復讐なんて気持ちの問題(前編)
「待って待って待ってよ!引き返して!銃声がしたの!」
「どうしてそれで引き返すんだよ」
エリはオセットの太い首に腕を回して「げぇーっ」細腕に力を入れて後ろに引っ張った。
「黒い変なのはさっきの光で消えたじゃん!
それなのに銃声がしたんだ!ロトルはきっとモヒートに銃口を向け始めたんだ!危ないよ!あのふざけた魔女も危ないって!」
「んな事言われたってよぉ」
「デカい図体してるくせに何なのよ!魔女の連れってそんなに弱いの!?」
そう言われると、オセットはムッと顔をしかめ、数秒考えた後で「ちょ」エリを引き剥がそうと引っ張り始めた。
「なんで引き剥がそうとするのよ!」
「君を連れて戻る方が危険だろ!」
「私がいた方がロトルの注意を引きつけられるじゃない!バカなの!?」
「バカって言うな!」
「邪魔ぐらいするから!ねえ!お願いだから!モヒートも一緒に逃がしてあげてよ!
古人の誘拐に関わったモヒートをロトルは殺しちゃうかもしれない!モヒートは悪くないの!私たちが勝手に家出しただけなの!外に出たくて出たかっただけなの!」
オセットはしばらくエリと格闘していたが、彼女に言葉で勝てなかった彼は結局、エリを連れたまま引き返していった。
『裏還りなどという醜い存在を見る度に思いませんか?
秩序あるこの姿、母なる実の中で創られる生命の神秘、調和の取れた美しさ・・・。』
イヴァルノンの記憶の中のパウロという木人は、いつも穏やかな物腰で、器用に動く自分の枝指や、時に樹皮の肌質や白斑を、見えているのかどうか定かでない細い四つ目で見つめ、それだけで一日二日過ごしてしまうような、時間の感覚がゆっくりな人柄だった。
『私、時々思うのです。
私の身体の中には一段下の世界が存在し、その世界の営みが、私を生かしている・・・そう考えると、我々が生きているこの世界は、一段上の世界にいる誰かの身体の営みであるのではないかと』
『ふーん』
『だから、我々の営みによって生きている一段上のその者は、全く別の世界か、別の次元にいる・・・私はずっとそう思っていました。』
『それで?』
『ところでイヴァルノン、君はずっと若いままですよね。』
『若作りをしているの。維持する十代の肌艶は、努力の賜物だよ』
『そして恐らく、この世界の終わりまで、君は死なないのでしょう?』
ただ、パウロが時折見せる不敵な笑みの中には、背筋を凍らせるような、人には冷たい視線を感じるときがあったことを、イヴァルノンは確かに覚えている。
『この世界はあなたの世界ではないか?
私は時々、そう感じるときがあります。』
『残念ながら違うね、パウロ。
本当にそうなら、この世界に私を超える美女は生まれない。
それに、私はもっとファンシーに出来てるんだ』
パウロとその一派が古人集落を襲撃したことを風の噂で聞いたのは、イヴァルノンが魔協会を抜けた後の事だった。
(しくった・・・)
バックアーはイヴァルノンに銃口を突きつけて牽制しながら、人の血が濃い人種や古人に金属弾の効果が薄い事を危惧していた。
金属弾は金属の破片を標的にぶつける事で金属アレルギーを引き起こさせるのが強みであり、弾自体の貫通力は乏しいのだ。
モヒートに撃った弾は細身の彼女の胸部に突き刺さっただろうが、彼女は虫人だ。人の血を持つモヒートに金属弾の肝となる効果は見込めない。願わくば出血死だが、モヒートの魔性を考えれば、一瞬で止血され、逆転される可能性もある。
(破裂弾に入れ替えておけばよかった)
着弾時に小爆発する破裂弾なら、魔族の魔男以外には対処できただろうし、魔族の魔男の魔性は初見だったが、それを解析する為の時間は余裕な程にあった。
明らかに判断ミスだった。
バックアーはそれを顔に出さない様、動揺で震える手を隠そうと怒りに身を任せた。
「あいつらのせいで僕の時間は止まったままだ!身体は七日で腐り果てて!死んでこの年齢でリセットされる!また七日のカウントが始まる!
お前らに分かるか!?自分の身体から腐っていく臭いがする感覚!苦しくて堪らない!機械化をしても外れる――――人格をコピーしても僕の意識はこの身体に戻って来る―――消し炭にして消し飛ばしても 身体も意識も 戻って来て 死ぬ方法が分からない 」
だが、怒りは徐々に恐怖に変わって、呼吸音が喉を掠る。
「醜く腐乱死体の様に這いずり回る奴に 生き方も糞も あるかよ
こんな目に遭わせたお前ら全員を地獄に突き落としてやる他に―――死ねる方法なんて見つからないんだよッ!!」
バックアーの銃口が再び震え始めたのを見て、イヴァルノンは一度深呼吸をしてから、手に持っていた杖を「!?」バチンッ、と地面に電光と共に落として、両手を挙げた。
「何の真似だ!」
「何って、ホールドアップでしょ。投降だよ。」
「はあ!?」
イヴァルノンの血迷ったとも思える選択に、ビウゼンは声を荒げた。
「そのいかれたクソガキが捕虜でも取ると思ってんのか!?
