復讐なんて気持ちの問題(後編)
「全部終わって万々歳だと思ってんのか?
いいや違うね、俺はこれからお前らが荒らした後始末の押し付けをせにゃならん。」
ビウゼンはイヴァルノンにねちっこく詰め寄った。しかし、彼は出来る魔族だ、とイヴァルノンは頑なにビウゼンを持ち上げた。彼も悪い気がしないのか、少しずつ粘ついた唾がさらさらになっていく。
今回のごたごたの当事者モヒートは、一度魔協会の本部に出頭する、と自ら言い出したのだが、これにうじうじと物申し始めたのが、誘拐された古人の子、エリだった。
「私たちからそうしろって言ったのに、なんでモヒートが罰を受けなきゃいけないの?!そんなことになるなら私も付いて行く!」
「大人しく家に帰れるって言うのに、しつこいガキだね」
「何よ!文句あんの!?」
「悪い大人に利用される程度の脳味噌なら頭がいいってレベルに入れないんだぜ?」
「イノン、あんまり子供を虐めんなよ」
頬を膨らませて怒りを露わにするエリがしつこくモヒートにしがみつき、離れようとしない。もうロトルにはならないだの、集落で生涯を終えたくないだの、魔女になるだの、と喚き散らして聴こうとしない。
そこで、イヴァルノンは姑息な笑みを浮かべて、困り顔のモヒートとビウゼンに思いついたことを耳打ちした。彼らは一度顔を見合わせて「悪い奴だ」「まさしく魔女ね」と不満を口にして頭を抱えたが、自分たちが所属している組織がどういう所かを思い出して、人の良い二人は溜息と共に頷いた。
「小娘。
そこまで言うなら 誘拐してやるわ」
「は?」
「ダメに決まってんだろ」
イヴァルノンはエリを誘拐する事を赤裸々にバックアーへ明言した。当然の如く、秒で否定された。
「当人が望んでいるのよ!?なんでダメなのよ!」
「それはお前が、自分の口で親を説得してからほざけ。
お前の身の安全を、お前の親は僕たちに泣いて懇願して来たっていうのに、親不孝な奴だな」
「だったら言ってやればいいじゃない!私は勝手に魔女に付いて行ったって!」
「そこまで僕らは暇じゃない。」
「何よもう!ロトルは魔協会より無責任ね!」
「・・・一体何なんだ?何様なんだ、このガキは・・・」
バックアーはイヴァルノンの明後日の方を向いている無責任な顔を一瞥してから、盛大に舌打ちを打った。
「いくらお前らで同意の上であったとしても、ダメなものはダメだ。そもそも、なんで僕がそれを許すと思ってんだ?」
「先に言わないと怒ると思って」
「今から犯罪します、と公言する奴を何故見逃すと思ってんだよ・・・意味が分からない」
「どうでもいいんでしょ?ロトルは個別の私情に首を突っ込まないんだから。はい、そうですかって古人の子供一人は戻りませんでした、で報告しちゃえばいいじゃない。私はもう、私一人で生きていくし、自分の命は当然、自己責任よ。そんなこと分かってる。」
「何故古人の領域だけ頑なにルールが決められ、ロトルが口うるさく干渉して来るか、その理由をお前は分かっているのか?」
バックアーは怒気を込めた声をエリに叩きつけた。
「弱いんだよ。古人は」
「そんなこと知ってる!バカにしないで!!」
「だから、ルールと規則に雁字搦めにして、外が見える檻の中で暮らしていくしかないんだ。だけどそれが、古人が生きていくのに最も安全な方法なんだよ。
魔性もろくに発現出来ず、ロストルールを用いた自衛能力さえ満足に獲得出来なかった最弱の人種族が、この世界で淘汰されずに生きていくにはこうする他にないんだ。」
「だから」
「古人領域の外に出れば、僕たちは服を着た餌だ。小腹が空いたから殺される。目に入ったから殺される事もある。殺される事に大した理由なんてないし、それを咎められることもない。一度きりのお前の人生を、小石に躓いた獣人の下敷きになって死ぬような、無秩序な場所で生きたいっていうのか?道端で野垂れ死ぬお前を誰も弔ってくれると思うなよ。」
「分かってるよッ!!だから自己責任だって―――」
パンッ! と、バックアーはエリの足下に銃弾を放った。
エリはへたり、と尻餅をつき、息を荒げて白煙を上げる銃口を凝視する。割れた銃弾の欠片が彼女の足を引っ掻き、血が滲み出る。
「最低ッ!何すんのよクソ眼鏡!!」
「自分の身も守る手段を持たないくせに、自己責任などとほざくな。」
エリは堪えていたらしい鬱憤を腹の底から爆発させて、捲し立てた。
「私だってロトルになりたかったよ!
