後払いより先払い④
「ああそうさ!自治警は何も動いてくれない!」
自治塔を出てから北へ進んでいくと、大きな広場に出る。三つの国に向かう街道が最初に交わる合流地点だ。多くの荷物を積んだ荷車が行き交い、多くの店が立ち並ぶ。
クリミアの貿易商館も、その一つだ。
「多くの被害が既に出ていると言うのに・・・証拠がない、被害者の遺体も出て来ない、貿易隊が運んでいた荷物一つ出て来ない・・・挙句に我々の通報が虚偽ではないのか?とさえ疑い出す!酷くないか!?」
「ほー、そりゃー、大変だ。一大事だ。」
「・・・・」
怒りを露わにする獣人の訴えを受け流す棒読み。空ぶる相槌を打ったオセットがイヴァルノンの頭上から身を乗り出した。
「襲撃されているのはこっから皇国へ行く隊か?
皇国からこっちに来る隊なのか?」
「はあ?クリミアから皇国へ向かう隊だけに決まっているだろ」
当然だろ、と言わんばかりに獣人は一本角の生えた眉間に皺を寄せた。
それが分からないのだと口を捻り曲げてみせると、コイツは役に立つのかね?と言わんばかりに目を細めた。
「いいか?流れ者。
皇国には他国へ輸出する品なんてほっとんどないんだ。あの国は火山に囲まれ、火口の上に築かれた様な灼熱業火の国だからな。
作物は炭化し、建物は溶け、水は蒸発していく。炭か灰か石か、物好きだけのニーズに合わせて隊商を向かわせるもんか。」
「逆に皇国からすれば慢性的に物資不足って訳?」
「そうだ。だからこそ他国から大量に物資を買い込むのさ・・・あんたたち、本当に此処ら辺の出身じゃないのな。世界の向こう側からでも落ちてきたのか?」
「まあ、比較的遠いところから来たことには違いないわ」
「はあ・・・ほらよ。皇が代替わりするからよ、もう古いのは要らねぇんだ。くれてやる。」
獣人は待合室の暇潰し本棚から古めかしい皇国の歴史(こども向け)をイヴァルノンに渡した。一部落書きがあった。
「幾つか質問なんだけど、目撃者はいないんだよね」
「ああ、そうだ」
「クリミアから出て、第一関所までの間で遭難してしまうような事はあり得ない?」
「だだっ広い一本道だ。道に多少の丘陵はあるが、見通しもいい。ただ、滅多に往来がない。」
「需要がないのになんでそんな広い道を作ったの?」
「元々は皇国がクリミアを襲撃する時に『黒王』が作った道らしいぜ。
その道を通って無数の皇国兵が押し寄せてきた。勝てる訳もなく、争いも程々に、すぐさま白旗を挙げたらしい。逸話だがな。」
「黒王?」
獣人は呆れたように溜息を吐いた後、渡した『こうこくのれきし』を読め、と言わんばかりに指差した。言葉で返答する気はないらしい。
「じゃあもう一つ質問。
襲われた隊商が運んでいた『積み荷』はなんだったの?」
「・・・・・」
さっきまで饒舌に話していた獣人は顔をしかめて口を閉ざした。ポケットに突っ込んだ手が動き、不穏な緊張感が漂った。
「いいよ。分かった。」
答えは追求せず、イヴァルノンは貰った絵本を手元で回した。
「次にあの道を通る予定の隊商の責任者と一度会っておきたいんだけど、話通してくれる?」
「皇国には三人の王様がいます」
商館を出て北の街道へ向かうと、自治塔の次に大きいだろう巨大な門が見えてきた。
門番らしき者は特におらず、すれ違う者もいない。人気がない此処は昔、砦の役割を持っていたらしい。
イヴァルノンはパンをかじりながら長い階段を昇って行く。
「一人の王様を皇、二人の王様を将帥と呼んでいます。」
『こうこくのれきし』をイヴァルノンが持ち、頭上のオセットが音読する。
「みんなの言葉を聞き、国の進む道を決める皇のアイリ王
みんなを守ってくれる力強い将帥の白王と黒王
三人の王様が皇国を豊かにしています」
「王様が三人もいたら部下たち困らないのかな」
「答えが載ってない質問すんなよ」
階段を昇り終えると、一際大きなロータリーに出た。砦であったと言うだけあって、とても頑丈な造りになっているようだが、一部分だけ作られた時代が異なるような場所があった。
黒き山々がひび割れ、赤々とした炎と血が沸き上がる。その色彩に貫かれる者たちと、それを見て恐れおののき、頭を抱えて涙を流す者たちを描いたモザイク絵だ。
恐らくはこれが、皇国が攻めてきた様相を描いたものなのだろう。
(これを入口に設けるなんて、根深い憎しみだねぇ)
無人の門を抜けると、そこはまさに絵の如きであった。
空気を歪める熱気で満たされ、大変に硫黄臭い。脈打って溢れるマグマが冷えて黒くなると、一時的に噴火口が閉じられるのだが、またすぐに黒い地面が赤く熱を帯びて溶けていく。
街道とは思えない劣悪環境だが、しかし優々とこの道を通れる理由が、巨大に広がっていた。
「皇国は大きな石の上にあります。
この世で最も堅く丈夫な新鉱石、黒鋼で作られた大地は、皇国周辺のマグマ地帯でも安全で快適にしてくれます。」
不規則に光を反射する黒い鉱石、黒鋼という石で作られた巨大な橋が真っ直ぐと、遥か向こうで蜃気楼の様に揺らめき見える皇国の城壁に続いていた。
「この黒鋼の大橋を作ったのは黒王で、皇国の建国当時から存在している守護神です。しかし、黒王を見た者はほとんどいません。」
「そう言われると見てみたくなるもんね、黒王」
「なあイヴァルノンよ。
どうすりゃあ、こんな見晴らしのいい劣悪環境で貿易隊を襲えると思う?」
オセットはイヴァルノンの肩に座ってあくびをかました。
「この道から逸れたらきっと真っ黒になっちまうだろう?
