首無し騎士は頭を垂れた③
「イノンよぅ、よく分からなかったんだが
俺たち、少し前に砂国のイドラって機人たちの町に行ったことあったろ?
あの時さ、すっげぇチリチリした金属片みたいなのが、空気中に混じってたの、覚えているか?
あれは『純金属』じゃなかったのか? 俺、なんともなかったし、お前もなんとも注意しなかったけどよ。」
「うーん・・・化学の知識がないオセット君にどう説明したら良いものか・・・。」
「こんにゃろう・・・。
ともかく、お前の脳味噌にある語彙力を活用して、最低限に合わせた説明をしてみてくれよ。」
「・・・重金属症という病気を引き起こす感染物として取り扱わなければならない純金属は、ロストルールで汎用される広義の純金属と意味が違うの。狭義の純金属は自然界にはないもの・・・つまり、人工的に精製しないと出来ない、放射性元―――」
「何言ってんのかさっぱり分からないぞ。
お前の語彙力はそんなものか。」
イヴァルノンは大きな溜息と共にどっぴんかんな空を見上げた。
「もういいわ、オセット。もういい。これだけ覚えておけばいいの。いい?よく聞いて。
感染物になるレベルの純金属は、ほっとんど自然界にございませんッ!
いい?記憶した?もう一回言おうか?」
「・・・・つまりよぉ、俺たちが今から探さなきゃならない純金属の出所っていうのは」
「古人領域からの持ち込みか、もしくは、それを違法に作っている犯罪者と場所の特定ってことになるんじゃない?
もし後者とするなら・・・私たちは『原子炉』に出くわす可能性があるけど」
漂ってくる潮の香りに鼻を掻く。
火殿国の観光中に聞こえた足下の地響き、縁があった魔協会を裏切るかのようにロトルを起用した皇国、精霊種の代替わりに乗じた大国同士の覇権争い・・・それらのお国事情を把握している上で聞かされる純金属の登場は、イヴァルノンにとって別々の事件とは思えなかった。
「・・・いくらなんでも、それはないと信じたいけどね」
クインルに連れられたイヴァルノンたちは、大通りから外れた陰気な路地裏にある、幾つか文字の消えたネオンの看板の下に来た。重厚感のある扉が開閉される度に飛び出してくるごちゃ混ぜな騒音に耳を塞ぎつつ店内に入ると、目に飛び込んできたのは、色鮮やかな内装だった。
黄金が行き交う場所、違法な香りがプンプンしてくる胡散臭いカジノ。明らかに場違いな格好のイヴァルノンたちの来店に、笑顔を引き攣らせた店員が歩いて来た。
「迷子ですかな?」
「ケビンがいると思うんだけど」
「ケビン、ケビン・・・ああ、なるほど、バテストの客か。」
店員はそう独り言をぼやくと、懐から薄いカードをクインルに手渡した。
「バーは地下だ。そこの従業員用の扉をそのカードで開いて、右手の奥にある階段を降りていくといい。
あんたたちが店内を横切ると、うちの格式が下がりそうなんでね」
店員に言われた通りに従業員用の裏道へ入り、絢爛な内装に反して泥臭そうな廊下を進み、階段を降りて行った先の扉を叩く。
「ケビンさんのお知り合いで宜しいですかな」
「おう、クインル。物好きな古人を連れて来・・・んおぅっ!?」
六つ手の魔族は扉を開き、イヴァルノンたちを招き入れた。
上の喧騒からは想像できない静かなバーカウンターのみの場所、ニスで照ったカウンターの向かいに並ぶ飴色に輝く酒瓶には、お得意さんの名前が書かれた木札が無数に提げられていた。
曇り無き透明なグラスの中で固められた蝋に、灯された小さな火の明かりしかないせいで、十二分に相手の表情を見られないが、その男は確かに身体を跳ねさせて驚いていた。
「一目見られて驚かれるような知り合いじゃないと思うんだけど」
ケビン―――胡散臭さを具現化した様な顔つきの一つ目の鬼人は、口からこぼした煙草を拾いながら空笑いをした。
「ああ、そうだな。俺たちは初見だ。
だが、俺はお前の事を知っているぞ、無倣者。
そして、その白いおまんじゅう君の事もな。」
「なんだか予想以上に面倒臭そうな奴だな、イノン」
