飛んで火に入る虫の母⑩
二人の魔女はしばらく睨み合った状態で硬直していた。一触即発の緊張感で辺りの空気がパンパンに張り詰められ、風が二人を避けて通っていく。
「一体何の用よ。
まさか私に会いに来てくれた訳?」
「そう。あんたに会いに来てやったの。嬉しい?」
「ええ、嬉しくて泣きそうよ。
なんだって、よりにもよって、どうしたってあんたなのかと」
「ビウゼンのお使いでね。
ヌルヌルお化けがあんたのせいで家族に会えないって不満を言うのよ」
イヴァルノンがビウゼンの名前を出すと、モヒートは僅かに表情を変えた。
「魔協会を抜けた手前、私は単なる―――ゲーム中にしゃしゃり出るマナーの悪い観客みたいなもんだけど、飛び入り参加が出来ない程、公式なゲームじゃないんでしょう?
オウンゴールとヘッドスライディングが得意な元チームメイトを入れればきっと、サポーターも盛り上がってくれると思うけど」
「私の後ろには誰もいないわ」
モヒートの触角が風に揺れ、鋭くやつれた目がイヴァルノンを見下した。
「邪魔をしないで、イヴァルノン。あんたには関係ないのよ」
イヴァルノンは口を尖らせ、短く溜息を吐いた後、構えていた杖を肩に乗せた。
「ああそう。それなら、私は私のルール(道理)に則って邪魔させて貰うわ。」
モヒートは物言いたげに口元を歪め、不満そうに眉間をしわ寄せ、とても嫌そうに頭を抱えた。そして、彼女の非常に大きな溜息は嫌悪を連れて、イヴァルノンの前髪を揺らした。
「・・・無倣者・・・。」
「昔馴染みに言われるとしっくりくるね」
大胆不敵に、イヴァルノンは容赦しなかった。
モヒートが見ている前で堂々と獣人たちの前に姿を現し
「怪しい者じゃないよ、私ね、モヒートの旧友の、皇国魔協会支部から来たイヴァルノンっていうの。彼女の応援に派遣されたんだ」
堂々と滑らかに嘘をつき
「よろしくどうぞ~」
「・・・・っ」
堂々と、あっという間に彼らの中に紛れた。
イヴァルノンは、実に平凡で平均な出で立ちをしていて、魔力もそう多くないため、魔協会に所属していた事も疑われる程度として、基本的に見下される。彼女を怪しく思う者がいるとしても、危険に感じる者などはこの教会にいないだろう。モヒートを除いて。
「どういうことだ、モヒート」
「それは私が聞きたいわよ」
古人の子供たちが古人の魔女に興味津々な中、グラハムはモヒートに問い質した。
「あの排他的な連中があの古人女を寄越したんだろう・・・そうじゃなきゃ森が通す訳がない・・・あの古人女の対処はお前がしてくれるんだろうな」
「対処?追い出せるぐらいならさっさとやってるわ」
「何を言っている・・・魔女―――嘘だろ、あの程度の古人女も倒せないって言っているのか?」
「あれを魔女と思えないの?
信じられない・・・あんた、本当に弱いわね」
何を言っているのか分からない、といった表情で困惑した後、グラハムは緊張した様に袖をいじくり、両手を合わせた。
「・・・まだ、計画を潰される訳にはいかない・・・俺たちの復讐はまだ、終わっていないんだ・・・まだ・・・ああ、くそッ・・・・!
導き給え許し給え、我らが血の母ニッヂよ・・・我らをお守りください・・・」
「・・・・・」
モヒートはイヴァルノンと戯れている古人の子供たちを眺めて、深く重い溜息を吐いた。
「お姉ちゃん、本当に魔女なの?全然怖くない」
「ふふふ、人は外見で判断してはいけないんだぜ」
「古人なのにロトルにならなかったの?」
「喜ばしい事に、私は『なれない』の。」
「どうして?」「なんで?」
「ふふふ、チビ共、当ててごらんなさい」
「バカだから?」「アホなの?」
「なんていい度胸、親の顔が見たいわね」
イヴァルノンは子供たちの質問に応えながら、彼らの表情を見ていた。彼らはとても無垢でいて、その言葉は年の割にませている様な印象を受けた。
「みんなは此処にどうやって来たの?」
「モヒートおばちゃんが連れて来てくれたんだ。」
「古人の集落から出て来ちゃっていいの?」
「だって外に出してくれないんだもん!」
「魔性が発現するか、ロトルになるしか外に出してくれないんだよ。
知らないの?お姉ちゃんは古人集落の出身じゃないの?」
「自由を愛する国」
「知らない」「どこそれ」「なにそれ」
「君たちはホームシックにならないの?こんなところに来ちゃって」
子供たちは顔を見合わせた後、一様に首を横に振った。
「あんなところに戻りたくないよ。みんな私たちにロトルになれって勉強を押し付けるの。ひどいんだよ!トムなんて少し友達と遊びに行っただけで何日も部屋に閉じ込められたんだから!」
「お母さんとかお父さんが心配してるとかって、思わない?」
「ちっとも思わないね!」
「モヒートおばちゃんが私たちを外に呼んでくれなかったら、こんなにお友達もできなかったもん!獣人のおじちゃんたちだって優しいし、森は綺麗だし」
「・・・そっか」
子供たちは揃いも揃ってロトルになるよう強要されてきた子ばかりのようだった。
「まあ・・・、古人って魔性の発現率低いからねぇ」
外に出るに、魔性を発現するか、ロトルになるかの2つしか選択肢がないのならば、後者の方が圧倒的に確率は高いだろう。
ロトルは魔協会と睨み合う為にいるような戦闘員だけで組織されている訳ではなく、ロストルールの記録や収拾、古人領域の治安維持や、古人の人権活動など多岐に渡る仕事がある。また、その知識を活かして機械工や医療人になることも可能で、ロストルールを学ぶ事自体は古人にとって大きな武器となる事は間違いない。
「親の心、子知らず・・・はは」
「お姉ちゃんの魔性ってどういうのなの?」
「まあ・・・真似っこだね」
「魔性ってその人の生き方の塊みたいなものだって聞いた事あるんだけど、お姉ちゃんはどうしてそんな魔性なの?」
そう訊かれて、イヴァルノンは少し間を空けてから、苦笑いした。
「周りに天才として生まれてきた奴しかいなかったんだ」
「やっぱりお姉ちゃんバカだったんだ」
「100点満点しか取らない奴らに囲まれた99点ってバカに見える?」
「1点って、案外重いよね」「分かる」
「あら、フォローしてくれるなんて優しいねぇ。
だけどね、私はちゃんと『100点を取っていた』んだよ」
首を傾げた子供たちにイヴァルノンは笑みを浮かべて手を叩き、この話は終わりだ、と腰を上げたとき
「ねえ」
赤毛の女の子がイヴァルノンに声を掛けた。
「個別に聞きたいことがあるの。」
「えーっ!エリずるい!」「私ももっと聞きたい!」
「モヒートのこと、知っているんでしょ」
エリ、と呼ばれた子の目は、他の子とは違うものを見ている様だった。
「分かった、いいよ。向こうで話そうか」




