飛んで火に入る虫の母⑬
「・・・・なんか、すごい悪寒がしますね」
ベンニャーはそう言って立ち止まった。壺の様な大きな帽子にある目がキョロキョロ、と落ち着かなく泳いでいる。
「そりゃあ俺たちを一瞬で殺しちまった魔女を相手にしなくちゃならねぇからな。へへ、武者震いが止まらねぇぜ」
「勿論、あの魔女も怖いんですけど」
「けど?」
「・・・なんていうんですかね・・・なんかこう、感じた事のない、悪寒としか言いようがない魔力を感じるんですよ。分かりません?バックアー」
「・・・・僕は特に」
バックアーは伊達眼鏡が外れないようモダンに引っ掛けた紐を後頭部で結び、散弾銃の弾数を再度確認した。
だが、その手がふと止まり、口の前に人差し指を触れさせた。
沈黙する空気を過る風と葉の音、それに混じる雑音を耳にした。
「来たぞ・・・」
伊達眼鏡を一瞬ずらし、腰につけた本の白紙のページを開く。それを分かっていた様にコポたちが白紙に触れ、この瞬間の記憶を留めた。
それから間もなく、雑音は足音に変わり――――
「お、マジか。生身じゃん」
「!?!」
トリガーに込めた力をギリギリで止め、突きつけた散弾銃の銃口に怯まない和装の『古人女』に、バックアーは目を見開いた。
「待て待て待て―――なんだ、あんたは・・、・・・ッ」
一瞬、この事件の被害者か?と思ったバックアーの背中をレピーは小突いた。
古人女の首からぶら下がっているのは、紛れもなく、魔協会の会員証だ。
散弾銃の銃口をすぐに上げ戻したが、古人女は変わらずポケットに両手を突っ込んだままほくそ笑んでいる。
「私はイヴァルノン。その名を君は知ってる?」
「・・・・・」
バックアーは視線を外すことなく、記憶に詰め込んだ魔女魔男のリストに該当する名を探したが、彼の記憶にはそんな奴はいなかった。
「冗談じゃ済まされないぞ。
古人だろうが、その会員証をぶら下げている以上は僕らの敵だ。」
「知らない、か・・・OK、分かった。
最後にもう一つだけ、質問していい?」
パアアンッ
火を噴いた散弾銃の銃口から無数の鉄塊が飛び散ったのだが、それは全て、『魔女』の前で―――空中に埋もれて止まった。
「失礼な奴だな」
この古人女は確実に魔女だ―――全員はそれを察して動き出した。
イヴァルノンは杖を回転させて木刀にして、再度飛び散る散弾とこれ見よがしに現れた不快な羽音を叩き落すと、古人の身体能力を遥かに超えた速度で、バックアーの顔面に回し蹴りをかました。
あまりに予想外な程、古人魔女の身体能力が高すぎて一瞬戸惑ったコポたちがバックアーからイヴァルノンを引き剥がすが、彼女はギュビの幻覚魔性に引っかかる事無く、モヒートの分身たちと三つ巴になりながらロトルのバックアーを狙って来る。
(この古人魔女は―――強化系だけの魔性じゃないのか?!
その程度のロジックはいくらでも分かっているのに―――なんで発動を止められないんだ!?)
バックアーはモヒートの分身を封じ込ませつつ、頭の中のロストルールを幾万通りにも組み合わせて古人魔女の魔性を封じ込めようとしていた。
手が届きそうな距離から放たれる銃弾を掻い潜るなんて、古人の身体能力じゃないし、神経系も併せた強化をしなければ到底出来る筈もない。
その類の魔性を封じるロジックなんて何万通りも持っているのに、バックアーが持っている経験則にイヴァルノンの魔性が引っ掛からない。
(散弾銃の弾を空中で止めた―――それは強化系の魔性じゃない―――副産物か?
何なんだこの魔女の魔性は複数持ち――んな訳がない――――意味が分からないッッ!!)
