飛んで火に入る虫の母⑨
「よう、戻ったぜ、バックアー」
身国執政のダゴに会いに行っていた二人の獣人、コポとレピーが戻って来た。『申請書』の必要事項を記入していたバックアーは顔を上げて肩を竦めた。
「それで、国の執政はロトルの介入を丁重にお断りしますって?」
「ハハ、よく分かったな。
だが、この国のトップは俺たちに『入って貰いたくて』うずうずしている奴だぜ」
眉をひそめるバックアーの顔に、コポは咥えた煙草の煙を吐きつけた。
「皇国がロトルを引き入れた事に激怒している魔協会側のタコ野郎は、族の領域に魔協会員を送り込んで、古人の子供たちを誘拐させていた。事情を簡潔にまとめると、こうだな。」
「何の為に?ロトルと喧嘩したいのか?」
「そう、喧嘩だ。あのタコ野郎は魔協会の中でもロトルとガチンコに争いたい過激派の一派らしい。」
そう言って、猫型獣人のレピーは少し血の付いた、しわしわの『資料』をバックアーに渡した。
「詳細はそこに記載してある通りだ。
ロトルを引き寄せる為、古人の誘拐を請負ったのは
魔協会員の二段名、血癖の魔女、モヒート・モーフェンだ。
だが、コイツは元々過激派じゃあない。」
顔をしわっしわにしかめ、バックアーは溜息を吐いた。
「それで?そんな実績のある過激派でもなかった魔女が、どうしてロトルに喧嘩を売る事に賛同したって?」
「その魔女の子を、ロトルが殺したからだ。」
数秒の沈黙の後でバックアーは表情を変えず、寧ろ奥歯で歯軋りをして、舌打ちをした。
「だから他人の子供がどうなろうと知らないってか?
くそ・・・、・・・ぶっ殺してやる」
「だがな、バックアー。
魔女は古人の子供たちをタコ野郎の指示した場所に連れて行かなかったんだぜ。」
「それが?」
「タコ野郎は誘拐した古人の子供たちを始末する予定の糞野郎だったが、魔女はそれをどういう訳か、察知したかのように子供たちを森の奥へと連れ去った。」
バックアーは頭を抱え、先程よりも大きな舌打ちをした。
「だからってその魔女を見逃す理由が何処にある!?魔女の行いは何一つ!正当化していいものじゃない!!
子供たちを殺させなかったからって褒めてやるのか?真面目に生きている人から子を攫っておいて罰するべきじゃないとはどういう了見だ!!冗談じゃないぞ!」
爆発したバックアーの復讐心に水をかけるよう、犬型獣人のコポは再び煙を吐きつけ、笑みを浮かべた。
「おうおう、安定した糞根性だな、バック。イイ子イイ子。
俺はお前の一途な復讐心とブーメラン式のド正論が大好きだぜ。」
「くそ、なんなんだ!僕のリアクションで遊ぶなよ!」
「そういう事情を知ったら躊躇うかなあって試しただけだ。心配すんなよ。
俺はお前の復讐を止める気なんてさらさらない。」
コポはそう言い、深く、煙草を吸った。
「だが、その魔女は『機械化』していないロトルに対して無敗の化物だ。
神殺しって言われる生きる伝説爺ヨロウズとも引き分けるレベルのな。
普通じゃあ勝ち目がない。俺たちはみんな生身だし」
「戦うつもりなら、ちゃんと頭使っておけよ。」
「言われずとも分かってる」
しかし、とレピーは腕を組み、バックアーに忠告した。
「子供たちは生きている可能性が高い。その確保と保護をお前の復讐よりも重視すべきということは覚えておけ。」
「・・・・・」
「ヨロウズの爺からも指示されているだろ?ロトルのイメージアップが、この地域にロトル支部を配置できるかどうかを決めるんだ。
それは周り回って、この地域に住む古人たちの社会進出や人権確保に繋がっていくんだ。復讐ついでに古人の生活環境を改善させようぜ」
なんとなく腑に落ちていない様だったが、バックアーは頭を掻きむしった後、苛ただしく立ち上がった。
「イノン、流石に恥ずかしいだろ」
先程から黙りこくっているイヴァルノンにオセットは塩を投げかけるように声を掛けた。
「まさか土に頭を突っ込んで逆立ちをしてみせるだなんて」
「うっさいな!
