お肉レス①
かつては『人間』と呼ばれていた古人。
彼らの血には『知』が宿っている。
一方で、自然の中に住まう意志に傾聴する力を弱めてしまう。
人の叡智を得るか、自然の助力を得るかは
流れる血の由来で決まる。
人の血がもたらす強力な叡智の一つ、それは金属を操る力だ。
なぜ強力なのか
人ならざる者にとって、金属は毒となりうるからだ。
シャリシャリシャリ。シャッシャッシャッ。シャリシャリ。シャリ。
人の血を持つ恩恵を存分に発揮した、金属と革布を魔力で組み合わせた足袋靴。
シャリシャリ。シャシャシャ。シャリ。シャー。
その底板は革靴よりも遥かに硬く、それでいて負担に思う程の重さがない優れものだ。
しかしながら、おおよそ10万歩。歩いたならば、やすりで研がねばならない。
「ばっかやろう!!!」
そうしなければ、底板が毛羽立ってしまい、躓きやすくなってしまうのだ。
「ちんたらと!足袋靴を研いでいる場合じゃないッ!!!」
使い古したやすりで自らの足袋靴を研いでいる、古人女の輪郭は丸みを帯びていた。
枯れ葉色にくすんだ羽織とニッカズボン。
項まで伸びたカーキ色の髪、焦げ茶色の瞳。
風変りな杖を肩に掛け、切株に腰かけている古人女の頭上には、彼女の拳二つ分ぐらいの白い竜人が立っていた。その彼が、地団駄を踏みながら焦った声で叫ぶ。
「空の色を見てみろ!」
竜人の必死な訴え。しかしながら、古人女は構わずにやすりで底板をシャーリシャリ。
「もうすぐ『夜』が来ちまうっていうのに!!」
一向に顔を上げてくれない古人女に痺れを切らした竜人は、彼女の頭上から肩へ滑り降り・・・耳に向かって大声を上げた。
「夜間行動に必須な闇飛ばしのランタンを!!!
なあイヴァルノン様よお!!!!
日中つけっぱにして燃料切れだなんて!!!
アアアアッッッシンジラレナイ!!!!」
「うるさいなあ。オセットだって気付いてなかったでしょう?」
古人女―――イヴァルノンはやすりにこびり付いたカスを溜息で吹き飛ばした。
「それに、空はまだ明るい範疇だよ。
足下が暗くなったらすぐ騒ぐんだから。」
空高くにある世界の中心を回って、日は遠くへ去ろうとしている。
そろそろ『夜』が訪れるのだ。
「騒がないでいられるのはお前が魔女だからだぜ!
夜を超えられる強い奴だからさ!
だが聞け!イノン!!
俺は!夜を!!越えられないんだよ!!!」
白い竜人―――オセットはそう嘆きながらイヴァルノンの腰布を引っ張った。
「いいから!立ち上がれ!
そして走れ!俺の為に!!!光ある所へと!!!!」
仕方ないなあ、と立ち上がったイヴァルノンは先ず、跳躍した。
足底を地面に擦り付け、踏みつけ、蹴る。
ヂャ、と土に噛みついてくる底板の感覚に満足して、イヴァルノンはオセットを頭上へと回収した。
「さてさて・・・もうひと頑張りしますかね」
古人女―――イノン・イヴァーン・イヴァルノンは元々、魔女だった。
魔女魔男とは、社会に甚大な脅威をもたらした者、ないし、もたらしかねない者に対してつけられる異名だ。
彼らは基本的に社会から忌避されている。だが、そんな彼らを受け入れ、その非凡な才能を駆使して社会に役立てようとする組織も存在する。
そのうちの最も大きい組織が、『魔協会』だ。
イヴァルノンは、その魔協会にかつて所属していたが、とある戦いの後に脱会。
そして、魔女であった経歴をケースバイケースに隠しながら、放浪の旅をしている今に至る。




