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bdqp  作者: 山本さん
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後払いより先払い⑥



「流れ者は結局、報告に現れませんでした。」

 夜を迎えた自治塔の一室、明かりを灯した中。ボッケはそう報告した。

「隊長、計画を実行して構いませんね?」

「・・・・・」

 昼間の怒鳴り声が嘘だったかのようにドンドは押し黙ったまま報告書に目を落とす。

「捜査はしていると思わせるだけの依頼を、本当に引き受ける者が現れると思ってもみませんでしたけど。

 それはそれで、当初の計画に支障はないでしょうが。」

「あれは、現場に現れると言ったのか?」

「隊商の者に、そう言っていたようです。十中八九、現れると思われます。

 依頼の報告期限を過ぎ、報酬は得られないというのに首を突っ込むとは」

「・・・・・今回の積み荷の情報は手に入れたか?」

「いえ、今回は商館経由の積み荷ではないようです。恐らくは情報漏れを警戒したのだと思われます。

 しかしながら、今回は積み荷を運ぶ騎馬にタクシーを選んでいます。間違いなく『何者』か、であることは断言出来ましょう。」

「・・・・・、・・・例え、それが餌であるとしても、我々がすべきことを変えてはならない。」

 ドンドはそう呟くと書類を机の上に置き、どの国の紋章も入っていない真紅の軍服を身に纏った。




 徐々に時点を回る日が乱反射する黒鋼の照る表情を変えていく。

 そして、夜の暗闇が過ぎ去り、再びに差し込む光が大地を照らしたとき、左右に伸びた白い牙が町から走行してきた。

 緊張した面持ちなのだろうか。その走りは、決して速くはなかった。

 純白な牙、それだけが見えるよう大きく白い厚布被さっていた。そのお陰で積み荷は外から全く見えない。

 しかし、カーティットはせいぜい古人サイズで二人程度しか乗せられない大きさのタクシーだ。

「・・・・」

 そろり、とカーティットの目は常に辺りを警戒していた。

 例え赤砂魔人が急襲してきたとしても『積み荷』は恐らく無事だろう。だが、自分は殺されてしまうかもしれない。

 そう考えてしまうと、思わず走る手足が強張ってスピードを出せなかった。

(彼女から護衛になってくれそうな力は感じなかったが、それでも・・・一緒に居てくれた方が良かったな・・・)

 皇国へつながる北の街道は、噂に違わぬ人通りの無さだった。

 一方的に繋げられた虐殺道など通って堪るか、と頑なにクリミアの町民は使ってこなかったからだ。皇国側もこの道の関所にほとんど人員を割かないため、積み荷の検閲などされず素通りされてしまう。

 だが―――いや、したがって、というべきか―――最近、この道を商館は用いている。


(クリミア商館は、反皇国派の過激派を皇国へ移送している)


 今運んでいる依頼主は、カーティットを雇う際にそう説明した。

(アイリ王が還り、新たな皇が即位した後の新体制に、付け入る隙が出来る筈と奴らは信じている。

 だが、血を血で洗おうとする者がいれば、繰り返されようとする悲劇を止めようとする者もいる。

 クリミアに住まう『赤砂魔人』とは、そういう存在だ。)