「バック!!」
「分かってるやってるやってんだよッッ!!」
激しい戦闘の最中、ロジックを組み上げるだけの余裕をロトルに与える事が守衛たちの役割であり、短時間の間に敵の魔性を解析し、封じ込むのがロトルの役割だ。
しかし、封じ込めるだけのロジックを何千、何万通りに組み上げているのに―――イヴァルノンが止まる気配がまるでないのだ。
「チェストォオオオ!!!!!」
「ゲフッ!!」
木刀の丸い切っ先がバックアーのみぞおちを貫き、彼は勢いよく後方に吹っ飛ばされた。
若い木々をへし折り、バウンドしながら――――
「「「!?!?!」」」
バックアーは浅い川に頭から落ちた。
「はあ・・・はあッ」
森は、息を荒げる一人の獣人に道を拓いていった。森に浮かぶ七色の光の泡沫が、ひたすら川上へ走っていく彼を慈しむよう微笑んでいる。
しかし、グラハムにはいつもそれが嘲笑のように思えていた。出来損ないの自分を嘲笑う声。
「今やるしかない―――ロトルが来る前にッ!!」
小瓶に詰めた『古人の血』を雑に詰めた袋を小脇に抱えていたが、グラハムは足をもつれさせて転んでしまった。幾つかの瓶が割れ、古人の血が川沿いの小石にこびり付く。
彼は咳き込むほどに息を荒げながら、手を地面に着け―――袋を小さくまとめて口に咥えると『四足』で駆け出した。
獣人に生まれてしまったことを親に責められ続けたグラハムは、四足で歩け、と後ろ脚を折られた。グラハムの親は、彼に後ろ脚で立ち上がることを禁じた。族であるように演じるよう育てられた。そうしなければ、彼は族社会から追い出されてしまい・・・そして、そんな彼を生んでしまった親が、皆から白眼視されるからだ。
どうしてこんな目に遭うのか、グラハムは何度も生まれてきた事を憎んだし、産んだ親、自分を受け入れてくれない族社会を憎んだ。しかしながら、彼は元来に臆病で貧弱だった。
親にも社会にも逆らう事など出来る訳もなく、二本足で立ち上がるべく作られた骨格は不器用に捻じ曲がっていった。友達も出来ず、狩りも出来ず、誰かの視線にいつも怯え、閉じこもっていた。
そんなとき―――グラハムは一人の『魚人』に会った。
『何と痛々しい姿でしょう』
ピンと背筋をまっすぐに立て、ピッチリと揃った服を身に纏った魚人。タコの頭を隠しさえすれば古人と言われても気付かない程で、その立ち姿に彼は美しいとさえ感じた。
その魚人は新たに国の執政とやらに就任したようで、自らをダゴ、と名乗った。
後ろ足が折れたまま線維化し、不器用な四つん這いでいるグラハムの前にダゴは膝を着いた。
『この族社会は大いなる病に侵されています。人の呪い、人血の智神ニッヂの悔恨』
『人の、呪い』
『我々は、その呪いを解く方法を探しています。
宜しければ、協力して頂けませんか?』
そう言って、ダゴはうちうちに、グラハムとコンタクトを取り始めた。
ダゴが魔協会の人員である事、人化に侵されている上司を助けようとしている事、そして、ロトルを戦おうとしている事を、グラハムは知った。
そして、後ろ足で立ち上がったグラハムをダゴが慰めてくれたとき、グラハムの胸の奥にしまいこんでいた憎悪の感情が沸々と込み上げたのだ。
『あなたの復讐を助けてくれる協力者を呼びました。
共に悲願を果たしましょう。』
そうして、グラハムの元に来たのが、モヒートだった。
出会った直後、彼女は酷くやつれていて、今にも倒れそうにグラハムは思えた。だが、その目の奥に、ゾッとする程の殺意の炎が宿っていて、その目に睨まれた彼はモヒートの前で無様に尻餅を着いた。
彼女はグラハムの復讐と、ダゴの計画の要だった。
ダゴは人と族の長い戦いの歴史を持つこの国の執政として、その争いの鎮静化を求めていた。だが、同時に彼は魔協会の過激派として、皇国地域に支部を置こうと画策しているロトルを追い出す為の戦いを欲していた。
二人の矛先の違う思惑を同時に叶えるべく、魔協会から抜擢された彼女は――――しかしながら、ダゴの指示で誘拐してきた古人の子供たちを、ダゴの指示を無視してグラハムの許へ連れて来た。
『罪は・・・子に背負わせるべきじゃない』
そうほざくモヒートにグラハムは声を荒げた。
『生かしたところでどうするつもりだ!?面倒でも見ろと!?
要らないものを抱えていたって仕方ないだろ!さっさと始末してくれ!』
『だったらあんたがやりなさいよ』
グラハムは何度も古人の子供たちに牙を向けようとしてきた。だが、彼は実に臆病だった。
(俺は親にとって要らない存在だった・・・それなのに、なんで始末されなかった・・・?
俺は、本当は・・・どうして欲しかったんだ?)
自分が投げつけた言葉は、彼の喉に見事に引っ掛かり、固く閊えた。
誘拐されてきた、小さなロトルの候補生たちは口を揃えて親の不満を垂れ流し、その言葉を聞く度に、グラハムは自分の復讐の意味が分からなくなっていった。
ダゴの目に入らない様、森の奥に作った教会にニッヂの像を建てて、グラハムは復讐の火を絶やさない為に、獣人としてニッヂを崇めた。
モヒートが連れて来る子供たちを殺せないまま、彼女の魔性によって少しずつ貯まっていく古人の血を積み上げていきながら、グラハムは復讐を遂げるその時期を迷い続けていた。
だが、ダゴの挑発を受けて、ロトルがこの森に来てしまった。
今、この瞬間を逃せば、復讐は二度と叶わなくなる。
(やってしまえ―――この血の効力はロガのガキ共で確認済みなんだからッ!!)
