首無し騎士は頭を垂れた①
首無し騎士は頭を垂れた
夕暮れ、それは日の光が空の向こうに回っていき、足下から影が浮かび上がり始める時。
『陽光アルポリオン』の光明によって遠ざけられた、『裏の王ウェールズマン』の闇が足下から近づいてくる、夜の頃。
曖昧になる表裏の一線を乗り越えて表側に出ようとする者はおおよそ、闇を纏う黒い泥状の様相をしている。彼らは常に、表側の彼ら自身を裏に突き落とす勢いで這い上がって来ようと狙っている。そうして表還りを成し遂げた存在は、狭義の魔族と呼ばれ、生まれる為に自分を生贄にした悪魔として、忌み嫌われている。
裏に存在するもう一人の自分による表還りから逃れる為、表の者たちは常に光を出すものを携帯している。裏の存在は光によって容易に掻き消えるからだ。
だが、表側の存在が自らの意志で裏の自分を取り込もうとする場合もある。
大概は弱き者による凶行的な心中か、無知無謀な度胸試し『徹夜』によって行われ、裏側に呑み込まれて裏還りという傍迷惑な厄災が生まれる。
しかしながら、もう一人の自分を取り込み、融合してしまう者もいる。
彼らの多くは、理解し難い複雑怪奇な魔性を発現し
魔女・魔男と呼ばれるようになる。
―――ヂッ 火殿国北地区速報です。本日未明、首のない獣人の死体を火守が発見いたしました。
火殿警備部は、この事件を首無し騎士による連続的な犯行と断定し、捜査を続けていますが、闇飛ばしのランタンに過信せず、夕暮れ時の外出は極力控えるよう、呼びかけています――――♪。
古人地域のダークミュージックを遮ってラジオから流れ込んできた早口なニュース。
薄い赤紫色の肌、こめかみから生える小さい角、顔を上下に分断するような大きな一つ目、茶色の長く伸び散らかした剛毛を無理矢理項で引き絞るオールバック。半裸な一つ目の鬼人は腹巻に差し入れていたラジオのつまみを捻って切った。
「これだからこの地域の音放送は三流なんだ。
金で買う妄想タイムに現実を挟み込むたあ、エンターテインメントを軽視する性質の悪い輩が上層を牛耳ってるに違いねえ。」
灰色の煙臭さと煌めく金色の硬貨が打ち鳴らす音で敷き詰められた閉鎖空間、緑色の卓上に広げられた数字と絵。
ディーラーである、厚手の手袋をした六つ手の魔族が僅かに詰み上がった銀色の硬貨をごっそりと自分お手元に引き寄せると、裏返しのカードを鬼人に差し出した。速報が入り込むより先に酔いが冷めていたのだろう、風通しのいい卓上に突っ伏していた鬼人は、そのカードをディーラーに指し戻した。
「悪いな、これ以上金を撒き上げられたら土産も買って帰れやしねぇんだ。」
「始めたゲームは終わりまでやって頂けなければ」
「はっ、終わりまでだ?キリの良さの間違いだろ?この巻き上げ機め。
お前の気分が悪くなろうが、俺の財布の札は切れてんだ。
くせえ俺のパンツを買うか?それとも汗の染み込んだ腹巻が欲しいってか?え?」
「例えば、そのラジオなら、高くつきますよ」
ディーラーは二本指の手でラジオを指差し、六本指の手で5つ指を立てた。だが、鬼人は首を横に振って唇近くまで燃え縮まった煙草を指の腹でもみ消した。
「こりゃあもう一人の俺だ。俺だったものの口と耳、薬漬けの脳味噌が生み出した夢現、逃げを選んだ哀れな成れ果て。
やれねえなあ。値段は関係ない。俺の哀愁の問題だからな」
鬼人はそう言って席を立ったが、四本指と三本指の手が行く手に立ち塞がる。
「では、ゲームを変えましょう。
ケビンさん」
ケビン、と呼ばれた鬼人はケースに残った最後の煙草に火をつけてから、ゆっくりと振り返った。
彼の気だるげな視線を被り物の仮面で弾くディーラーは、手品を見せる様な手捌きで指に吸い付く程に小さい記憶媒体を差し出した。
「ご指名の依頼を、お引き受けになられませんか?」
「皇国に戻ろうかなって、思ってはいたんだけどね、アストン君。」
その古人女は中肉中背の範囲に入るとしても丸い輪郭をしていた。
ブロンドがかった金髪を後ろで短く束ね、子供にも見えなくもない顔つきと肌艶。黒褐色の目、丸い鼻先、よくひん曲がる口元―――一人で外を出歩いている分には危うく感じる頼りない様相だ。
その上、彼女はひたすらに目立たない地味な色の服を着ている。なんてことはない赤紫のTシャツにくすんだ緑色の羽織、ベージュ色のニッカズボン、半金属を底板に縫い付けた足袋靴。ベルト代わりの腰布。それだけだ。
唯一彼女の存在以上に目立つことすらある風変わりな木の杖を抱え、膝を曲げて地面に顔を向ける彼女は、少なくとも申し訳なさそうに眉尻を下げつつも、大して悪びれていないひり上がった口角で飄々と言葉を並べた。
「お金がね。ほらこの通り。
ちょいと貸してくれない?すぐ稼いで返すからさ」