 襲撃の際は最低限に守る。引き受けてくれるか?と。

守ってくれそうにない発言だったのでとても引き受けたくなかったが、クリミア商館とコネを持ちたい上からの命令では致し方もなかった。


 カーティットが町から出て数分経った。

 ちょくちょくと砂混じりの向かい風になってきた。

 目に砂が入らない様に透明のアイカバーを降ろし、瞬きをした。

 そんな、タイミングだった。


 行く先に、何らかの歪みが見えた。よどみにも近い。魔力がもたらす気配の渦。

 足に力を込めて踏み込んだとき、カーティットの目の前を過ぎ去るように鋭い風が吹き抜けて彼の白く厚い布を僅かに揺らした。

「あんちゃんジャンプッ!!」

「!?!」

 いきなりの指示に驚いて跳び上がった。その足下を滑るよう何かが瞬間に駆け抜けた。

「そのまま振り返らず駆け抜けて!中の奴も出て来ないこと!」

「――――ッ」

 何が現れたのか、何が起こっているのかは分からなかった。見えなかった。振り返らなければ分からない。

 しかし、その声が『彼女』であることだけは分かった。

「任せたぞ!!」

 カーティットはそう声を上げ、減速することなくまっすぐと駆け抜けた。




「似合っているじゃない。赤いの。」

「邪魔だ」

 血染めでもしたような紅の軍服。サイズが合っていないのか、それを羽織っている。

「代々受け継がれるものなのかな?サイズが合ってないし、袖口六つあるし」

「退け」

「昔も今も戦争の後始末って大変だね」

「失せろ」

「国から自治を任されるだけあって、ほんと『有能』だと思うよ、隊長さん」

 自治警の隊長、ドンドの身体は今にもはちきれそうに膨れ上がっていた。

「貴様は目の前の命を救う事だけが正義とでも言うか?

 救おうとしているその命が、他の多くの命を奪う未来が目に見えていたとしても―――それでも救うのか?愚か者め。」

 押し殺した声だった。怒号にして吐き出してしまうのを止めているのだろう。

「これが最後の忠告だ。流れ者。

 そ こ を 退 け」

「お断りだね。

 先にお金(信用)を貰っているんだから」

 

