飛んで火に入る虫の母⑥
族の社会、森の入り口は意図も容易く、イヴァルノンたちを待っていたかのように現れた。
犇めき合う様に生える木々や盛り上がる根の凹凸や、立ち込める霧によって塞がれていた森の玄関は、ミガラの存在を認識した途端にざわざわと退いていった。
開けた視界と均された草道に沿ってイヴァルノンたちは進んでいき、しばらくした後、木の陰に被さらない明るい場所に出た。
そこには、ミガラの帰りを分かっていたかのように、多くの獣が待ち構えていた。
森に住まう多種多様な獣、虫や鳥の類。その中で、一際目を引く出で立ちの大きな白狼が音もなく歩み寄って来た。
「父さん」
「u-4ィlヌ」
それは果たして言葉なのかさえ、イヴァルノンには分からなかった。
聞こえてくるのは『ウォォ』『グゥウ』『ワンワン』というはっきりした鳴き声ではないからだ。擬音語として認識するには些か不揃いで、イヴァルノンの知る言葉では上手く表せなかった。
しかしきっと、酷い言葉で罵っているのだろう。父は、我が子へ向ける目をしていなかった。
ミガラは肩で大きく息をして、不規則に尾を震わせた。彼は時折声が裏返りつつも父親に事情を説明している様だった・・・が。
「フm」
風を掻い潜る様に、ぬっ、とミガラの横をすり抜けて接近した白狼は、鼻先をイヴァルノンの頭上に落とした。
「貴様、魔女だな」
「え」
驚き振り返るミガラと周囲の視線よりも、唐突に理解できる言葉を発したことに―――白狼の手足より小柄なイヴァルノンは、目を丸めて数歩下がり、仰ぎ見た。
「バイリンガルな獣が流行りなの?」
「隠そうとしても無駄だ。貴様は理に反した魔力に塗れている。」
「そんなに臭いかな」
フッ、と白狼が身を捩ると「いェ」想像以上に硬い剛毛な尾がイヴァルノンの顔面を叩き付けた。
「おいコラテメェ!何しやがんだ!」
「父さん!この古人は関係ないよ!」
「Fbⅰォ!」「0-Ⅴフア!」
外野の声など知らん顔で白狼は白い毛並みにこびりついた僅かな血の汚れを嗅ぎ「貴様の血ではないか」とぼやいた。
「ぃったぁ・・・」
「魔女、此処は貴様のような人種が来る場所ではない。
尻尾を巻いてさっさと消えろ。」
垂れる鼻血を指で拭い、「巻く尻尾なんてないわ」イヴァルノンはそう吐き捨てた。
「わざわざ大勢で出迎えてくれる訳だし、煩わしい事の元凶が古人の血だって事は分かっているんでしょ?」
「族の問題に汚らわしい貴様らが首を突っ込むなと言っている!
これ以上関わるつもりなら貴様の喉元を食い千切るぞ!!」
「やめなさいロガ」
イヴァルノンを丸呑みしてしまいそうな大口を開けた白狼を牽制したのは、老いた『獣人』であった。
「その人はミガラをここまで連れて帰って来てくれた客人ですよ。
無礼もほどほどにしなさい。」
「GolFイmㇽア!」
「これ以上、私たちは血を流すべきではないのです。
それはあなたも分かっているでしょう?ロガ」
「R oo ウォゥ!」
ロガは喧嘩を仲裁しようとする周りの視線を一蹴するように吼えた後、ドドッ、と大きく足音を立てて森の奥へあっという間に駆け抜けて行った。その後を追う様に、多くの獣もまたその場から走り去っていった。
「彼も長老たちも冷静ではないのです。悪く思わないでください」
「挨拶がてら顔面殴るような奴を良くは思わないけどね」
イヴァルノンたちは『獣人』がいる広間へと降りて行った。
森は細かく引き裂かれた様な複雑な地形をしており、離れ離れの大地を繋ぎ止めるかのように木の根が谷にかかる橋代わりをしていた。谷の下は水量のない小川がチロチロと流れており、ところによっては土砂崩れによって倒れた木々も見受けられた。
「ごめんなさい、ミリアム・・・僕」
ミガラはおどおどとしながらも、深く詫びた。
ミリアムと呼ばれた獣人は、服を身に着ける事などない族社会の中で浮いて見える派手さであった。ペイズリー模様のカラフルな羽織と、鳥の羽根で編み込んだ髪飾りと骨の首飾り。奇妙な形の骨だけを集めたマラカス状の短いステッキを持っていた。
「イリスの件は風の便りで聞いています。あなただけのせいでは、決してありませんが、彼の命の重さを背負って生きねばなりません。
共に生きていきましょう。あなたがどのような姿となっても、私は受け入れます。」
ミリアムは後ろ足二本で直立するミガラにそっとハグをした。ミガラもそれに応え、目を潤ませた。
「あなたの事も、少しだけ。
