにする。
さらに毎月一度。
村人たちに収支を公開する。
「村の金は村のものだからな」
村人たちは驚いた。
「どれだけ税金が入っているのか分かる」
「何に使ったかも分かる」
「だからこそ、無駄遣いを減らせる」
アルバ村では。
少しずつ行政らしい仕組みまで生まれていった。
そして俺は次に。
「警備も必要だな」
と考えた。
人が増える。
商人が増える。
金が動く。
商品が増える。
当然。
盗難も起こる。
そこで夜間の巡回を強化した。
村の入口を管理する。
市場に警備員を置く。
火事の見回りもする。
争いが起きたときに仲裁する役割も作る。
「自分たちで解決できることは、自分たちで解決する」
村は。
少しずつ組織化されていった。
そんなある日。
俺は港へ向かった。
漁師たちが魚を運んでいる。
「今日の漁はどうだった?」
「大漁です!」
大量の魚。
その横では。
塩漬け魚。
干し魚。
燻製魚。
魚の油。
魚の皮。
魚を加工した商品が並んでいる。
さらに別の場所では。
船大工が小さな船を作っていた。
「船まで作るようになったのか」
「はい!」
村人が笑う。
「漁師が増えましたから」
俺は港を眺める。
船。
倉庫。
魚市場。
塩。
加工場。
荷車。
商人。
気づけば。
港だけで一つの町のようになっていた。
俺は苦笑した。
「……これ、本当に村か?」
そこへ。
老人がやってきた。
「ようやく気づいたか」
「いや」
俺は首を振る。
「まだ村だ」
「お前な……」
老人が呆れる。
だが。
そのとき。
港の向こうから。
巨大な船が見えた。
今までアルバ村に来たことのない大きさだった。
船が港へ入ってくる。
商人たちがざわめく。
「どこの船だ?」
「南の大国の商船らしい」
「こんなところまで来たのか?」
船から降りてきた男が。
俺のところへ歩いてきた。
立派な服を着ている。
そして深々と頭を下げた。
「アルバ村の代表者は?」
俺は手を上げた。
「俺です」
男は俺を見る。
そして一枚の書状を取り出した。
「我々は、あなた方と正式な交易を結びたい」
俺は書状を見る。
アルバ村の名前が。
遠く離れた国にまで知られている。
その瞬間。
俺は初めて思った。
アルバ村は。
もう。
自分たちだけの村ではなくなりつつある。
そしてその変化は。
これからさらに大きくなっていくことになる。