隊商を堂々目の前にして襲撃したと思うか?」
オセットは視線を横に向けた。口を尖らせたまま口笛でも吹き出しそうなイヴァルノンの顔が返って来た。
「それを君が嗅ぎ分けるんだ。つまみ食いの時間だよ」
「もうちょいマシな言い方をしろよな」
よっ、と肩から飛び降りたオセットはぺちゃ、と黒い地面に着地した。そして、イヴァルノンのくるぶしほどしかない大きさであるオセットの、粒ほどに小さい鼻を鳴らした。
「ほとんど誰もこの道を通らねぇから、しっかりと残っていやがる。
魔力の残渣だ。」
すんすん、すかすか。
くんくん、ふんふん。
硫黄臭さにも紛れる事のない、魔力の痕跡を嗅ぎ分ける。
「隊商のものか、赤砂魔人のものかは分からねぇな。別段にクセの強いもんじゃねぇ。」
「前から思っていたんだけど、魔力って味はあるの?」
「基本的に味なんかねぇけど、お前は・・・ほらなんつーか・・・米のよ、よく噛んでると甘くなってくるだろ?あれだよ。いくらでも食える。」
何よそれ、嬉しくない・・・とイヴァルノンは顔をしかめた。
「もう少し先まで行こうぜ。まだ襲撃ポイントじゃなさそうだ。」
オセットはそう言って差し出された手に飛び乗った。
数十分ほど皇国側へ進んでいき、今一度オセットを降ろした。
「変だな。臭いがしねぇ。」
「しない?」
「突然さ。今迄ツーっと続いていたのによ、匂いが・・、・・んー・・・幽かに、するか・・・・なんかこう、掃除された感じがするぜ」
なるほどねぇ・・・イヴァルノンは顎を摩っていると、背後から足跡が聞こえて来た。
「失礼。
もしかして君たちが・・・商館の言っていた協力者かい?」
振り返ってみると、町でありふれていた服装の、体格のイイ鬼人だった。
「もしかして今度の隊商責任者?」
「俺はカーティット。
責任者というより、騎馬役だな」
ヘーゼル色の大きな二つ目と、口角からはみ出た白い牙。洒落た髪飾りで長い黒髪を高く束ねている。薄手のシャツをピッチピチに着ていても目立たない程に体毛が薄いのか、剃り切っているようだ。
「騎馬役?よっこいせって車を引いていくの?」
「いいや、俺は騎馬に適した『魔性』を持っている」
「へぇ・・・見せてもらえたりはしない?」
個人的な事をド直球に訊いているというのに、カーティットは素直にこう応えた。
「いいぜ、お前さんたちが名乗ってくれたらな」
「私はイヴァルノン。このペットはオセット」
「よっす」
「宜しく」
挨拶を交わそうとイヴァルノンがカーティットの手を握った―――すぐ後だ。
「わわ」
カーティットがくるりと肩を回し、小さな青い電光と共に手が後ろに回された。その勢いのままイヴァルノンの身体が空に舞い上がり、厚いお腹のような低反発な感触に腰を据えた。
「寝ている間に目的地に着いている!が、俺のモットーさ。
10年無事故無遅刻だ、タクシー業界じゃあ屈指の安全運転なんだぜ」
「こりゃいいね!ぷっかぷか!寝ちゃうわこりゃ!」
身体を変形させた、四足走行なのだろう。しかし、ふと思う。
「魔性というか、ただ軟かい身体の様な気がしてくる」
「ははは、れっきとした魔性さ。魔性を解明してくれる占導士がそう言うんだ。間違いない。」
「痛くないの?」
「骨格や筋肉をルービックキューブの様に回転、変形できる。痛みはないぜ。」
「・・・よくタクシー業界へ進出しようと考えたね・・・吹っ切れた個性の応用っぷりに感動さえするわ」
イヴァルノンはうっとりと眠くなってしまう前にカーティットから降りた。
「快適な運転を約束するタクシー業界が、なんだって貿易商館を利用するの?
君の積み荷は『人』でしょう?」
「そうだぜ、あんちゃん。赤砂魔人だなんて物騒な輩が出ている此処より、大回りになってでも別ルートから皇国に向かった方がいいんじゃねぇの?」
カーティットは身体を二足歩行形態に戻してから、腰骨をパキポキと鳴らした。
「精確に言えば、俺が商館を利用するんじゃあなくて、商館が俺の『積み荷』を利用するのさ。」
その言葉を頭の中でしばらく噛み砕いた後「もしかして、ロトル?」首を傾げた。
「悪いが守秘義務ってもんがあるんでね。
ただまあ、仮にあんたたちがしくじったとしても俺がこの道を通ろうと思えるほどの、何か、だな。」
カーティットはそう言って、変形で緩んだ襟元を正した。
「あんたたちは、この町の事情を知っていて自治警に協力しているのか?」
「いいや。正直なところ町の行く末なんて流れ者にはどうでもいいんだけど」
カーティットはその言葉に驚いたよう目を丸めたが、次の瞬間に笑って納得した。
ぐー。
「ははは!なるほどそういうことか!
なんだってこんなややこしい事に首を突っ込むのかと思っていたんだ!」
「腹の虫を鳴き止ますお金がないもんでね」
顔をしかめて口を尖らしたイヴァルノンにカーティットは言った。
「来なよ、奢ってやる。良い店を知っているんだ。」
「本当!?いいの!?」
「ああ。その代わり、少し話をしたい。」