獣を獣人に、その変化に堪えられない『年』であればただ暴走する。
この古人の子供たちの、強力な呪いの血を――――族社会の飲み水であるこの川に流せば―――奴らはみんなくたばるんだ―――ッ!!!
「グラハム!!」
「!?!」
聞き覚えのある声に振り返るグラハムの目に、見慣れない白い竜人に乗った赤髪の古人が映る。
「エリ 何故」
「グラハムは誰かに復讐したいんだろうって思ったから――――そうしたい相手が私たち古人じゃないなら誰かって考えたの・・・確信はなかったけど、この、オセットが教えてくれたわ。族社会で、何が起きているのか・・・・だから」
「君には関係のない話だ!大人しく教会に戻っていなさい!」
「関係ない!?よくもそんなこと言えるよね!
その袋に入っているのは何?!私たちの血なんでしょ!?
族社会のみんなに川を伝って古人の血を流すつもりなんでしょう!?
そんなことしたら色んな人が死んじゃうかもしれないんだよ!?それにこの川は他の国にも流れていくの!被害はココだけじゃ済まなくなるかもしれない!!」
「だったらなんだと言うんだ!?君には関係ない!
ただ血を抜かれ、使われただけの君たちは何の罪にも問われない被害者面していればいいだろ!?他の誰がどうなったって知ったことじゃないじゃないか!」
「ダメだよ!!ダメなの!!何でそんな当たり前のことが分かんないの!?」
「当たり前だって!?
お前らの当然を――――俺に押し付けるんじゃない!!!」
「チェストォオオオ!!!!!」
「ゲフッ!!」
そのとき、とてつもない勢いで人が吹っ飛んで来て、大木をへし折り、浅い川に頭から突っ込んできた。
「バック!!」
コポたちがイヴァルノンの追撃を警戒しながらバックアーを助け起こしに行くと、彼は水浸しになりながら起き上がり、血痰を吐いた。
「・・・記録の更新をするぞ」
「リセットした方が良くないか?」
「今迄の情報だけじゃお手上げだ げほ、全く 見当もつかない―――戻っても、意味がない、ゴフッ」
バチン、と魔力によって空間が歪むのを、イヴァルノンは感知し、口を尖らせた。
(魔性だ・・・空間が歪んでる。取り巻きの魔性じゃない)
イヴァルノンは今、出方を伺っているモヒートのみの存在を感知するように感覚を狭めていた。そうしなければ、彼女の魔性の制約に引っかかり、使える能力が限られてきてしまうからだ。
しかし、そんな限られた感知範囲でも、彼らの攻撃に対応できるぐらいの強化系魔性を積んで使用しても制限まで余りある。モヒート様様だった。
(見える範囲にロトルは適応できる、それに条件付けをするとすれば・・・確かに、あの伊達眼鏡は手頃な『フレーム』になる。)
感覚を遮断する前、ロトルの姿を確認すべく前に出てやった時、彼は伊達眼鏡が外れないように結び付けてまでしていた。レンズが入っているのなら分かるが、フレームだけしかないのは明らかに不自然だ。
(視界の範囲を定めるフレーム内のみにロトルを適応し、裸眼の時はロトルの能力を使えなくなる・・・だから魔性を使える、と。
ロトルとして戦う事をメインにしているんだから、アイツの魔性そのものはあまり攻撃的なものじゃない)
そこまで考えた後で、イヴァルノンはモヒートの言葉を思い出した。
『君に奇襲と不意打ち以外の戦略ってあるの?』
『ええ、そうよ。そうしたのよ、恐らくはね』
モヒートは恐らく、いや、本当にロトルたちを奇襲した。それなのに、モヒートは彼らを倒した記憶が曖昧になり、ロトルはモヒートの魔性を解析していた・・・それはつまり
「・・・セーブとリセットか。
ハ、それってデータの容量何Bになるんだい?」
イヴァルノンは鎌をかけるように声に出した。空気が変わったのが肌で分かる。恐らく図星だ。
(まずいまずいまずいまずいまああずい――――イノン、完全に感覚遮断してるガチな奴だ―――あの虫人のレベルに合わせる為に俺たちの存在を感知しないようにしてらあ)
オセットは、ロトルたちをこっちにまでぶっ飛ばしてきたとんでもない古人女が、こちらに気付いていない事に冷や汗を垂れ流していた。
「ど、どういう状況なのこれ??今吹っ飛んで来たのってまさかロトル?!」
「急いでここから離れないとまずい」
オセットは「ちょ」エリを小脇に抱えると、イヴァルノンの攻撃に巻き込まれない様に教会方面へ駆けだした。
「!?ありゃあ誘拐された古人の子供じゃねえの!」
しかし、その様をギュビが見つけ「バック魔女の相手をしている場合じゃねえ」そう声を掛けて急かすが、バックアーはイヴァルノンを警戒して後退りしていくことしか出来ない。その上、今は姿を眩ませているモヒートもいる。彼女の魔性を封じるロジックはあっても、フレーム範囲外からの攻撃は防ぎようもないので―――結局、モヒートからの不意打ちも警戒していなければならない。
「二人の魔女を放って背を向けられるか!背後から殺されるだけだ!」
「逃げるぞ逃げるぞいなくなっちまうぞ!?!」
「二手に分かれる訳にもいかないだろ!!死ぬぞ!」
「いや待てお前ら―――あの白い竜人よりももっとやべえのがいるぞ」
そう言って、コポは鼻先を「ッッ!!」古人の子供たちの血を入れた小瓶を持つグラハムの方へ向けた。
「古人の血の臭いだ―――古人の血を不法に所持してる現行犯だ!バック!」
「あああああ!!もう!!なんなんだ!!!この場にいるお前ら全員糞野郎かッッ!!!