ミガラと、イリスをここまで連れて来てくれてありがとう。」
「それもお喋りな風の便りで?」
「ええ。」
イヴァルノンは異空間に物資を移送する魔性を使って空間に大きな穴を開いていき、布で覆われている大きな獣の死体を外に出した。
「ああ、可哀想なイリス・・・貴方の魂が精霊の導きの下に還りますように」
するとすぐさま、タタッ、と家族と思われる幾匹かの獣がその死体の近くに寄り「―――」一度ミガラの方に顔を向けた後、何一言も口に出さず、動かない子供の首を噛んで持ち上げ、森の奥へと消えて行った。
「・・・・ミリアム・・・僕はもう、森に・・・帰る事は出来ないよ・・・。
父さんも、他の皆も・・・僕が、戻って来ることを許してはくれない」
「・・・・・貴方がどのような選択をするにせよ、ロガと、お父さんと話をしていきなさい。
一度森を出る決断をした者に、この森はきっと受け入れないわ。最後になるかもしれない会話を、あれで終わらせちゃダメよ。」
「・・・・うん」
今一度、ミリアムはミガラを抱き寄せた。
「ああ、ごめんなさいね、せっかくの客人を待たせてしまって。
私の名はミリアム。精霊の声を聴く、シャーマンです。」
「元、魔女のイノン・イヴァーン・イヴァルノン。元、ね。」
「あらそう、あなたが『無倣者』ね。初めまして」
ピクッとイヴァルノンは口元を引き攣らせた。何となしにミリアムの素性を察したが、白狼が魔女と呼んだ時のどよめき具合だ―――イヴァルノンは引き攣った笑みのまま差し出された手を握り返した。
「魔女・・・だったんですね・・・本当に」
「騙すつもりは勿論なかったのよ、元だし。ただ、元って強調しても、あの反応でしょう?」と、尤もらしい言い方をすると、ミガラはどことなく納得している様だった。この少年はつくづく騙されやすいことにイヴァルノンはちょっと不安になった。
「なあ、質問なんだがよ。
シャーマン、って、なんだ?」
「精霊―――あなた方に馴染みのある言い方をすれば、魔力の声を聴ける者の事ですよ。
意思無き者の声は時として未来への啓示となるため、『預言者』や『祈祷師』などとも呼ばれていますけどね。
ふふ、私はてっきりあなたの主人も『同種』と思っていたのですが」
「そういう大事な事って教えてくれねぇんだよ」
「オセットが途中で話に飽きるからよ」
「へーんだ、それじゃあ聞くぜ、イノン。
いつぞやに精霊種って奴を説明してくれただろ?精霊の特徴がうんたらかんたら外見に出るとかって」
「人種族の中で火やら水やらの属性を取り込んでいる者の事ね」
「あいつらだって精霊の声ぐらい聞こえそうじゃね?あいつらはシャーマンの上位ってことになるのか?」
「それは――――」
ぐら 。
足下が疼く振動の後、徐々に大きく―――――大きくなっていき
地震が起きた
「皆さん!大きな木の根にしがみ付いて!!早く!」
獣たちは一斉に走り出し、皆は近くの木の根にしがみ付いて身体を揺さぶる大地震が収まるのを待った。
数分後。
「やっ、と・・・収まった」
若い木々が根元から折れたり、地面の裂け目が増えたりしているが、下敷きになったりなどはしていないようだった。
「デカかったね・・・こりゃあ町は大騒ぎだわ」
「最近、とても多いのですよ・・・ここまで大きいのは、初めてですけど」
「こんな地震が続けばきっと、森がバラバラになっていくよ・・・」
ミガラに支えられながら体を起こしたミリアムはこう言った。
「私はこの地震を、大地の精霊の代替わりが近いという事だと、思っています。」
「精霊って代替わりするのか?」
「ええ。変わる時期はバラバラですが、精霊の安定した恩恵を受けるには生きた媒体が必要なのです。」
「その成り手『候補』を精霊種って言うのよ。オセット君。」
オセットは鼻の穴を大きく開けて鼻息を吹かした。
「無口な大地が大地震起こしてまで急かして来るのは、何か訳ありなの?」
「私自身は大地のシャーマンではありませんので、具体的な事は分かりません。
ただ、お喋りな風の声を聴く限りでは、前回の引き継ぎが不完全であったせいではないか、と。」
ふーん、と鼻を鳴らしたイヴァルノンの耳元に降りてきたオセットが(もしかして、あの嫌みな一つ目魔人と何か関係があったりすると思うか?)と囁いたものの、イヴァルノンは片眉をあげただけだった。
「まあ、地震が多い事は置いておいて・・・。
森の事情を話してよ。」