だけど、私は合格できなかった――ッ!集落で一番成績だって良かった!他に合格した奴よりも!それなのに!!なんでよ!?一問だって間違ってなかった筈なのに!!」
「・・・・」
「あんたなんかに分かる!?この惨めな思い!どうせあんたみたいな天才には意味が分からないでしょうね!!頑張って頑張って時間を費やして―――あんなクソみたいな集落から出たかったのに!!」
「分かるもんかよ。僕は養成所なんてものに入ってない。
それに、そこに入れなかったからなんだ?その程度の挫折で人を振り回すんじゃない。」
バックアーはエリの奇声をバッサリと撥ね退けて、溜息を吐いた。
「ロトルになるための関門が厳しいのは、なった後に苦しまない為だ。
頭の中に入れた膨大な情報を、目まぐるしく動く戦いの中で、迅速に、正確に引き出していかなきゃならない。自分自身の身を守る手段は当然、一つの判断ミスで防人たちの魔性を封じ、危険に晒してしまう事だってある」
「別に戦闘員になろうと思ってないわよ!」
「知らないのか?非戦闘員だろうとなかろうと、一年研修で前線に数か月立たされるんだ。
その程度で離脱する様な低レベルなんて要らない。結局はそう判断される。その適正を養成所の試験の段階で見抜いて落としたんだとしたら、それは試験官の目が正しかったということだろう。
それでもしがみ付きたいなら機械にでも成り代わればいい。そんな勇気もないなら黙って枠の中で往生しろ。それがお前の身の丈に合った生き方だ。」
エリは絶句した。まるで助け舟を求めるようにイヴァルノンに視線を送るが、彼女はまだ明後日の方向にいる。オセットが耳打ちするが、彼女は聞いていない。
「おい魔女、無責任に黙ってんじゃない。言い出しっぺはお前だろうが」
そうバックアーに言われて、イヴァルノンはようやく振り返った。
「ド正論を幼気な少女に叩きつけるなんて大人げないなあ」
「僕はお前らがどうなろうと知ったこっちゃないんだ。本来なら、お前らを片っ端から殺してやりたいところだが―――お前のせいで弾切れだ・・・それに」
何かを言おうとして、バックアーは溜息で喉に詰まった言葉を腹に押し流した。
「彼は品のない失礼な言葉で、なんとも押しつけがましい『善意』を君に伝えた。
別に私も、彼の言っていた事が間違いだとは思わない。事実さ。古人ってその程度だし、ロトルという組織は古人が自分たちの価値観とロストルールを守る為の軍隊だ。営利や福祉目的の、それこそ従事している一人一人の人生を保証してくれる様な優良機関じゃない。
だけど、私は自己責任で無責任な魔女だ。自由を愛し、自由に生きる、人生楽しければそれでいい主義だからね。
それを憧れと思う君の強い気持ちがあるとすれば、私は魔女として、悪魔の囁きをしよう。
君を魔協会の庇護下に連れて行ってあげる」
イヴァルノンは、バックアーが自分に向けて発砲してくると思っていたが、彼はそうしなかった。ただ、ビリビリと殺気だった視線は変わらない。
「ただ、勘違いしないで。
魔協会は古人保護法の対象外だ。ならず者共が君に何をするか分からないし、君の無事を、誰も責任持ってくれない。当然、私も。モヒートだってそうさ。
だから、本当に・・・君のこれからを思って発言しているのは、そこのクソ眼鏡一人だけなんだぜ。」
イヴァルノンの言葉を、エリがどう飲み込んだのかは分からない。だが、彼女は口を真一文字に結んで、立ち上がり・・・手を差し伸べた。
「私の生き方は私が決める―――ずっと後悔しながら、憧れながら―――夢の中だけでしか見られない景色に縋って 生きたくない・・・ッ!