痩せ細った革財布の腹から幽かに鳴る、宿屋に支払う事すら危険であることを示す警戒音。しかしながら、その持ち主は財布が虫の息であることに対して危機感がなかった。
「おっ、と」
地面に向かって金をせがんだ古人女に対し、地面は一瞬の地震を起こした。言葉を介さずとも、その態度は誰がどう考えても『断固拒否』の意志だったのだろうが、どうしてか古人女は煽り気味に言う。
「いいの?早く皇国に戻って欲しいんでしょう?この私に。
だけど、ほら、心地良い時間を与えてくれた優しき宿屋の主に対価を払えそうにない、痩せ細った惨めな革財布の泣き声を聞いてくれ給え。
こんな古人に優しくしてくれた店主を見捨てるなんて私の良心が許さない。つまり、私はこの火殿国で、皇国ギルド、サングリアの一員という立場を存分に利用して幾つかの依頼をこなし、金を稼ぐ必要があるわけだ。
したがって、お金を貸していただけないという事は、寄り道を許してくれるという意味と思っていい訳だね?アストン君。
どうもどうも。どこまでも広い大地の寛容さに敬服致しま」
「黙れ魔女」
地面を小刻みに揺らす低音域の声はとても感情的だった。
「びた一文たりとも、お前にくれてやる金などない。
一度飢え、野垂れ死ぬがいい。」
「そりゃあ困ったなあ・・・食事が生きる楽しみなのに。
・・・オセット、なんか手頃な依頼あった?」
古人女が首を曲げて、ベンチの上に目を向ける。ベンチの上に乗った小さく白い、腹の膨れた竜人オセットは足下に広げた掲示板の写しを見下ろしていた。
「手紙の配達とかかなあ。物騒な事は嫌だろ?イヴァルノン」
「物騒な事は一月に一回に留めたいんだよねぇ・・・ん?」
イヴァルノンと呼ばれた古人女は、頭上から響いてくる喧騒に目を向けた。
「号外だ!号外だあ!!」
鳥人がバッサバッサと羽ばたきながら号外を撒き散らしていく。
近くに落ちてきた号外を拾って、イヴァルノンはその紙面に目を落とした。
「首無し騎士の正体は旧火殿国の騎士、ヌタンの怨念か?誰それ」
「ヌタンだと」
突如、地面がぼこぼこと盛り上がっていき、イヴァルノンの腰ぐらいの山が出来ると、そこから細かな輪郭に引き絞られていく。出来上がった一つ目の土塊魔人―――大地の精霊種アストンは、近くに落ちていた号外を拾った。
「有名なの?その名前」
「前回の精霊の代替わり時に俺たちと戦った奴の名だ・・・だが、奴はあのときに戦死した筈・・・。
その怨念だと?全く、今更過ぎるだろ」
イヴァルノンは小さく鼻を鳴らし、今一度紙面の内容を確認していく。
「首を切られた死体が見つかる連続殺人事件を首無し騎士による犯行と断定し、捜査していた火殿警備部は、先日ようやく首無し騎士と遭遇し、マフルナで戦闘を行った。
しかし、その様相はかつて皇国と勇敢に戦ったとされる火殿の英雄、ヌタンと同じで・・・火殿警備部はヌタンを取り逃がし、複数の負傷者を出した、と・・・。
様相が完全に同じ?ヌタンって奴はそんなに特異的な姿なの?」
「当時、ヌタンは表裏融合した魔族だった。
金属耐性を持つ、鎧を纏う魔族だ・・・。」
「へー・・・珍しい。
金属耐性の魔族なんて私も初めて聞いたわ」
古人の血を持たない多くの族にとって金属は毒となる。とりわけ魔族の多くは致命的になる程、重度な金属アレルギーを生まれながらに持っている。
「ということは、姿が魔族だったのに金属を平気に纏っていたから、ヌタンじゃね?って疑惑が出た、と」
「奴が何らかの形で蘇ったのか、それとも、ヌタンと同じ魔性を持った奴が現れたのか・・・どうしてこのタイミングに・・・。」
「随分とそいつに御執心だね、アストン君。」
「・・・・・」
図星とも取れそうな沈黙に、イヴァルノンは小さく溜息を吐いた。
「例えば、アストン君が宿屋の代金を立て替えてくれるのなら」
「断る」
「最後まで言わせてくれないのね」
「最後まで責任を持たないお前に誰が頼むものか」
「ほう、そうですか。はいはい。」
「・・・アストン。
イノンは、一度断られると後々、『だ~からあのときに言ったのに聞かないんだから』って、今の数倍吹っ掛けられて面倒臭くなるぞ」
「・・・・。」
何か言いたげに顔をしかめているイヴァルノンの視線を受け流しながらオセットはアストンに助言した。
それから数十秒後、アストンは一つ目を酷く薄め、とても嫌そうに、それはもう、歯を食いしばって嫌悪感を露骨に言葉へ押し付けながら言った。
「当時、ヌタンを殺したのは、ウォルファロさんなんだ・・・。
もしも本当に怨念などを持って蘇ったのだとしたら・・・奴に邪魔はさせない。」
協力してくれ、とは決して言わないアストンの徹底っぷりをいじるように、イヴァルノンは悪い笑みを浮かべた。
「OK。調査の為の数日分の宿代と食事代で手を打たない?」
「――――やっぱりやめる」




