飛んで火に入る虫の母⑭
意図せず人血を継いでしまった事で差別されて来た、そんなやり場のなかった恨みを、森の連中に復讐することで果たす・・・そして、新たな生き方を歩むんだ、とでも思っていたのだろうグラハムの思惑は、だらしなく、呆気なく詰んだ。
きっと殺されるのだろう。そうでなければどこかへ送られるか・・・憎き森の連中の喉元を食い千切られ、食われる事もなく腐り果てるか。
グラハムは未来に絶望した・・・そんな彼の耳元に、何かが囁く。
その声は誰の足下にもいる、影からだった。
ほとんどの生き物は、表裏一体の存在とされていて、常に表と裏の二つの世界の境目で立ち、おおよそ表側に傾いて存在している。
そして、裏にはもう一人の自分がいて、そいつは表の自分となり替わる事を狙っている。
(全てを忘れて、新しく生まれ変わればいい・・・こっちに来い)
悪魔の囁き、と称される裏の世界の甘言を真に受けたグラハムは―――古人が元から『裏還り』易い生き物であり、その血を大量に取り込むことは裏側に傾く事と同義であることを知っていて―――もう一人の自分に、主導権を明け渡したのだった。
「裏の世界の連中は形が流動体に近くて、出来損ないなんだよね、生き物として」
イヴァルノンはそう言って視界を阻んでいた魔性を解き、目の前で未だに膨れ上がる異形な何かを見上げた。
「そんでもって、本体が光で消えちゃうから、あの身体に上手く乗り移りたいけど、器が『弱すぎて』破裂しそうだから、こうしてボコボコ、無理矢理順応させようと改造している」
「・・・何?解説を頼んだ覚えはないんだけど」
「生き物として成り立っていないから、あれには生命活動を維持する意味合いで血なんて流れてない。
失血死なんて概念も通用しないかもねぇ。はっ」
「・・・・・」
「役立たず ぷッ」
「今此処でミイラにするわよあんた」
イヴァルノンはそうふざけたことを言いながら、顔見知りに遠くからでも通信できる魔性を使って、とある奴に連絡を取っていた。
『ビウゼン、暇?』
通信越しに聞こえる猛烈な溜息の後、きっと今でも暇そうに役所のテーブルに腰かけていたのだろう友人は魔力の一端をイヴァルノンに差し出した。
「どわ!?」
「!」
「テレディーの魔性は便利だけど帰り道を用意できないんだよね」
連絡先の相手の魔力を手繰り寄せるよう、手元に召喚するテレディーの魔性によって戦場に引っ張り出されたビウゼンは、周りをざざっと見渡して・・・イヴァルノンに愚痴った。
「俺を呼ぶ前に!ロトルに加えて裏還りがいると!何故先に言わない!?」
「言ったら来ないじゃん」「バカ野郎がッ!」
「ビウゼン」
モヒートの分身はビウゼンの口から放たれる唾から距離を取りつつ、どこか申し訳なさそうな声を漏らした。
「ダゴの糞野郎が一番問題だって事は知ってる。
詳しい事情を今は聞かん。
まずは目の前のコレを片付けるぞ」
一方。
「魔女魔男が三人もいて・・・裏還りまで
クソッ、これだから魔協会の連中が関わるとろくなことにならない!」
バックアーは折れ曲がった伊達眼鏡を外し、腰に提げた本を取り出した。
「退却すべき・・・じゃないですか?バック」
「ベンニャーとギュビは中に戻っててくれ。
コポ、レピー、僕はロストルールを使わない。
存分に魔性を使ってくれて構わない」
コポとレピーはしばらくお互いに顔を合わせていたが「分かったよ、お前が言うのなら」そう言って、二人とも服の前ボタンを外し、魔性を発動した。
背後で大きく膨らむ魔力にイヴァルノンが振り返ると、バックアーの両脇に牙を見せる凶暴な『獣』が二体、今にも飛び掛からんとする戦闘態勢でいた。
「一時休戦する気は・・・そちらにない?」
「ない。
ないが。
優先順位ぐらいは弁えてる。」
「・・・イヴァルノン、あのロトル、仲間の魔性は封じないご都合主義か?」
「条件付きで魔性を使えるロトルらしいよ」
「あ?なんだ、そういうご都合主義か。」
「・・・はああ」
乱雑に膨らんだ肉袋からグラハムとは似て非なる声が漏れ出し、要らなくなった細かな骨がごとごとと袋の出口から零れ落ちた。
それは大きな角を持った獣の姿と称するには、アシンメトリーであり、長さも太さも不揃いな手足が大量に顎から胸の辺りまで垂れ下がっていて、地に着ける手足は体重を支えられない虫の羽根のようだった。ズタ袋のように膨れた身体を引き摺って動くのだとしても、身体の内部が露出していて、地面に着いている。その中には透けた薄い肉袋に貯められている無数の目玉が瞳孔を開き切ったまま、コレクションされている。
それは何の為にある器官なのか、どう動くべき骨格なのか、そいつを生き物というには実に作り方が無秩序で無計画だ。命を宿らせ、生きる為の作り方をしていない。
「生き物は神が作った・・・そう思えるクソデザインね」
「裏還りした奴の次の目的は素材集めだ。
綺麗な身体になる為に、手当たり次第に周りの生き物を取り込んでいく・・・」
裏還りは言葉にならない歓喜の嗚咽を漏らしながら、バシャバシャと何かを全身から引き千切り、イヴァルノンたちに襲い掛かってきた。




