■第十話 外国から正式な代表者がやってきた
「アルバの代表者?」
カイルは書状をもう一度見た。
何度見ても同じだった。
『アルバ地域の代表者』
「……俺?」
「そうです」
南の大国から来た商人が頷く。
「我が国では、アルバとの取引を正式なものにしたいと考えています」
「でも、アルバは村ですよ?」
「人口一千人を超え、周辺に複数の集落があり、鉱山、漁港、農地、工房、市場を持つ地域を、我が国では村とは呼びません」
「……」
カイルは黙った。
隣にいた老人が小声で言った。
「だから言っただろ」
「何が?」
「もう村じゃない」
「まだ村だ」
「その意地、いつまで続けるつもりだ?」
カイルは無視した。
問題は通商協定だった。
これまでアルバは商人と個別に取引していた。
だが、外国政府と正式な協定を結ぶとなると話が変わる。
「何を輸出するんです?」
「アルバ産の食品、布、革製品、鉄製品、紙、陶器、蜂蜜、保存食などです」
「輸入は?」
「塩、金属、特殊な工具、香辛料、珍しい薬品、上質な布などを希望しています」
カイルは頷いた。
「取引そのものは問題ない」
「では?」
「品質と契約条件を決めよう」
カイルは机を広げた。
「重量をごまかさない」
「はい」
「粗悪品を混ぜない」
「はい」
「納期を守る」
「はい」
「支払い方法を統一する」
「はい」
「問題が起きたときの解決方法も決める」
商人は目を丸くした。
「そこまで?」
「長く商売するなら必要だよ」
カイルにとっては当たり前だった。
だが、相手にとっては違った。
アルバには、これまでの村にはなかった仕組みが次々と作られていた。
重量。
容量。
品質。
契約。
記録。
検査。
保証。
それらを担当する商業局まで作られた。
「局?」
「商人との契約や市場の管理をする部署」
「また仕事を増やしたな」
老人が呆れた。
「俺だって増やしたくないよ」
「でも作るんだろ?」
「作る」
「なぜ?」
「俺が全部やるより、人に任せた方がいいから」
これがカイルの新しい方針だった。
自分が全部判断するのではない。
仕事ごとに責任者を置く。
農業。
水道。
道路。
衛生。
医療。
教育。
商業。
鉱山。
漁業。
林業。
消防。
治安。
倉庫。
それぞれに担当者を置く。
担当者が現場を管理し、問題だけをカイルに報告する。
「これなら俺が一人で全部見なくてもいい」
「村長らしくなってきましたね」
「いや、俺はただの村長だ」
「まだ言うか」
その頃。
アルバの港では、大きな船が停泊していた。
南の大国から来た正式な使節団だった。
商人だけではない。
外交官。
通訳。
技術者。
商業組合の代表。
さらに護衛までいる。
港に集まった村人たちは、その姿を見て驚いた。
「外国の使者だ」
「本当に来たんだ」
「アルバに?」
船から降りた代表者は、周囲を見回した。
整備された港。
石造りの倉庫。
荷車が走る道路。
規則正しく並んだ市場。
遠くには工房から煙が上がっている。
「……ここがアルバですか」
「はい」
案内役が答える。
「以前は小さな村だったそうですが」
「今も村です」
「……」
代表者は少し困った顔をした。
「そうですか」
その日の夕方。
カイルと使節団の会談が始まった。
「まず、アルバとの友好関係を築きたい」
代表者が言った。
カイルは頷いた。
「こちらも同じです」
「我が国は、アルバの食料を必要としています」
「食料?」
「はい」
代表者が地図を広げた。
「我が国の南部では人口が増え、都市部で食料需要が増えています」
カイルは地図を見る。
大都市。
人口。
農地。
港。
「つまり、継続的に輸出してほしい?」
「その通りです」
「年間契約にする?」
「可能ですか?」
「できます」
カイルは即答した。
「ただし、無理な量は約束しません」
「なぜです?」
「アルバの住民が食べる分を確保するのが先だからです」
代表者は少し驚いた。
「輸出より自国民を優先する、と?」
「当然です」
カイルにとっては当たり前だった。
食料は余った分を売る。
売るために住民の食料を削ることはしない。
「それなら、アルバの農業生産量を増やせばいい」
「……」
カイルは地図を見た。
「そうだな」
ここで新しい計画が始まった。
農地拡張。
灌漑。
排水。
輪作。
肥料。
農具の改良。
そして農業技術の教育。
さらに「農業研究所を作ろう」
「研究所?」
「どうすればもっと収穫量を増やせるか研究する」
土壌を調べる。
種を選ぶ。
品種を比較する。
肥料の量を変える。
水の量を記録する。
収穫量を測る。
農民たちは最初、半信半疑だった。
だが。
「去年より三割増えたぞ!」
畑から歓声が上がった。
別の畑では。
「こっちは四割だ!」
さらに別の畑では。
「病気に強い品種が見つかった!」
研究結果が農民へ共有される。
一部の農家だけが秘密にするのではない。
アルバ全体で共有する。
「農業は村全体の力になる」
カイルはそう考えていた。
収穫量が増える。
余剰食料が増える。
輸出できる。
農民の収入が増える。
商人が儲かる。
税収も増える。
その税収で道路や水路を整備する。
そしてまた生産量が増える。
経済が回り始めた。
一方。
鉱山でも大きな発見があった。
「カイル様!」
鉱山責任者が駆け込んできた。
「新しい鉱脈が見つかりました」
「鉄?」
「鉄もあります」
「も?」
「銅です」
カイルは立ち上がった。
「銅?」
「はい」
銅は道具だけではない。
鍋。
器具。
装飾品。
配管。
さまざまな用途がある。
「採掘量は?」
「かなりあります」
「なら、銅を加工する工房を作ろう」
鉱山。
精錬所。
金属加工工房。
製品工房。
道路。
港。
輸出。
産業の流れが一気につながった。
そしてアルバでは新しい産業が生まれた。
ガラスだった。
砂。
燃料。
炉。
高温。
職人たちが試行錯誤する。
最初は濁ったガラスだった。
次は気泡だらけ。
割れやすい。
それでも改良を続ける。
やがて。
透明度の高いガラスが完成した。
「窓に使える」
「瓶にもできる」
「薬品の容器にも使える」
「保存容器にもなる」
さらにレンガの生産も始まった。
粘土を成形する。
乾燥させる。
窯で焼く。
木造だけではなく、レンガ造りの建物が増えていく。
火災にも強い。
耐久性も高い。
公共施設にも使える。
町の景色が変わっていった。
木造住宅。
石造りの倉庫。
レンガの工房。
石畳の道路。
水路。
橋。
市場。
港。
煙突。
遠くには鉱山。
アルバは、もう完全に以前の村とは違っていた。
そして、その変化を見ていたのは南の大国だけではなかった。
北の隣国からも商人がやって来た。
東の国からも使者が来た。
西の地域からも職人が移住してきた。
理由は簡単だった。
「アルバには仕事がある」
「アルバには食料がある」
「アルバには市場がある」
「アルバなら商売ができる」
人が集まる。
仕事が増える。
仕事を求めて、さらに人が来る。
人口は一千人から――
一千二百人。
一千五百人。
そして二千人を超えた。
その数字を見たカイルは、椅子に深く座った。
「二千……」
記録係が頷く。
「はい」
「もう村じゃないな」
部屋が静まり返った。
老人がゆっくり口を開いた。
「今、なんて言った?」
カイルは慌てて言い直した。
「……まだ村だ」
「やっぱりな」
全員が笑った。