どいつもこいつも―――社会の秩序を蔑ろにしてんじゃねぇえええッッ!!!!!」
優先順位の付けようもなく、脳内でパニックになったバックアーはいがみ合っていたイヴァルノンに背を向けて「ヒッ!」古人以外に効果がある電磁障壁の携帯版をグラハムに向かって投げつけた。
電磁障壁は逃げるグラハムの目の前で展開すると、網のように広がって彼の四方八方に電気柵が作られ、グラハムの逃げ道を断った。
「いいッ!」
しかし、覚悟はしていたが、背後からイヴァルノンの攻撃がバックアーたちを吹っ飛ばし、バックアーのあばらが胸の中で甲高くへし折れる音が痛みと共に響き渡った。
(この古人魔女―――なんでッ魔協会員のリストに名前がないんだよっ!?)
今現在の魔協会員の名簿は全て暗記していた。顔と名前、特徴、知られている限りの魔性の情報が記されたそれらの中に、確実にイヴァルノンの名前はなかった。
バックアーは血を含む咳をしながら顔を上げた。
殺人的な威力にならないよういたぶってきている古人魔女が首から雑にぶら下げている裏返った会員証、それを見てしまった。
勲章として名を与えられる魔協会における、最高位・・・刻まれた三つの名前。
「イノン・イヴァーン・イヴァルノン・・・・待て、おい待てよ・・・お前ッ、三つ名 なのか???
三段名なのか!?!お前がッ!?!?」
確認されているだけで、魔協会の最高位、三段名を持つ者は三人しかいなかった。
時空を操る木人 パウロ
精霊を取り込んだ魔族 ポー
名の記載されていない―――古人であるというだけ噂されている、一人。
そして、その古人は――――かつてはロトルに所属し
ロトルの中枢機関、脳天衆との謁見許可さえ持っていた とさえ言われていた―――誇張されただけの噂と思っていた――――その当人が、目の前にいるのか???
バックアーは開いた口が塞がらなくなり、呆然とこちらと全く目が合わない古人魔女を凝視した。
その横で―――パリンッ――――ガラスの瓶が割れる音が響き始めた。
「―――おい、何やってんだお前」
電磁障壁の内側で、捕えた獣人グラハムが―――古人の血が入った大量の小瓶を口に流し込み―――ガラスごと―――ゴクリ、と飲み込んだ。
「バック、一端退却だ―――あの獣人、やりやがったぞ―――あの量は確実に」
おどろおどろしく低い唸り声を響かせながら、グラハムの身体はボコボコと変形し膨張し始め、電磁障壁の囲いを引き千切って巨大化していく。
「?」
何かおかしい、と一度感知能力を戻したイヴァルノンの目と耳にも、元の姿形を失った生きたままの肉塊が悲鳴と怒号を喚き散らしていくのが確認できた。
「何て馬鹿な事を・・・」
状況が変わったのか、モヒートは耳障りな分身をイヴァルノンの近くに寄せてきた。
「モヒート、何あれ」
「獣人が古人の子供の血を大量に取り込んだのよ。
それで何が起きるか、あんたも知ってるでしょ」
「・・・古人の血が呪われているって言われるようになった所以が、お目見えなのね」
良く、言い換えれば、それは新しく生まれ変わった姿とも言える。
だが、それは決してやってはいけないことだ。
その姿は、生きているもの、と言うにはあまりに歪な出来損ないだから・・・。
「『裏』が還ってきやがった」