 バンッ――――怒号を超える破裂音が轟き、真紅の軍服が跳ね上がる。

「クソが」

 図体に反して高速で動くドンドの拳は空振った。

 続け様に瞬きも許さない猛攻を加えたが、そのスピードをものともせず、イヴァルノンは杖を駆使して避け続ける。

「古人のくせに―――ちょこまかと」

「ありがと。よく言われる」

 多種族人種の中で、身体能力が最も弱いとされる古人に対応出来るような生半可な攻撃ではない筈だった。ドンドは奥歯を噛み潰し、拳を古人に叩きつけた。

 拳圧で空気が弾き飛ばされる―――凡庸な能力の隊商共が黒鋼の大橋から吹っ飛ばされ、マグマに落ち溶けていった―――勢いだというのに。

 平均以下の能力である筈の古人が、平然に受け止めてみせた。

「小癪な―――古人如きの―――魔性 程 度 でッ!」

「私の魔性は『コピペ』だって言ったじゃん」

 ふざけるな!と、ドンドは以前の様に一蹴出来なかった。




 魔力を使って、身体機能や基礎能力を強化する。

 そして、その使い方を始め、能力強化の解釈や理解、努力や鍛錬に応じて多様に変化する。

 それが一般的に呼ばれている魔性だ。


 だが、時に。


 特異的な魔性を持つ者も

 確かに

 存在は、する。




「―――――ッ、ボッケ!!!」

 脳裏を駆け抜けた焦燥感にドンドは声を上げたが

「おい!」

 誰も加勢に来なかった。

「うちのペットが御節介しているかもしれないわ、ごめんね。

 ちょっと目を離すと勝手に他人の魔力を食べてビルドアップしたがるの。」

 後ろに視線を寄越すと

「ほりゃあッ!」「ボェッ」

 イヴァルノンよりも大きく、筋肉質な白い竜人がボッケたちを足止めしている光景が飛び込んできた。

 多対一だ。決してボッケたちが負けている訳ではなかった。

 しかし、彼らの方が息を荒げていて、到底こちらに加勢しに来られる様な状態ではなさそうだ。

「・・・・・・・」

 ドンドは深呼吸した。大きく吸いこんだ。

「面白い魔性だよね。身体の柔軟性を高めてゴムみたいにしているのかな?風船の様に膨らんでは萎む。

 酸素一杯取り込んでは強力な一撃を繰り出したり。

 吐き出す空気を手足や口から出して、その勢いで身体を浮かせて高速で動けたりできるなんて器用なこと、私の身体じゃあ出来そうにないや。」

「・・・・・かつて」

 バキバキバキ、取り込む空気が音を立てて骨格を押しのける。そんなことに痛みなど感じていないのか、ドンドは僅かな口の隙間から言葉を発した。

「この軍服を継ぐ前、俺が皇国軍にいた時・・・一度だけだ。一度だけ。

 俺は『魔女』に遭った事がある。」

 イヴァルノンは顔を上げ、杖を肩に掛けた。

「多くの命を奪い得る災害級の特異魔性を持つ魔女魔男。そいつらを束ねる魔協会・・・アイリ王に呼ばれたその一員・・・二つの名を持つ魔人だった。

 今でも脳裏に焼き付いている。

 そいつの周りの空気が、だ。

 そいつの膨大な魔力で、目に見えて歪んでいた様を。

 魔女魔男は、凡庸な社会の中で浮き上がって見えてくるものだ。

 だが、お前は・・・どうだ」

 キッ、と鋭い眼光を浴びせかける。

「お前は何者なのだ」

 その視線を容易く受け流すかのよう、イヴァルノンは口を開けた。


「イノン・イヴァーン・イヴァルノン。

 魔協会で最高位、三つ名を賜った、元・魔女さ。」


 もう、ドンドは一片たりとも疑問を抱かなかった。

「ならばッ!!!容易い筈だ!!!!」

 ゴゴゴゴゴゴ、大気を唸らせ、取り込んだ空気がドンドの身体越しに轟いた。

「この一撃を!!!受けてみろッ!!!!」

 イヴァルノンの遥か高くに飛び上がったドンドは、その赤い軍服をはためかせ、貯め込み圧縮した空気砲を放った。


 ドンドが最大限に溜め込んだ空気の圧力は、優に人を圧死させ得る。

 一瞬さえ暇のない一撃は黒鋼の大橋を揺らし、赤熱する大地を冷え上がらせた。

 後方で戦っていたボッケたちも合わせて吹き飛び

(――――ッ)

 遥か前方へと走り去ったカーティットにさえ、その衝撃が橋伝いに響き渡った。

(イヴァルノン―――)


 タッ、と着地したドンドは膝を着いて息を荒げた。

(クソ・・・あばらが、もたなかった・・・っ・・・だが・・・)

 橋にこびりついていた砂埃が舞い上がり、すぐに視界は晴れなかったが

 確実に、古人に、当てた。その感覚はあった。

「塵一つは、残るだろう・・・?

 魔女を自称するのだ・・・それぐらいの・・・力、  は   ・・・・。」

 砂煙が少しずつ消え、薄くなっていく。

 その中に、大きな影が見える。

「バカな・・・・」

 それは黒鋼の塊であった。

「そんなバカな!あり得ない!!

 黒鋼は―――黒王しか、操る事の出来ない・・・新鉱石を――まさかッ、お前が」

「操ってはいないよ。位置を動かしただけさ。」

 黒鋼の中からくぐもった声が聞こえてきた。

黒鋼はドーム状に盛り上がっていた。ちょうど、イヴァルノンをすっぽりと覆ってしまう大きさだ。その中に、いるのだろう―――僅かに透けて人影が見えた。

「不可能だ!塵一つとして削ることさえままならない、不動の鉱石を動かすなど―――」

 数秒後、ドンドの目の前で黒鋼は、何事もなかったかのように消え失せ、無傷な古人が姿を現した。

「これは指定した部分を数秒間だけ入れ替える魔性さ。

 ただし、あくまで『線』の入れ替えしか出来ない。どれだけ頑張って魔力を費やしても数センチの厚さしか入れ替えられないの。

 それで、この橋の黒鋼を、私がスッポリ入る位の輪郭で切り取って、釣り合う空気と入れ替えてみせたのさ。普通ならそよ風で吹き飛びそうな数マイクロ単位でね。

 だけど、黒王以外に動かすことも叶わない黒鋼なら、そんな厚さであってもほとんどの攻撃を防げるって訳だ。

 黒鋼ってすごいよね。」

 他人事の様に話したイヴァルノンは、目を丸めて呆気に取られるドンドに言った。

「君がかつて皇国で見たって言う、二つ名の魔人の魔性は、多分これだと思うよ。

 彼女とは面識があってね。その魔性は既に『コピー』してあるんだ。」

 返す言葉が見つからないのだろう、膝を着いたまま動く事の出来ないドンドにイヴァルノンはゆっくりと歩み寄った。

「もういいでしょう?

 タクシーは遥か数キロ先だし、その身体で関所までに追いつくのは無謀だもの。」

「お前は・・・本当に・・・魔女、なのか・・・」

「元、ね。少し前にあそこから脱会したから。」

 そう言って、手を差し出した。

「最も現状を逆撫でない道を、私なりに考えてみたんだ。

 意見を聞くって約束してくれるなら、その傷は治してあげるよ。

 赤砂魔人さん」



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