許しなんて訳分からないものが必要ですって雑に投げられたら、土下座の最上級を捧げる他に思いつかないじゃない!」
「土下座の最上級は頭めり込ませて逆立ちするのかよ」
「本場の教授がそう言うんだからそうなの!」
森の奥の教会へ向かうには森の許しが必要だと言われた為、イヴァルノンはあの手この手で『許し』を得ようと四苦八苦した。
しかし、しばらくすると父親を説得したミガラが戻って来て、森の長老たちは素直にイヴァルノンに許しを出した。
その許しの証だと言う―――木々から湧き出る蜜色の光がシャボン玉の様に浮かび上がり、イヴァルノンの周りにくっついてくる。そのお陰で、視界を塞ぐ濃い霧が蜜色の光によって透けていき、森の奥へ進むことが出来るようになった。
森の奥は、進めば進むほどに生物の気配は無くなっていき、より『神聖』な景色が広がっていた。
半透明に輝く丈の短いキノコを生やす、ガラス玉の様な実をつけるブルーの木。
白くひょろ長い草、息をするように口を開き、霧を吐き出す土。
光が透ける葉を通して、ぼんやりと歪む青い空。
時折ちょこちょこと視界の端を過る影と、聞いた事もないのに懐かしい鈴音。それが何かを説明できない―――幻視と幻聴に合わせて、こっちに進めと言うかの如く道がイヴァルノンを歓迎する。
この森に遊ばれているような感覚がして、イヴァルノンは顔をしかめた。
「くそー・・・笑われてる気がする」
「良かったじゃねえか。きっとお前の逆立ち土下座がツボに嵌ったんだよ」
解せない、とイヴァルノンは不満を口にしたが、その舌の根の乾かぬ内にこう続けた。
「それが本質だけど」
幻想的で生活感のない、精霊の趣味世界をしばらく進んでいくと、イヴァルノンの頭上を緑色の葉が塞ぎだした。
傍にくっついてふわふわしていた蜜色の光が掻き消え、辺りを覆っていた霧も風に流される。
「あれが教会、か・・・。
獣の領域らしからぬ異色な人工物だね」
その周りには一定の生活水準を保つ事の出来る設備もある。
「・・・、・・・ん?」
そして、その設備を使う、古人の子供たちと獣人。
彼らは一様に笑みを浮かべており、これから炊事でも行うのだろう、重い薪を協力し合いながら運んでいる。獣人はそれを微笑ましく見守っているではないか。
「・・・なんかこう、誘拐されたって言うか、旅行にでも来ましたって感じね」
古人の子供たちが誘拐されていたり、族に人血が出回ったり・・・そういった外の喧騒の届かない、隔絶された空間だ。
イヴァルノンは腰を降ろし、しばらく炊事を行う子供たちの様子を伺う事にした。
「単に、楽しそうだな」
「そうね」
「このまま、帰っちまうのか?」
イヴァルノンは目を細めた。
「別に、正義の味方って奴でいたい訳でもないし、放浪するくせして国の平和の為だとか無責任なこと言うつもりはないんだけど・・・・、・・・。
なんだかなあ・・・子供が関わっているっていうのが、引くに引けないのよね」
物言うオセットの視線に目を合わせ、イヴァルノンは肩を竦めた。
そして、イヴァルノンは突然、嫌な顔をして耳の辺りを払った。
「どうしたんだ?急に」
「不快な音だよ。ほっんと不快。生理的に無理。最低大ッ嫌い」
そう早口に捲し立て、イヴァルノンは杖を手に腰を上げた。
「耳元で羽音立てるの、ほんと鳥肌立つから止めてくれない?」
イヴァルノンが不快な表情で睨みつける方向には何もいない。
いるとすれば、時折、視界を過る―――高速で動き回っている黒い点だ。
しかし、彼女は確実に、それを目で追っている。
オセットはイヴァルノンの視界に入らない様に、彼女の背中に回った。
「久しぶり、モヒート。元気に血を吸ってた?
線香の煙は嫌うくせ、いつから戦火の煙に集るようになったの?」
ブゥン・・・ゥン・・・・・・。
離れたり近付いて来たりする羽音がふと止まると
「うげっ!?!」
オセットが竦み上がる程、大量の黒い点がけたたましい羽音を立てて草むらから湧きあがり、集合していく。
「久しぶり、イヴァルノン。」
その集合体は形となり、肉となり、服となり
長い吻が特徴的な、黒褐色の虫人を形作った。
「相変わらず良い匂いがするのね」
モヒート・モーフェンは、その吻をイヴァルノンに差し向けた。
「生理的に、殺したくなるぐらい」




