地神噛み付き火治を野次③
割れ砕けた大地から溢れ出るマグマの上で、それでも居座り続ける国―――皇国を支えているたった一層の大地は、膨大な量の黒鋼と呼ばれるようになった新鉱石で、これがマグマと皇国を隔てる地層の役割を担っている。
「黒王が皇国の救世主とすれば・・・・今の私は支配欲に駆られたアイリを討った、周辺国の救世主とでもいうところか。
フフフ、皇と言われる度に耳が痒いな」
鱗のない青い皮を持つ背の高い竜人は、暑い気温にも適した薄手の様相で、透けてしまう程に薄い皮膜をタオル替わりに浮き出る汗を拭っていた。
引き締められた筋肉のためシルエットはすらりとした体型で、鑢で丸くなるまで削った黒爪を持つ三本指を器用に使って革で作られた書類の束に目を通しつつ、尻尾の先で小さな魔族たちと遊んでいた。
この魔族たちはアイリのペットだったようで、身体に不釣り合いな首輪を付けられ、金属アレルギーだというのに、金属柵の中で囚われるように飼われていた。その柵をこの竜人が取り上げた途端、彼らはきゅーきゅーと竜人に擦り寄るようになった。
だが、そんな小さな魔族たちもとある一人の来訪に気付くと、その来訪者の『影』の中に嬉々として飛び込み、まるでそれの一部と同化するかのように潜っていってしまった。
「ナラバ皇、ワタクシハ何ノ救世主トナルノガ良イカ?」
「うーむ、洗濯の救世主とか」
「訊イタワタクシガ愚カデシタ」
「そう哀しい声を出すな、白王。お前のお陰で今日という日までこの国が残れたのだ。心の底から感謝している。
だから印鑑を押すだけの仕事をやっていったりしないかね?」
白の下地に青紫色のストライプ模様の布を纏った魔族、白王は、黒で塗り潰したような目のような顔を持つが、その魔族の目は布本体に存在していた。
布から僅かにはみ出る骨の手は使わず、白王は器用な影の手足を自在に使って大量の書類を提出期日ごとに振り分けながら山脈を作った。あまりに険しい山が出来上った事に抑えきれない溜息を、説教を享受できない精巧な耳に向かって吐き付けたものの、皇はその風圧にさえ気付かないふりをした。
「アナタハコレカラ盆国トノ会談、砂国トノ会談、狭国トノ会談・・・会談会談会談・・・」
「書面でもいいものもあるのだが、私が周辺国を見て回りたいのでな。
そう睨むな。その前には勿論、この山脈は片付けて行くとも。
フフ、しかしまあ、少し席を外していただけでこの有様なのは・・・、・・・流石に笑えてこない。これは過剰配分ではないかね?」
「狭国ノ領主トくりみあノ返還ニツイテ話スソウデ」
皇は頬杖をついて、書類山脈から関連部分を引き出して、横並びの文字に目を落とす。
「レジスタンス、反乱軍・・ああ、懐かしい響き・・・フフ、なんだか興奮してこないか?」
「シマセン。」
きっぱりと否定され、つまらなそうに下顎を横にずらし、パキッと鳴らした。そして、机の上に置いた書類をチラッと見た白王は何かに気付き「あ」書類山脈をなぞる様に、袖から伸びる黒い影でひょいっと持ち上げて、気になった部分を布の境目にある目で凝視する。
「マサカ先日、突然外出シタノハ・・・」
「出張予約を取って来たのだ。フフ、それなりに快く受けてくれたぞ。殴られかかったときは、一瞬ヒヤッとしたがな。」
「・・・・・」
「楽しい会談になるぞ。まるで誕生パーティーのようにな。フフ、なんといっても
奴は『カレー』なるものを出すそうだからな!」
「おお、お久しゅう、ウォルファロさん」
峡国のとある集落、深い渓谷の奥にある古人が多く住む場所に訪れたウォルファロは、眉間に皺を寄せたようないつもの表情で小さく挨拶をした。
「こりゃまた大きな荷物と食材で・・・何か大きな催しでも?」
「共食いでもさせてやろうかと思ってな」
「共食い、ですか」
「同人族の血肉に涎を垂らし、欲望のままに食らわせてやる」
「欲望のままに食らわせてやる?
