■第十一話 領主、三十七人の村が消えたことを知る
――その頃。
アルバ村を含む広大な地域を治めるグランディス伯爵の屋敷では。
一人の男が、領地から届けられた報告書を眺めていた。
「……アルバ村?」
グランディス伯爵。
この地域を代々治めてきた領主である。
机の上には、領地内の村々から届けられた報告書が積まれていた。
農作物の収穫量。
税収。
人口。
道路の修繕。
治安。
今年も例年通りの報告だった。
その中に。
アルバ村の報告書があった。
伯爵は何気なく手に取った。
「アルバ村……人口三十七人」
「はい」
側近が答える。
「昔からほとんど変わっていない村です」
「そうだったな」
伯爵は思い出した。
アルバ村。
領地の北東にある小さな村。
農地も少ない。
商人も来ない。
税収も少ない。
道も悪い。
特産品もない。
「確か、税収もほとんどなかったな」
「はい」
「村長は誰だった?」
「代替わりしたようですが……カイル・アーベルという男です」
「ふむ」
伯爵は興味を失った。
「まあいい。税収が少ない村のことまで気にしていたら、きりがない」
そのまま報告書を机の端へ置いた。
それから。
一年が過ぎた。
さらに一年。
そしてある日。
領地管理を担当する役人が、青ざめた顔で伯爵の部屋に飛び込んできた。
「閣下!」
「何だ、騒々しい」
「アルバ村の件です!」
「アルバ村?」
伯爵は眉をひそめた。
「また税を払えないのか?」
「いえ!」
「では何だ?」
役人は一枚の書類を差し出した。
「人口の報告です」
「人口?」
伯爵は書類を見る。
そして固まった。
「……二千?」
「はい」
「何が?」
「アルバの人口です」
「……」
伯爵は書類をもう一度見た。
『アルバ地域 人口 二千百四十七人』
「……書き間違いではないのか?」
「何度も確認しました」
「アルバ村だぞ?」
「はい」
「人口三十七人の?」
「……以前は」
伯爵は椅子から立ち上がった。
「いつの間に二千人になった!?」
役人は答えに困った。
「それが……」
「それが?」
「少しずつ増えたようです」
「少しずつ?」
「はい」
「三十七人が二千人になるまで、少しずつ?」
「……はい」
伯爵は頭を抱えた。
「なぜ私に報告しなかった!」
「報告はしております」
「どこに!?」
役人は机の上の書類を指差した。
「こちらです」
伯爵が確認する。
確かに。
『人口五十人』
『人口百人』
『人口二百人』
『人口五百人』
『人口千人』
『人口二千人』
報告書は届いていた。
ただ。
伯爵が全部まともに読んでいなかった。
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「閣下」
側近が恐る恐る口を開いた。
「アルバは現在、周辺の農村、漁村、鉱山集落、林業集落まで含めて、一つの経済圏になっています」
「経済圏?」
「はい」
「詳しく話せ」
「まず道路が整備されています」
「道路?」
「アルバ村から周辺集落へ石造りの道路がつながっています」
「……」
「市場も大きくなっています」
「市場?」
「遠方から商人が来ています」
「……」
「さらに港があります」
伯爵の顔が引きつった。
「港?」
「はい」
「アルバ村に?」
「正確にはアルバ地域の南側です」
「……」
役人は続ける。
「鉱山もあります」
「鉱山まで?」
「鉄と銅が採れます」
「……」
「ガラス工房、陶器工房、製紙工房、織物工房、鍛冶工房もあります」
伯爵は完全に黙った。
「さらに学校、診療所、消防隊、上下水道、共同浴場まであります」
「……上下水道?」
「はい」
伯爵はゆっくり椅子に座った。
「私は……」
額を押さえる。
「私はアルバ村を、貧乏な小村だと思っていた」
「はい」
「それが?」
「現在では、領内でも有数の商業地域です」
「……」
伯爵はしばらく何も言わなかった。
やがて。
「税収は?」
役人が別の書類を差し出した。
「こちらです」
伯爵は数字を見た。
「……これだけ?」
「はい」
「去年の何倍だ?」
「十倍以上です」
伯爵は目を閉じた。
「……私は何を見ていたんだ」
そのとき。
別の役人が入ってきた。
「閣下!」
「今度は何だ!」
「南の大国から、アルバとの通商協定について問い合わせが来ています」
「……」
伯爵はゆっくり顔を上げた。
「外国から?」
「はい」
「アルバに?」
「はい」
「……あのアルバに?」
「はい」
伯爵は窓の外を見た。
自分の領地。
その片隅にある小さな村。
三十七人しか住んでいないと思っていた。
税収も少なく。
道も悪く。
何の価値もないと思っていた村。
それが。
いつの間にか。
数千人の人口を抱え。
鉱山を持ち。
港を持ち。
市場を持ち。
外国と取引する地域になっていた。
「カイル・アーベル……」
伯爵は初めて、その名前をしっかり口にした。
「この男は……一体何をしたんだ?」
側近が答えた。
「最初は、村を住みやすくしただけだそうです」
「それだけ?」
「はい」
「それで、こうなった?」
「……そうらしいです」
伯爵は呆然とした。
そして小さく笑った。
「面白い」
「閣下?」
「今まで私は、アルバを税収の少ない村だと思っていた」
伯爵は立ち上がった。
「だが違った」
机の上に広げられた地図。
アルバを中心に、道路が伸びている。
農村。
漁村。
鉱山。
林業地。
港。
市場。
すべてがつながっている。
伯爵はアルバを指差した。
「これは村ではない」
「はい」
「一つの都市圏になっている」
「はい」
伯爵はしばらく考えた。
そして「直接見に行く」
側近が驚いた。
「閣下自らですか?」
「ああ」
「しかし、アルバは以前は本当に小さな村でした」
「だからだ」
伯爵は笑った。
「自分の領地に、いつの間にか二千人の都市ができていたのだぞ?」
「……」
「領主として、一度くらい自分の目で見なければならん」
こうして。
グランディス伯爵は、アルバへ向かう準備を始めた。




