地神噛み付き火治を野次②
火殿国、皇国地域の南にある大きな国。
国境に検問などはなく、イヴァルノンは易々とその国に入った。
その国の名前に劣らない、国の中心にある巨大なヴォルカ火山、今にも噴火しそうに脈打つマグマの息遣いを感じるその山の下は―――しかしながら、古人にとって適温環境だった。
「火殿国ってすごい適温なんだけどさ、皇国の方がよっぽど熱くない?」
「そりゃあ火の精霊種の『気まぐれ』だからさ」
「火の精霊種の気まぐれ?」
非常時はシェルターにでもなるのだろう、地下に作られた大衆酒場。暗褐色に統一された落ち着く色合いを不安げに演出するチンケな照明。ひんやりと冷たい石造りの堅い椅子、テーブル、重いジョッキ。
ずらーっと並べられたお酒の樽に刺さった蛇口を開いてお好きに飲んでくれ、と入口でジョッキを渡されたにも関わらず、イヴァルノンはただただ酒場のマスターが貴重酒のカクテルを作ってくれるカウンターへ真っ直ぐに向かい、座った。
イヴァルノンは例の如く、飲む訳でもないアルコールの香りに酔う為、酒場に入った。そんな彼女の狙いを分かっていたかのように、酒場の老年の獣人マスターはイヴァルノンのジョッキに今まさに沸いた白湯を注ぎ、マドラーを差し入れた。
「初めてのサービスだなあ・・・シュガーは無料?」
「採れたてほやほやな軟人のしぼり汁なら無料だ。」
「そりゃあ残念だわ・・・流石に汗を舐める嗜好はないもんで」
「じゃあ俺が風呂として浸かろう!」
イヴァルノンの頭に座っていた小さな白い竜人、オセットはジョッキの白湯に向かってダイブした。獣人マスターの溜息が聞こえてくるような視線を、イヴァルノンは感じた。
「そうそう、火の精霊種の気まぐれってのは何なんだい?」
この手のやり取りを何度も繰り返してきたのだろう、国境付近にある手頃な酒場の獣人マスターは、くるり、と天井を向く髭をピクリ、とひり上げた。
「ヴォルカ火山は火の精霊種ヴァーボの気分で噴火を繰り返してきた。奴は酷く気まぐれだとこの国では有名なのさ。」
「・・・精霊種ってもっとこう、神格化されてて、一般民にとって遠い存在じゃあないの?」
「この国には元々、ヴォルカ火山を信仰する『火守』って奴らがいてな。
火山の山頂付近に『火殿』ってのを設けてあるんだよ。噴火が多かったヴォルカ火山を鎮める為の・・・・まあ、儀式的な奴を行う場所があるんだ。」
「ははーん、もしかして怒れる火山に国で一番美しい人を投げ入れるとかいう古典的な」
「そういう事が最近でも行われている場所だ。」
「・・・・・」
「それがいつ頃か、ヴォルカ火山がほっとんど大人しくなって、火殿国は火山の周囲でも皇国の環境がガラリ、と変わっていった。あの国はどんどん熱くなっている。
火守の連中は、自分たちの思いが伝わって火殿国は豊かな緑を取り戻せた、と自慢しているし、火の精霊種ヴァーボが皇国を煮殺すつもりなんだ、と歓喜している。」
「・・・アストン君がうじうじ言っていたのって、もしかしてこれの事かな」
「なあ、イノン。俺はチンプンカンプンなんだけどよ、後で解説してくれねえか?」
「そうだね、本人にも突撃して見たいしね」
そう言うと、イヴァルノンは香りに酔うのを止めて立ち上がり、酒場を冷かして帰って行った。
「・・・酒場に来て、風呂に入って帰るなんて初めて見たぞ、俺」
灰が僅かに舞う青い空、北に向かって吹いていく海からの風に、僅かに赤らんだ頬を冷やされる。何とも心地良い陽射しと温度、一面の花畑、石焼の海産物が露店に並ぶ。中には、見るからに火傷しそうな赤黒い石の中で、固い甲羅ごと中身を焼かれた亀の身を解し、提供している店もあった。あれが名物の溶岩焼きらしい。
「アツアツを食うから溶岩焼きだッショッ!