・・・えーっと・・ああ、聞き違いですね、すみません」
ウォルファロは背負っていた巨大な荷物を道端に降ろし、折り畳んだ手提げ袋を幾つか出迎えてくれた古人に手渡した。
「話は急だが、売り物の野菜を言い値で買わせて貰う。あるもの全てで構わん。このバッグに詰め込んでおいてくれ」
「え、あ、はいっ、まいどどうも!
すみません、いつもありがとうございます・・・お陰様で別地域からの外注もわんさか増えまして、今ではここの名産になりましたよ。へへへ」
「それと、宛があれば教えて欲しいのだが、脂の乗った、もしくは、筋骨隆々の鱗のない粗暴で困っている竜人か、竜族はいるか?」
そう言われて、ふと手が固まった古人の脳裏に不安が過った。
(この話の流れだと その竜人族を食材にする気満々だぞ、この人)
顔をピクピク、と引き攣らせていたが、きっと誤解に違いない、と顔を緩めた直後、ウォルファロはド直球に言った。
「急な話で、肉が足りなくてな」
「ああ、肉って言っちゃったよ・・・言っちゃったよ。
・・・囲いの外で生きている人たちの食環境って、やっぱり壮絶ですね。」
そう古人が気を利かせたつもりに言ったようだったが、ウォルファロはその言葉に反論するかのようにこう返した。
「・・・古人の流通は規制されるようになったからな。
だが、脳以外は下処理をすれば十分食える。肉は煮込みがいい。」
「―――――」
食材として見られていたらどうしよう、と一瞬恐怖が全身を駆け巡ったものの、ウォルファロの視線は集落に影を落としていった大きな『肉』に向けられた。
「あ、あれは峡国の監視員で・・・その、峡谷の上を通行許可なく飛んでいく者がいないか監視している竜族でして・・・その、えーっと、食材にしちゃダメな気が・・・」
「世界共通、弱肉強食だ。」
「あ」
ウォルファロは自分の手にバギッ、とヒビを入れ、離れていても熱気を感じる程に赤熱した血を地面に垂らした。すると、その血が薄く地面に根を広げるように伸びていき、ガコッ、と大地ごとウォルファロを持ち上げ、そのまま数ミリの細長い血一本で上へ登らせていった。
「後で此処は元に戻す。お前たちに迷惑は掛けん」
ごとっ、と渓谷の上に降り立ったウォルファロは、既に存在に気が付いているらしい竜族がUターンしてくるのを待った。
ウォルファロの数十倍も大きい体格の竜族は、足の指くらい小さい真っ黒な古人を訝し気に見下ろし、少し離れたところに着陸した。
「峡国の上空は、許可なく通る事は出来ない。すぐに戻れ」
臨戦態勢に入っている竜族に対し、ウォルファロは淡々と言った。
「峡国は決闘を認めていた筈だな。」
「あ?」
「急な話で悪いが、お前の尻尾を・・・そうだな、七割ほどいただきたい。
先端は食えそうにないからな。出汁に使うことを差し引くと、そこまで必要だろう。」
竜族は口から紅蓮の炎を吐き出し、目を怒りで充血させながら牙を向き出しにした。
不必要な言葉を介す事もなく、大きく羽ばたき大空に舞い上がり、巨大な火球を吐き飛ばした。
「決闘の承諾と取るぞ」
両手が割れて勢いよく飛び散る血から禍々しく黒い大槌を作り、零れ落ちた血を大地に染み込ませる。がっちり、と足場を崩れない様に補強出来た事を踵で確認してから、目の前に迫る火球を大槌の風圧で消し飛ばした。
それを見た竜族は、ふざけた自殺願望の古人でないことを察し、気を取り直す様に速度を上げて旋回した。
ウォルファロは更に全身のヒビを大きく開き、溢れ出る血で体を覆い、黒甲冑を形作った。そして、たった一滴の血を伸ばした数マイクロの厚さの階段状の段差を宙に向けて伸ばし、一段ずつ大槌を担いで登って行った。
その様を見て、ウォルファロの魔性の見当をつけた竜族は、腹底から湧き上がる熱を凝縮させつつ小さな標的に狙いを定めた。
(自分の血を固めるだけの魔性か?
その程度で決闘などとよくもほざきやがって――――竜族が古人如きと同列に並ぶ訳がなかろうがッ!!!)