頭の後ろにしがみ付いているオセットの言葉にイヴァルノンは反応を見せず、寧ろ少し驚いたように片眉をひり上げていた。
「俺の名はケビン。サングリアのギルド長だ。
ふふ、俺のいない間にうちのギルドに仮入会したそうじゃないか。つまり、今のあんたは俺の部下」
「退会届って渡した瞬間から適応されない?」
「悪いが、印鑑が必要でね。皇国まで取りに行かなきゃならん。
そうツッケンドンに突っ撥ねるもんじゃあないぜ。この依頼は確実に金になるんだからよ」
「身体が金に換えられなきゃね」
「いいね、そのジョーク。ますます気に入った」
飄々としたその鬼人にイヴァルノンは苦手そうに顔をしかめた。
「バテスト、ミルクを大中小一つずつくれてやってくれ」
乳呑み子と見下す感覚で差し出されたミルクにイヴァルノンは口を付けず、ケビンへ不機嫌な視線を送った。
その視線を受け流す様に新しい煙草をバテストに点けて貰い、ケビンは口に咥えて灰色の煙を吹き上げた。
「純金属、その出所を見つけるまでが俺たちの仕事だ。
その後の処理は依頼に含まれちゃいない。」
「純金属をまき散らしているヌタンってのは」
「あれの対処は火殿国のお仕事さ。それすら出来ない国如きが皇国と争える訳がないだろう?」
「仕事の進捗は?」
「まだ手も足も出してない。」
「この依頼ってそこの魔族からの?」
「それを話す必要はないだろう?
あんたは流れ者だ。用が済めば別の地域へ流れていく者。
それとも、この地域のしがらみに付き合うつもりかい?」
「私個人の要件はどうやら、腹黒な奴によって雁字搦めにされているみたいでね。」
「腹黒、ね・・・ふ、さてはあんた、胃袋に弱いな?」
「だから、酒と煙草臭い料理は受け付けてないわ」
「そいつは残念だ。この依頼を終えたら飯でも奢ってやろうと思っていたのに」
「お互いの腹の内を探り合うのはそれぐらいにして、俺も話に混ぜてくれないか?」
ミルク(大)をストローで啜り終えた音を立てて、クインルは暇そうに頬杖をついていた。
「クインル、お前は無倣者と海辺へデートしてこい。」
「はあ?」「なんだと」
「相変わらず意味不明な指示を・・・」
「香しい純金属を探すなら、コイツの不快な音を聴くのが一番だ。ほれ、一つくれてやる。
あんたなら使い方が分かる筈だ。」
そう言って、ケビンは手に乗るサイズの機械をカウンターに乗せて爪で弾き、イヴァルノンに渡した。
イヴァルノンはそれを手に取って、明かりにかざす。
かなり古いものなのか、角が丸くなっており、事細かな注意書きが書かれたシールの文字が掠れてしまっている。電子板のモニターには数字が常に表示されており、耳を澄ますと、ほんの時々、針が目盛りを引っ掻くような、ガリ、ガリ、という音が聞こえて来る。
「ガイガーカウンターでいいの?これ」
「ご明察。
悪いな、使い古しで注意書きが消えちまっててよ」
「イヴァルノン、ガイガーカウンターってなんだい?」
「・・・純金属の発する臭いを探知する機械みたいなもんだよ」
「俺は俺で探す当てがあるんだが、そいつは人見知りでね。だから、別行動だ。
何か見つけたら、クインルに俺と通信できる端末を渡してあるからよ、それで連絡してくれ。逆も然り、だ。」
そう言って、ケビンは腹巻に差し込んでいるラジオのつまみを捻り、激しい重低音サウンドに負けない野太いデスボイスのメタルを流し始めた。
「んで、金の話を先に片付けたいんだが、いくら欲しい?」
「この依頼にかかった必要費以上の金は欲しくない。
代わりに、質問に答えて」
「ほほう?質問と来たか。
いいぜ、このおやじに答えられる事なら」
「皇国の上への行き方。あんたなら知っているらしいじゃん」
鎌をかけるようにそう吹っ掛けてみたが、ケビンは薄明りの中でも分かる程の笑みを浮かべたまま、こう応えた。
「いいぜ。この依頼が解決したら、あんたでも登竜省へ行ける方法を教えてやろう。
それになんたって、対戦ゲームは大勢でやる方が楽しいもんなあ」




