お肉レス②
「骨山だね」
夜の到来に震えるペットのオセットを頭上に置いたまま、イヴァルノンは駆け足で進んでいた。
目に見えて夕闇が濃くなって来た頃、眼前に見えてきた小山を彼女は指差した。
「戦争痕なのかな」
山積みになった遺体置き場が視界の多くを占めている。しかしながら、全てが白骨化してしまっているお陰か、顔をしかめてしまう様な臭いはしない。
寧ろ。
「・・・なんだか、イイ匂いがしてこない?」
「いい加減にさあ・・・お前、遂に頭いかれたんじゃな・・・―――っァアアアア訂正しますぅううう!!!!イイ匂いしますねェエエ!!!ほんとおおおうおおおおう!!!!」
奇抜な光景に似合わない、香ばしい匂いだ。
「ほら、匂いを辿って行くのは得意でしょ。」
「分かったから!!追うよ!!追うから!!!尻尾を抓んで振り回さないでくれ!」
半泣きのオセットにくんすかくんすか匂いを辿らせていく。徐々に暗くなっていく世界に気持ちを押されてながら骨山の脇を素早く通り、緩やかな上り坂を進んでいく。
すると
「お?」
「おお!」
一軒家だ。
殺風景な骨山を通り、緩やかな坂道を登って行った先、少し下がった場所にポツンと一軒家が建っていた。
だが、どうも誰かが住んでいる気がしない。
窓は閉め切られ、家の周りに生活感はない。
「おい早く中に入ろうぜ!中に人がいたら謝ればいいって!!もう夜が足元まで這いよって来てるぞ!!!」
濃い影から這い出ている陰の手を見ると、オセットは飛び上がってイヴァルノンにしがみついた。
イヴァルノンは一応一軒家の扉をノックした後、返事が来ないのでそのまま中に入った。
家の中は真っ暗だった。明かり1つなく、周りを見渡すことはほとんどできない。この暗さでは例え家の中でも夜の闇が入り込んでくるに違いない。
しかし。
「客か」
声がした。近くの机が震えるような低い音だ。
「客?」
「店だ」
イヴァルノンとオセットを不法侵入者とは言わなかった店主は、輪郭も覚束ない、暗闇の中でも浮かび上がる更に黒い影にみえた。
「灯り!灯り付けてくれ!」
夜の浸食を恐れるオセットが慌てて店主に訴える。
「夜が怖いか」
「怖いに決まってらああ!!!!」
「少し待て」
カッカッカッ、何かを叩きつける音と共に火花が暗闇を弾き飛ばした。
ボゥ、それが一筋の火になると、真っ直ぐと上にゆらゆらと立ちあがる。
その火は定住する場所を探してゆっくりと首を動かした後、徐々に勢いを増して大きくなり、店の中にまで浸食していた闇を追い出した。
「助かったぁああ!!!はああん!!!」
その光に当たってオセットは安堵の溜息を漏らした。
大きなその息にも軸が揺さぶられない程、店主がつけてくれた火は強かった。朱色と黄色を混ぜた炎と言ってもいいそれが、闇に溶け込んでいた店主の輪郭を照らし出す。
店主は、黒い古人であった。
人相の悪さ。漂う威圧感。首元までキッチリと揃えた襟。服にピッチリと食いつく体格の良さ。
(もしかして、噂の黒い古人?)
以前に黒い古人の噂を聞いた。とんでも美味な料理を出すのだと。
人相の悪そうな顔といい、人気も寄りつかないだろう雰囲気といい、伺ってみる価値はあるだろう。
「ごめんね、もしかして明日の仕込みしてた?」
「・・・・・。」
黒い古人は石のように固まったまま、瞬きもせずに数秒間、首を傾げるイヴァルノンを見続けた。
そしてようやく、声を出した。
「メニューはないが」
「ん?」
「出してやる。話はその後だ」
唐突に炎の赤い光が部屋の中を舞い上がった。
「ひーっ!ごめんッろくにお金持ってないんだけどッ!」
「要らん」
「いいの!?・・・じゃあいただくわ!」
火の上を泳ぐ大きな金属鍋へ放り投げられる血肉。既に下味をつけてあったのだろうか、焼くことで香ばしい匂いが家中に広がっていく。
「見た目からして美味そう・・・じゅる。」
「そうだな・・・じゅるるる・・・ん?」
しかしよくよくキッチンを見てみると、火が上がっているそこは、ただのシンクだった。
ガスで火を点けている訳でも、電気で熱を出しているわけでもない。
自分の手が鍋に 手から赤熱する火を 出しているではあるまいか
「手?」
「ちゃんと火炎滅菌している」
「・・・それが、君の魔性なの?」
鍋を言わずもがな自分の手の様に操り、分厚い肉の内側までしっかりと通るだろう絶妙な火加減を作り出している彼は、イヴァルノンの詮索に対して無言を貫いたまま
「待たせたな」
「ひゃーっ!」
皿が机に置かれる僅かな衝撃だけで溢れる肉汁の香しさ。分厚い肉を一口サイズに切り分けて出されたその深部はしかしながらレアではなかった。かと言って外側が焦げている訳でもない・・・適度な苦みと酸味が漂うソースもまた、口に入れていないのに美味いだろうと脳が先走って涎を出せと言って来る。
「そうだ」
「え?何が?」
「先程の質問の答えだ。料理中は出来る限り口を開きたくない」
「・・・・、・・・ああ、なる・・ほど・・・。
(何を・・・訊いてたっけ?)