冷やして食うならお断りだッショ!!」
「そうかい。通りで『猫』がいない訳だ」
鼻をくすぐる露店の香りに混じっている微かな硫黄を辿って行くと、閑散としている温泉街に出た。張り巡らせた温泉の水路は白い結晶がこびつき、それを舐める小さな種族がちーちー、と鳴いてイヴァルノンを威嚇する。
良くも悪くも気まぐれな精霊種に振り回されるお国柄に見えた。
「観光客に対しては大きく胸を開いてウェルカムとしながらも、不穏な宗教色強めな連中が上にいる国だねぇ・・・。
ここにいる分には軍事力が皇国に並ぶって言われても分からないんだけど、噴火を繰り返すって事情があるのなら、それでも生き残る為に地下へ重要施設を置くはずじゃん」
「・・・・それは、俺に向けて話しているのか?」
イヴァルノンは地面にわざわざ手でノックした。
「だって、地下に施設があるのなら、あんなデカいアストン君が縮んでいるのかなって思ってさ。」
「・・・・・」
「寡黙な大地の精霊種が君だって事を、私は分かっているんだぜ。
最初はウォロがそうなのかと思っていたんだけどね、彼の魔性はちょっと『変』だったから。」
イヴァルノンがそう言うと、地面が僅かに液状に歪み「あらま」「うおお」オセットと同じサイズのアストンが作られ、イヴァルノンを見上げた。
「お前はシャーマンに選ばれた事でもあるのか?」
「精霊種的な友人がいるのさ。彼から少し精霊種の諸事情をざっくりとだけ聞いた事がある。
だから、アストン君は『代替わりの時期が被ってしまった』火の精霊種を毛嫌いしているんじゃないか、と推測した訳よ。
私の勝手な妄想は合ってるかい?」
アストンは、大きな一つ目を静かに伏せた。
「この地域は・・・必ず時期が被る」
そう言って彼はイヴァルノンに背を向けた。
「代替わりの時期が被れば、均衡が崩れてパワーバランスを食い合う事になる。
この地域はそうやって、二つの国の勢力図が変わって来た地域なんだ。
主に、皇国は大地を。火殿国は火を――――ただ・・・前回の代替わりは途中で―――中断された。」
握りしめる拳でアストンの身体にヒビが入る。
「代替わりを、ウォルファロさんたちが止めてくれた。
だから・・・俺はまだ、ここにいる。」
「まさか、本来は自然現象でしかない精霊の代替わりに乗じて、両国が――――」
ゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオオ………。
足裏を叩く地響きと、轟音。
この下にいる何かに対して、イヴァルノンは引き攣った笑みを浮かべた。
「ウォロは君の味方なら、皇国側に通じているって事?」
「・・・・・」
「彼ってもしかして」「違う」
アストンはイヴァルノンの続く言葉を遮って否定した。
「・・・ともかく、お前はさっさと皇国に戻るか、サングリアのギルド長を」
「嫌だね」
「は?」
振り返ったアストンの目に映ったのは、本心から嫌そうな顔をした古人女だった。
「戦争に加担なんてするもんか。
私は・・・そういうのが、一番反吐が出るの。よくもまあ軽々しく言うもんだね。見損なったよ、君たちを」
「おい―――」
イヴァルノンがくるり、と踵を返すと、アストンは「わぅ!」イヴァルノンの鼻スレスレに土壁を突き上げた。
「なんじゃい!文句あっか!?」
「その思いは俺たちも変わっちゃいない だが ――― 俺じゃ勝てないんだ」
「私を巻き込むなって言ってんの!話が別!ベクトルが違う!」
「お前は言っただろ」
「何がっ!」
「―――ウォルファロさんに勝てるって、言っただろ」
「だからさあ、さっきっから話がね・・・・・・・」
アストンはその言葉以上を決して口にしなかったが、彼の目は、いつになく必死だった。
「俺の、口からは言えない・・・言えない、だが、・・・ッ。
た の む か ら
あの方の期待を裏切ってくれるな!」




