飛んで火に入る虫の母⑪
「モヒートは私にね、言ったの。
ロトルを、殺したいって。」
教会の裏側、誰の気配もない静かな物置場で、エリはイヴァルノンに尋ねた。
「自分の子供を殺したロトルを・・・、・・・だけど、それ以外、彼女は教えてくれなかった・・・・。
その日から、私がモヒートに声を掛けても、彼女は私を無視するようになって―――あんたが来たの。だから、モヒートが、本当は何を企んでいるのかって気になって」
「気になってどうすんの。その復讐を止めたいの?それともただの好奇心?」
「モヒートに死んで欲しくないの」
イヴァルノンはまんまると目を丸めた。エリは目を細めて口を尖らせた。
「ロトルの戦闘員はロストルールで魔性を封じて、銃火器を使って攻撃するの。大きくて無骨な魔人だってひとたまりもないのよ?」
「ははは! 心配されるだなんて、だらしない!」
エリは筋肉のない細腕を組み、折れそうな首を傾げた。
「はあ、ただ・・自分の子を殺した、か・・・思っていた以上に理由が胸糞悪いなあ。」
「あんたが本当に魔女なら、モヒートを助けに来たの?
それとも・・・止めに来たの?」
イヴァルノンはわざとその問いに応えなかった。ひょいっと肩を竦め、人をおちょくるように笑みを浮かべた。
エリはイラついたのだろう口をひん曲げて、目を細めた。たった数分で、この古人女は信用ならないと理解した様だった。
「ねえ、さっき言っていた事、本当なの?」
「さっき?」
「100点、取っていたんでしょ?
不当に減点されたって事?」
「ああ、名前のスペルを間違えたって話ね」
「―――別にィイ?!言いたくないならいいけどッ!!」
「あれはね、ひじょーに胸糞悪い話なの。
胸糞は大事にしないと、そのうち胸やけに変わるんだ」
「はあ!ほんっとにうっざいなあ!
相手が子供だからって小馬鹿にして!
何が魔女よ!古人のくせに!
ああもう!よっぽどモヒートの方がマシだわ!!魔力の量だって段違いなのに!」
イヴァルノンは口角をひり上げ、ポケットに両手を突っ込んで生意気な小娘を見下した。
「ロトルの候補生が魔力を感知しちゃうなんて、どういう風の吹き回し?
もしかして魔性の発現を目指しちゃってる?
日夜積み重ねてきた勉強をほっぽり出すつもりなのかしら」
「そうよ。私はもうロトルになんてならないんだから」
イヴァルノンの視線を見返す様に、怒気を込めてエリはそう言い切った。
「私ね、ロトル養成所の試験に落ちたの。
周りからずっっと、頭がイイってちやほやされてきた。あの集落の中で、私より点数の取れる子は誰もいなかった―――いつだって満点だったから!
だけど・・・落ちたの。
だけど! 私は一つの問題だって間違っていなかったのよ!
帰ってからちゃんと自己採点したわ。何も間違ってなんてない・・・入力を間違える事なんてある訳がない―――それなのに、落ちたの 落とされたの!!」
肩を上下させながら、エリは怒りで興奮しながら声を荒げた。
「不当に減点させられた、そう思ったらようやく腑に落ちた気がしたの。
ああ、私なんかをロトルになんてさせたくなかったのね!って!だってそうでしょ!?そうでもなくちゃあ―――私の下にいた筈のアイツが受かって・・・私が落ちるなんて、おかしいじゃない!」
「・・・・・」
「だから・・・もう、ロトルになんてならないの・・・。時間の無駄だって気付いたから。
だから、あんな湿気たところから出るために―――魔性を手に入れてやるのよ!
幸運な事に、そんな私をモヒートは此処に連れて来てくれた。集落の外に出た途端、魔力っていう曖昧だった力が少しずつ分かるようになって来たの・・・・まあ、『魔女様』に比べたら微々たるもんだろうけどね!」
「いずれは魔女になりたい?」
「まさか! 犯罪者になりたいってどういう神経して言うのよ」
滅茶苦茶に侮辱された気がして、イヴァルノンは顔をしかめた。
「私は『普通』になりたいの。錆びた鉄柵と電磁障壁がなくても、生きていける、非力な種族でいたくないのよ。」
イヴァルノンはしばらく黙ったまま、コロコロと変わるエリの表情を見ていた。
そして、何を思ったのか、手を突っ込んでいたポケットから手の平大の円盤を取り出し、エリに向かって放り投げた。
琥珀色になった軽くて硬い木に描かれた紋章は、擦れて読みづらくなっているが、魔協会を示す―――人が鉄棒を逆上がりしたような幾何学模様が、くっきりと刻まれている。
「ほ、本当に、魔女だったんだ」
おまけに、名を勲章として扱う魔協会において最高位に当たる、三つの名も残っている。エリは驚いたように目を見開き、そっ、とイヴァルノンに会員証を返した。
「ポケットに入れっぱなしで何回も洗濯してたら、擦り切れちゃったんだよね」
「雑・・・」
「私が100点を取れなかった理由はね」
イヴァルノンは言った。
「馬鹿にするためなの」
また茶化すのかとエリは一瞬思ったが、この魔女の顔はちっとも笑っていなかった。
「優れているって証明するには、自分より劣っている存在がないといけないでしょう?
君も『上』の方だから分かるんじゃない?自分よりも下がいるって安心感。ストレスのはけ口。いじめのターゲット。ほら、優越感に浸るのは誰だって気持ちいいもの」
「―――」
言葉を出せないエリに、大人げなく、イヴァルノンは笑った。
「だから、私は真似をしてやったの。
私を馬鹿にした奴ら一人一人の個性ってのを―――完膚なきまでに。奴らよりも上手く。奴らの存在価値を奪ってしまうぐらいに―――って、思うぐらいが『普通』じゃなきゃあ、古人に魔性は発現しないよ。
それが勉学よりも楽だと思うのなら、素質があると思うぜ、ジーニアス。」
「・・・頭良い奴が憎いのね、あんた」
「頭の良さ?
違うね、頭の高さだよ」
そう言った直後、イヴァルノンは不快な音に耳を掻き、振り返った。
バゴンッッ!!!
地響きと共に爆発音が轟いた。
森がざわめき出し、風に乗って火薬の臭いが鼻につく。
「来やがったな・・・ロトルめ」