何考えてんだッ!!」
「撃てばいいじゃん。
両手を天に晒して何も致しません、とポーズをしている古人を撃ち殺すようなら、お前の復讐なんて言葉を借りただけの、標的を選ばない通り魔でしかないって分かるし」
不敵な笑みを浮かべて、イヴァルノンは言った。
「最後にセーブをしたのはいつだい?
私は今、セーブしたよ」
目を見開くバックアーの表情を見て、イヴァルノンは前に飛び出した。
バックアーはすぐさま銃口をイヴァルノンに向けたが、自分の魔性の能力による認知の時間差が発生するとすれば、今以上に初手の反応が遅れる。
(そうか コピーか この魔女の魔性――― だけど)
そう分かったところで、魔女の身体能力はコポやレピーと同等レベルまで上がっている。既にコピーされていて、我が物顔で使う魔性の発動を止められる訳じゃないようだ。
(くそっ―――本当にコピーされたのなら 数十分も 有効って事だ
魔女の言葉を鵜呑みにせず、やるか? 退くべきか?いや―――)
バックアーは銃弾を金属弾から破裂弾に入れ替え、イヴァルノンではなくモヒートに照準を設定した。一撃で即死するレベルの攻撃をしてくるのはあの虫人であり、この古人魔女は『遥かに強い』ものの、裏還りを吹き飛ばしたような殺意を向けてこない。魔族の魔男もモヒートの止血に専念してこちらの戦闘に関わろうとはしてこない。
「ゴフッ」
ただ、モヒートを撃つタイミングがない。下手にイヴァルノンを殺してしまえばリセットされ、記憶の持ち越しによるタイムラグで負ける。コポとレピーの協力で、イヴァルノンを組み伏せたいところだが、古人魔女はその狙いを分かっている様に思える。
バックアーは致命傷にならない様にイヴァルノンの左手に銃口を向けた―――そのときだった。
「モヒートッ!!!」
「!?」
破裂弾の爆風が飛ぶ範囲に古人の子供が入り込んできた。
赤い髪色の女の子、捜索依頼が出されていた子供に間違いない。
「どっせいッ!!」
「ぐえっ」
「オセット!?なんで戻って来たの!?」
同じようなタイミングでコポを殴り飛ばした白いヘンテコな筋肉竜人が現れ―――イヴァルノンが動きを止めた。
この機を逃してはならない―――バックアーの中の優先順位は既に、誘拐された古人の子供たちの保護よりも復讐が先行して―――彼はイヴァルノンの手に合わせて引き金を引いた。
大きな破裂音が響き
「いっ た 」
オセットの背中に直撃した。
「―――――んの馬鹿」
大きなオセットの身体はほとんどの爆風をイヴァルノンたちに与えなかった。彼の真っ白のペンキの様な血が飛び散り、倒れ込む最中にゆっくりと身体が縮まっていく。
掌に収まる小さな身体が砂利の上に落ちていくのを見て
イヴァルノンは激怒し、時を止めた。
時空を操るパウロの魔性。
それをよくよく、イヴァルノンも用いる。
彼女の魔性には制限があるからだ。目に入ってくる対象の中で最も弱い者の魔力の総量を超えてはならない制限。
それを超えれば、超えた分の時間、魔性が使えなくなるペナルティが発生する。
だが、時間を止めた場合、ペナルティの発生もまた、止まる。
イヴァルノンはその数秒で一度、脳天まで沸騰した怒りを鎮めるように深呼吸し、異空間収納から、拳銃を取り出し――――発砲した。
「いっ!?!?!」
発砲と共に時が動き出し、突如として放たれた鉛弾がバックアーの腕を弾いた。
「おうおうおうおうおう?!?」
続け様、イヴァルノンはコポとレピーに向けても足下に威嚇射撃してから、地面に転がるオセットを拾い上げた。
「あんま怒んなよ イノン」
オセットは色んな意味で特殊な身体で、命の心配などは元からしていない。
しかし、だからといって許容する理由にならない。
イヴァルノンは立ち直そうと動くバックアーの腕に「っう」コポとレピーの足に一発ずつ撃ち込んでから、もう弾が入っていない事を分かっていながら、ガチン、ガチン、ガチン、と何度もバックアーの頭に向けて引き金を引いた。
そして・・・残弾のない拳銃を捨てると、イヴァルノンは地面に転がったバックアーの銃を拾いあげて、セーフティを外した。
「殺すなら・・・殺せよ はあ・・・今度は、僕が、殺してやるからな」
「悪いけど、そんなつまらない恨み合いに参加してやる程、私は暇じゃないの。
他にやりたい事は沢山あるし、人生はもっと楽に生きていたいの。
腹の足しにもならない事に、付き合ってられるか。」
しかし、銃口は向けたまま、イヴァルノンは冷たく吐き捨てた。
「生きる事も死ぬ事も諦めて、亡霊みたいに復讐に憑りついて、いつか果たせれば成仏するって勝手にお前は思ってるようだけど、そんな都合のいい話で終われると本当に思ってる?
お前が始めた怨嗟は、お前と関係のない人たちにまで波及していく。お前の連れにも、その家族にも、お前の同僚にも、その組織にも。
それが分かってるなら、どうぞご勝手に。好き放題にやってやられて壊れていけばいい。
最後に残るのは、どうせ死ねないお前一人だろうさ。」
「―――――」
そう言って、イヴァルノンは拳銃の弾を地面にばらまくように捨てて、空になった拳銃のフレームを砂利に叩きつけた。
「それ以上・・・掛けられる言葉は見つからないよ。」