・・・ふんふんそっか」
店主の独特なテンポもどうでもよくなる恐ろしき多幸感で悶えたイヴァルノンは貯め込んだ唾液で膨れた頬いっぱいに肉を放り込んだ。
「うみゃーっ!!」
オセットもそのうちの一切れを貰い、歯で噛み締める度に舌と歯肉に伝わる熱と味にもだえた。今迄の食事のレベルが残飯だったのでは?と思えてしまうかもしれない、圧倒的な格の違いを舌へ示しつける。
「こんなに腕がいいのに!こんな辺境で何してんの!?」
「イノン失礼だぞ!!
だけど俺も思うぞあんちゃん!あんたには恐ろしい才能があるッ!!」
「ああ、知っている」
カクッ、と思わず揃ってカウンターに額をぶつける。
「お前たちは何故夕闇に追われながら骨山を越えて来た?近くに町などないぞ」
「マジか」
「何処へ行くつもりだ」
「皇国だよ。会っていたい奴がいるんだ」
「そうか。
だが、何処の関所も今は厳戒態勢だ。流れ者は入れないぞ。」
「えー・・・そっかぁ・・・」
「無論、入る方法ならある」
店主はそう口にしたが、ジュー、どうやらもう一品出してくれるみたいなので、イヴァルノンとオセットは口を挟まずに涎だけ垂れ流して待った。
「待たせたな」
「待ってましたッ!」
肉の後の絶品スープに舌つづみを打ち鳴らし、頬を緩ますイヴァルノンに店主はポーカーフェイスのままに目つきの悪い視線を送った。
「頼まれてくれるなら教えてやろう。」
店主は鍋から手に戻し、もう一方の手で鍋であった手を握った。百℃など優に超える熱で片方の手の汚れと殺菌を加熱で行う斬新な光景。
その後、ジュッ~と黒煙を上げる手を振って冷やし固める様に
(なんで俺様が会う古人はイカれたスペックなんだよ・・・)
オセットは下顎を突きだして目を細めた。
「俺はカレーを作りたい」
「・・・・うー・・ん?」
「その為に、とあるレシピを調べて来て欲しい」
店主は大真面目だ。違いない。
そういう顔なのだ。見間違いではない。
真剣という言葉を表情で表す顔だ。明らかに。
「他に必要な食材は用意してある。だが一つ、どうしても足りない。」
店主は―――何度も言うが―――大真面目で、言った。
「フクジンヅケなるカレーの御伴、そのレシピだけが分からない」
「うーんと・・・古典博物館に行けばどこかに載っているんじゃないかな?」
「手段は問わない。どんな犠牲が出ようとも構わない」
「犠牲とは」
「町一つ消し炭にしてでも釣り合う情報だ」
「消 し 炭 と は」
身構えたくなるような物騒な言葉に、顔をしかめて覚悟を決めるイヴァルノン。黒い古人もまた真剣身に味を添える仏頂面で応えた。
「それが叶うのならば、皇国の関所を通る方法を教えよう」
あまりの店主の迫力に、笑いが込み上げてくるよりもそれだけ大変なことなのか?と警戒さえ覚える程であった。
「OK分かった。
伝説のフクジンヅケのレシピを、しっかりとメモして戻って来るわ」
「ああ
砂国の西端、イドラの町にある機人が知っているとのことだ」
ガコンッ、再度額をカウンターにぶつけ、その勢いで椅子から崩れ落ちた。
「お、おほぉ・・・結構詳細まで知ってるのね・・・」
「ああ、だが俺は口下手だからな」
(自覚はあるんだ・・・)(自覚してるんだ・・・)
「警戒されて町一つ敵に回す可能性もある。
不要な被害は出すべきではない。」
「んん・・・まあ、知っている人が分かっているなら話が早いや。」
ゆっくりと腰を上げ、オセットを頭の上に回収したイヴァルノンが空いた皿をカウンターの上に置いて立ち上がる。
「今回のお代はその依頼で済ませてくれたりするの?」
「釣りが出る」
「なんて破格な」
「店主、ちなみに名前を聞いてもいい?」
開け放つ扉から食事の間に夜が明けた朝光が差し込むと、どことなく影を纏っていた店主の顔が彫刻の如き刻銘に浮かび上がって来た。
黒い肌を持つ古人、その硬い岩顔と振り下ろされる刃を砕かんばかりの体格。
柔らかさなど持ち合わせていないのであろう目に宿る、光を呑み込まんばかりの漆黒の瞳。
「ウォルファロだ。
また会おう、魔女よ」
イヴァルノンはきょとんと目を開いたが、すぐに笑みを浮かべて背を向けた。