竜族は先程とは違う魔力を込めた熱線を吐いた。
竜族の体内で生成出来る熱量を遥かに超えた威力、空気を焦がし眩い閃光すら走る強烈な熱線はウォルファロに直撃し―――
「何!?」
黒甲冑がその熱線を食い殺した。
その様はまるで岩をも溶かす熱源そのもので、自ずとひび割れた黒甲冑から溢れる熱で空気が焼かれ、煙が涌き出る。
目の前で起きた事が信じられず、竜族は再度魔力を練り直した。今迄、誰一人として無事でいられた者などいないのだ。これはまぐれだ、と言い聞かせ、顎が外れそうな程に、腹から焼けそうな程に、高密度の魔力と熱を凝縮して、貫通力を高める細さで放った。
轟音が響き渡り、稲光と共に再び放たれた白い熱線は真っ直ぐと、避ける動作も受け止める動作もしないウォルファロを飲み込み――――彼の上半身を仰け反らせる事すらなく、後から吹き付ける風にさっぱりと消えてしまった。
「―――――」
竜族の目に映る、点の様に見える黒い『何か』。
そいつは最早、竜族の知る『古人』という概念に当て嵌まらなかった。彼が見聞きしてきたどの魔性にも当てはまらず、魔協会に所属する魔女魔男の、理解するのに難儀する複雑怪奇なそれとも違った。
まるで『属性』を持つかのような、魔性だ。
その言葉通りに解釈すれば、奴の力はほぼ、精霊種に等しい。
『急な話で悪いが、お前の尻尾を・・・そうだな、七割ほどいただきたい。』
途端に思い出されるその言葉に、竜族は尻尾の先から鼻先まで感じた事のない悪寒が駆け巡った。だが、その五臓六腑に染み込む敗北感や逃避思考を受け入れられず、ムキになってウォルファロに突撃した。
「この俺がアアアアアッッ!!!
古人なんぞより弱い訳がないぃィイイッ!!!!!」
ウォルファロを噛み千切ろうと無数の牙を差し向けて急降下した竜族は――――
「俺は古人寄りの竜人。クオーターだ」
彼の身体に全く歯が立たず、鋭かった牙が無残に砕け散る―――激痛に喘いで渓谷の上部に勢いよく落下した。
「げほっっ・・・うげぇ ぐえ」
ウォルファロは噛み付いてくる竜族に抵抗も攻撃もしなかった。ただ竜族が勝手に自滅した様に落ちただけだった。
気絶しそうな程の激痛よりもそれが何より屈辱的で、無様に砕けた竜族としての誇りと牙が自分の血だまりにボトボト、と零れ落ちていく。
「何故・・・攻撃しない
なんで だ ぐぞがぁ・・・」
「肉の新鮮さが損なわれるからな」
自分を食材としてしか見ていない言葉に、心の底から悍ましく、初めて他者から『餌』と見られる恐怖を抱いた竜族は、ウォルファロが自分の尾に向かうのを見て思わず、情けなく悲鳴を上げた。
「ギャアアアアアアア!! ・・・あ?」
しかし、痛みはほとんどなかった。強いて言えば、ガゴン、と強い衝撃だけがあっただけだった。
「竜人や竜族の尾は、時間はかかるが再生する筈だ」
恐る恐る竜族は自分の尻尾を見ると、本当に七割ぐらいで尻尾がなくなっていた。しかし、その断面はまるで石のようにガチガチに固まっており、違和感はあるものの、出血も痛みも全くない。
ほっ、と少し肩の力を抜いてぐったりと頬を地面に着けたのだが、ウォルファロは冷静に現実を告げた。
「数時間後にお前の尻尾の硬化は解ける。
その時に出血で死なない様、早めに医者の元に飛んでいくことを勧める」
「―――――っ」
怯えた表情を浮かべて震え出す竜族の前でウォルファロの黒甲冑が割れ砕け、塵になって消える。その内側に着ているただの布の服に、焼けた跡は一つも見当たらなかった。
「ありがたく尻尾は貰って行くぞ。」
身の丈を遥かに超える竜族の尻尾をひょいっと持ち上げ、登って来た場所からいそいそ戻ろうとしたウォルファロに、竜族は顎を震わせながら問いかけた。
「ま ざか お前がっ あの 黒王 なのか ? 」
その問いに、ウォルファロは一度立ち止まって
不愉快な表情で振り返り、こう言った。
「『あれ』は俺じゃない。」




