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心の闇

放課後になった。純也はさっさと掃除を終わらせて宮原を探す。


あの後宮原になかなか話しかけるタイミングがなくこの時間になり純也は焦っていた。

何せ、休み時間でも宮原の行動パターンは教室にいるかトイレにいるかの二つしかない。


比較的に怜も教室で友人と騒いでいることが多いため、教室で話すという選択肢はまずなかった。

そんなことをしたらまた揶揄われるのは目に見えている。


ならクラスが団体から個人になる瞬間、生徒が散らばり個々の意識が分散される下校時間を狙ったが、肝心の宮原がいない。

こうなるなら痴漢と騒がれてもいいから二人きりになるためにトイレに着いて行くべきだったか、と馬鹿なことを考えてしまう。


「仕方ない、今日は諦めるか」

そう呟いた時、スマホの振動に気づく。

拓実からの電話だった。


「おー純也。おまえさ、まだ学校?宮原見つかった?」

「いいや…今日は諦めるよ。」

「その宮原なんだけどさ…今おれ帰り道なんだけど数メートルくらい先に歩いてんの多分そうだと思うんだよね。」

「え!?」

「呼び止めとく?」


純也は走る。

すぐに目的地へ着きそうだ。こういう時元陸上部で良かったと思う。


拓実と宮原の姿が見えてきた。宮原とは家の方向が違うため、自身の通学路に宮原が存在している特別感が純也の心を躍らせた。


「ごめん遅くなって。拓実ありがとうな。」

「いーよ。じゃ、あとは二人で仲良くな」

合流したあと、拓実が颯爽と去る。


二人で仲良く…改めて言葉にされると途端に緊張してくる。


「いやー…拓実がいてくれてよかった。まさか宮原が今日こっちの道から帰ってるなんて思わなかったもん。あはは…」

純也が宮原の方を向くと、彼女もあはは、と目線をキョロキョロさせ、小さく笑う。宮原らしいと思った。いつも人と話す時、彼女は言葉をほとんど発しない。ただ目線を外して笑っているのだ。大丈夫、嫌われてるわけじゃない、そう暗示をかけ純也は続ける。


「えっと、おれ、今日ずっと謝りたくて。その、ごめんな。おれのせいで嫌な思いさせちまって。宮原が怜にちょっかいかけられそうになってたからつい…でも最初から笑って流せばあんな変な空気にならなかったし、宮原を困らすこともなかったよな。本当ごめん。」


宮原はまた小さく笑う。今度はかなりの角度で目線を逸らされてしまい、純也は軽い失恋をしたような気持ちになった。


しばらく沈黙が続く。


いつも宮原の笑いは、笑っているのに何かに怯えているようだった。中3で同じクラスになって、初めて彼女を知った時からずっとそうだった。

基本的に他人に物怖じするということがあまりない自分と彼女は違う人種なのだと、今日宮原と話してみて純也は改めて理解した。


けれど、好きだから。歩み寄りたかった。


深呼吸して、純也は言葉を発する。


「宮原さ、ちゃんとおれの目見てよ」


宮原の顔がこちらへ少し傾く。


「おれさ、言いたいこと言う方だから今日の朝みたいに強い口調で人に怒ったりしちゃうこともあるけど、別に怖い人間ってわけじゃないから。だから、おれにはその…安心して話してほしいというか…あんまり嫌わないでほしいというか…えっと…」


バシッと何かいいことを言おうとして、言葉に詰まる。純也は自分の語彙力の無さを恥じた。


果たして今の言葉で、宮原は自分への印象を少しでも良くしてくれたのだろうか。だが、やはりこちらを見てはくれない。

この恋は前途多難か…と落胆した時、強い風が吹く。


「わっ。宮原、大丈…」


声をかけようとして、言葉を失う。


普段、落ち着かない彼女の目線とは打って変わって

その瞳は真っ直ぐに前を見ていた。


しかしどこか絶望に満ちたように深く、暗かったのだ。


見たことのない宮原の表情に、純也は思わず目を奪われた。


次の瞬間。


「…長崎くん。」


宮原が、こちらを見て、自身の名前を呼んだ。


「へ!?あっ…え!?な、何…?」


不意打ちに純也は間抜けな声をあげてしまった。


じっと自分を見る宮原。

ビー玉のようなその瞳に吸い込まれそうになる。


通り過ぎる通行人たちが振り返るのをよそに、見つめ合う二人。


宮原がゆっくりと口を動かす。


「長崎くん。海へ行かない?」





純也はこの状況をいまだに信じられなかった。

今日初めて話し、下校した意中の女子と二人で、なぜか海を眺めている。


しかし、なぜ宮原は突然海に行こうなどと言ったのか。来る途中に理由を何度か尋ねたが、無視をされてしまったためしつこくして嫌われるのを恐れ、それ以上は何も言えなかった。だがそんなことは気にならないほど、宮原と二人きりでいるこの状況に、純也は浮かれていた。


勝手に上がってくる口角を手で下げていると、隣でゴソゴソと何か聞こえた。


宮原が鞄を置き、靴を脱いでいる。


「え、まさか海ん中入ろうとしてる?」


宮原は何も答えない。


そして、海へ進んでく。

純也は便乗しようと思ったが、濡れるのが嫌で立ちどまる。


彼女は多分、海と戯れたいだけなんだなぁと、そんなことを考えながら、ぼんやりと純也はその後姿を見つめていた。子供っぽくて可愛い一面を知れて得をした気分になった。


夕日の光に照らされたその姿が、神聖なものに見えた。その光の中へ消えていきそうだ。


ふと、我に帰る。


…消える?宮原が?


宮原は、止まらずに、進んでいく。


宮原はいったい、何を見ているんだろう。


先ほどの表情を、思い出す。感じたことのない、突然の恐怖に、背筋が凍った。


もう、腰から下が見えなくなっているその名を呼びながら、靴のまま純也はバシャバシャと海の中へ入っていく。


追いつき、やっと手を掴んだ。


「おまえ、バカか!?」

思わずその手を引っ張り、叱咤する。


「いた…」

「あ、ごめ…」


少し間が空く。


すると、コツン…と宮原が、純也の胸に顔を委ねた。


自分より少し背丈の低い、彼女の頭部で視界が埋め尽くされる。


その頭皮の匂いが彼女との距離の近さを認識させる。


身の置きどころがないような感覚に、純也は困惑した。


その瞬間、弱々しい声が聞こえた。




「…死にたい」




彼女の肩は震えていた。


この瞬間、少年と少女は主人公となった。


辛く苦しい、青春悲劇に。


その幕開けを知らせるように、波の音がこだました。

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