連れてって 私は この世界で生きていきたいの 」
イヴァルノンは差し伸べられたその手の上に、ぽにっ、とオセットを乗せた。そして、バックアーに向き直る。
彼は既に、勝手にしろ、と言うかのようにその場を離れ、コポたちを連れて森の奥の教会に向かって行った。
その後ろ姿は確実に怒りで震えているのだが、殺意を込めてイヴァルノンを睨みつけていた彼の目には、どうしようもないやるせなさも含んでいるように思えた。
三段名の一人―――パウロの大規模な人体実験によって死ねなくなった一人の古人は、自らが死ぬ方法を探す目的も兼ねて、復讐がてら魔女魔男を殺し回っている。
本来、復讐なんて気持ちの問題だ。やられたらやり返す、忙しない繰り返しでしかない・・・。
(ヨロウズは・・・彼の事を知っているのかな)
森の族たちには、ビウゼンが対応した。
彼らは、ミガラを含めた人社会での人化現象はグラハムが元凶と知った後、しばらくして・・・その森を捨てて別の場所へ移動していった。その場所に残ったのは、人化したミガラたちと、その兆候が既に出ている獣たちだけだった。
バックアーは、自発的に誘拐されてきた古人の子供たちを、一人を除いて各集落に送り届けたようだ。
そして・・・黒幕のダゴが、皇国地域からロトルを廃絶する為に次の暗躍に乗り出したなんて、わざわざ言うまでもないのだろう。
「久しぶり、ジージー」
鼻をくすぐる潮風、大きな港町を見下ろせる位置にある、山岳地帯。
皇国地域の南、クリミアがあった峡国よりも南にある、浜国。
「おぉ、ファファ、イヴァーンじゃあないか~お主は昔から何も変わらんの~」
エリを連れたイヴァルノンが来たのは、とある魔協会員の元だった。
青く分厚い皮を持つイヴァルノンよりも小柄な竜人が、背負った大きな篭を降ろし、汗まみれな顔を袖で拭って笑みを浮かべた。
「この子が、お主の言っていた古人かい?」
「エリよ。よろしく」
「ファファ、元気な挨拶じゃあ~君は良い子じゃの~」
「・・・・・」
イヴァルノンはエリからの(本当にこの竜人って魔男なの???)という視線を十二分に感じていたが、それを盛大に無視して、ジージーが所有する広大な薬草畑を指差した。
「草むしり修行から頑張りな」
「はあ!?嘘でしょ!?草むしりぃい!?!」
「最近、腰が痛くなっての~若いのが来てくれて嬉しいの~」
「待って待って!本当にこの竜人って偉い人なの!?なんなの!?私騙されてない!?」
「魔協会って基本はスカウトだから、育てるって事をしないんだけどね。
ジージーは昔から、諸事情で魔協会預かりになった孤児とかを引き取って、外に出しても恥ずかしくないならず者に仕上げてくれるの。安心してグレていいよ。」
「あ、安心できないんだけど・・・」
「ファファファ~それじゃあ~エリの歓迎会でもしようかの~
イヴァーンも食べてくかい?採れたての獣人肝を漬けとったのよ~」
「何それ美味そう!」「食べる~」
「獣 人ッて―――人喰うの!?待って!?採れたて!?」
「食う物の好き嫌いはいかんよ~ファファ、人も獣も同じ命じゃ。
命ある者、すべからず、命を育むのだ。
だからこそ、その者の次世の幸福を祈る為に手を合わせ、わしらは生きていく。
いただこうぞ、若いの この世界で生きるのじゃろう?」
一度だけ俯いた後、エリは顔を上げた。
そして何度も、言葉を噛み締めるように頷いた。




