首無し騎士は頭を垂れた②
「まさか本当にやめられるとは・・・。
どんだけ繊細メンタルなんだい、アストン君」
宿代等を改めて請求した途端に気が変わり、地面に戻ったアストンと連絡が取れなくなったイヴァルノンは、現実と向き合うために渋々、宿屋に戻って強面の主人と対面した。
典型的な鬼の形相の―――眉間に集合する太眉と刻まれた渓間、鋭く尖った視線、引力を感じるほどに引き下がった口角、前ボタンが閉められない筋肉塊―――くるり、と天井に逆立つ、ワックスで照っているブロンドの髪の角度を気にしている主人に、イヴァルノンは何気なさを装って声を掛けた。
「爽やかな朝だね、ミスターマッスル。火殿の名山、ヴォルカ火山を見渡せる素晴らしい角部屋をこんな放浪古人に用意してくれてありがとう。天高く突き上げていく美しき対数曲線、差し込む陽光に照らされた黄金の髪で今日もこの宿は輝いて見えるよ。
ああところで、支払いの話なのだけれど・・・」
「ああ・・・それなら既に払って貰った」
「え?誰に??
もしかして一つ目魔人?」
強面主人は手元の呼び出しベルを三回鳴らした。
ティンティンティン、と音が響いてからしばらくすると、上階で扉が開き「あ」見た事のある竜人が現れた。
「随分と久しぶり、だな。
はは、元気そうで何よりだ」
「クインル」
「悪いけど、上がって来てくれないか?
君たちに話があるんだ」
皇国ギルド、サングリアのギルド員、赤い竜皮の竜人。三本指の黒い爪、右目に傷を持つ彼は、旅をしているとは思えない程に軽装で、パーカーのマフポケットに両手を突っ込んだまま、長い尻尾で器用に扉のドアノブを回した。
「ずーーーっっっっと、帰ってこないからどうしちゃったかと思っていたら、随分と大回りして火殿国まで来たようだね。
俺も用があってこの国に来ててさ、いやあ、無事に合流できてよかったよ」
「よくこんな小さな古人を、空を飛んでも広い皇国地域の中から探し出せたね」
「そうかい?
古人領域でないのに、見た目一人で旅している古人なんてなかなかいないよ。
それに君、途中で飲食店や宿屋に寄るだろ?魔協会関係者っぽい服装だから、そこらに詳しそうなところで聞いて回れば、後を辿るのはそんなに難しくないさ。」
「へー・・・人探し上手いんだね」
「まあ、ね」
クインルはどことなくはぐらかすように、イヴァルノンにお金が入った革袋を渡した。
「盆国の依頼をこなしてくれた分から、この宿代を減らしたものだよ」
「ああ!払ったってそういう事かっ!」
「なんでショックを受けてんだよ・・・」
「それと実は、君と合流したかった理由があってね。
急な話で申し訳ないんだけど・・・俺と一緒に依頼をこなしてくれないかな?」
「依頼?
雲隠れしたギルド長を探せ、とは別に?」
クインルは頷き、ポケットから分厚いメモ用紙を取り出すと、爪先にスポイトに入ったインクを馴染ませて絵を描き始めた。ものの数秒で描き終わると、クインルの魔力によって浮き上がり、彼の手の上で二次元的なケビンが動き、喋り出した。
『おう、クインル。久しぶりだな。俺だ、ケビンだ。
あーギルドの金を持ち出しちまった事は謝る。悪い。いやあ、申し訳なかった。すまん。
で、だ。本題だ。お前に頼んでおいた木人アイドルのブランちゃん生樹皮写真集とは別件で・・・火殿国に来てくれないか? ついでに使える古人の知り合いがいたら是非とも連れて来て欲しい。一攫千金、千載一遇、汚名返上、名誉挽回なチャンスだ。
火殿のメッケルにある大衆ギルドの受付機人に、お前宛で詳細を入れたメモリを渡してある。開くパスワードは“365日で一年換算は面倒臭い”だ。 俺との合流日時と場所もそこにいれてある。次の夜までには連絡を返してくれ。頼むぞ。 ケビン、以上。』
そこで平面ケビンはピタリ、と止まり、描いたメモの中に滑り込むように戻って行った。
「と、いった感じに連絡が図々しく来てね。」
「泥船で大海を渡れって度胸試しチャレンジなら断るよ」
「イヴァルノン、君は外の号外騒ぎについてどれぐらい知ってる?」
イヴァルノンは少し考えた後、首を横に振った。
「簡潔に言えば、火殿の英雄なんだ。ヌタンって言うのはね。
彼は魔族だったのに、金属耐性という、とても珍しい魔性を持っていた。
だけど、うちのギルド長の元に舞い込んできた依頼は、このヌタンを捕まえてくれってことじゃあなくて、彼が纏っている『純金属』の出所を調査してくれってものだった」
イヴァルノンの眉がひょっこりと持ちあがり、口角が引き攣った。
「んんん??どういうこった?」
イヴァルノンの頭に座っていたオセットがそう言うので、イヴァルノンは足袋靴の裏を床でコツコツ叩いた。
「日常にありふれている金属製のものはほとんど半金属って言ってね、金属じゃないものを結合させて作っているんだ。
金属で出来ている機人も外面はおおよそ半金属で覆ってるし、ロトルが使う金属の銃弾も、基本的には純金属を使っていない。それでも魔族なんかはアレルギーを起こして死ぬ事がある。
一方で純金属は、古人領域の外では『感染物』として危険視されている」
「感染・・・病気を広めちまうって事か?金属が?」
「重金属症って言ってね、古人や機人以外なら誰でも感染する可能性がある・・・身体が金属化しちゃう病なんだ。」
「げげっ!
ほ、ほんのちょっと触れただけで??」
「それに、それで亡くなった者に触れても感染するし、空気中にも微量な金属塵が漂うから、人の血を持たない族は純金属に近寄ることすら出来ないものなんだ。」
「多種族人種に致死的な代物を平気で加工し、色んな武器や電子機器に使用する古人領域がわざわざ分けられているのは、単に生活圏の違いってだけの理由じゃないんだよ。
用意もなく入国すれば金属化するか、電磁結界に焼けるか、マイクロ波でゆで卵になるか、鉛弾で銃撃されるか」
「俺、絶対古人領域に入りたくない」
オセットは小さく縮こまってイヴァルノンの頭頂部にしがみ付く。それを指で抓み上げ、両手で「うぎゅぎゅ」もみながら、イヴァルノンはクインルに尋ねた。
「話が中断したけど結局、そのヌタン二世が自身の金属耐性をいいことに、純金属を携えてあちこちに移動しているって解釈でいいの?」
「だから、外は号外騒ぎなのさ。実際に、火殿警備部との戦闘で重金属症になった者も既にいるらしい。
まあ、民衆が大混乱になるから純金属の事自体は伏せられているけれど。」
クインルはそう言いながら、メモを一枚剥ぎ取って、裏返しに差し出した。
「強制はしないよ。この依頼はかなり危険だと思う。
ただ、今回の報酬は弾むよ。何せ、財布の紐がガバガバなギルド長からの協力要請だし・・・君たちは彼に用があって、サングリアに来たんだろう?」
確か、そうだった・・・遠い昔のように感じる、ウォルファロからの言葉を思い出して、イヴァルノンは溜息に押される様に頷いた。
「鉄錆び臭さが凄いけど、何はともあれ、そのギルド長に会わないとならないのよね」




