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bdqp  作者: 山本さん
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飛んで火に入る虫の母⑤


 モヒート・モーフェンという虫人は、長い吻と長い6本の手足、そして4枚の羽根を持っている。主に古人が使う旧分類で言えば、彼女は『蚊』だ。


「あなたはどうしてそんな姿なのか、説明できる?」

 

 一人の古人の女の子は、ムッとした表情のまま、その『蚊』に向かって、鼻に付く言い方をした。

 明るい茶色とも、赤みを帯びたとも取れる、僅かにウエーブした髪の毛を肩まで伸ばしており、サイズを間違えている薄手のタンクトップの裾を腰布に織り込んでいる。弛むタンクトップのせいで垣間見える背中には、火傷で引き攣った皮膚の痕がくっきりと刻まれていた。

短いズボンからは彼女の足首がしっかりと出ており、藁を紡いで作った簡素なサンダルを片方だけ履いている。しかし、そのサンダルは酷く毛羽立っていて、足には小さな赤い斑点が出来ていた。

「さてね」

 モヒートは四本の手を器用に使って藁のサンダルを手慣れた様子で編みこんでいた。

彼女の肌色は黒褐色で、全体的にスレンダーだ。目付きはどこかやつれたようでいながらも、睨んだ時の鋭さを彷彿とさせていて、黒く長い髪をかんざしで綺麗にまとめている。紫色のタートルネックのセーターの上に、色とりどりな花の刺繍が施された羽織を着ていた。

「わたしはちゃんと説明できるもんね。ちゃんと勉強したから。」

 女の子はそう鼻高く言い張った。

「あらそう」

 しかし、モヒートがさらりと話題を流すもんで、女の子は更にムッと頬を膨らませた。

「人の血が濃いかどうかで頭の良さって全然違うのよ!全っ然ね!」

「そう」

「じゃあこれ知ってる?獣人って大きな種の中に、獣人や魚人や虫人と、あと、鳥人とか色々含まれるって!」

「そうなの」

「分類学っていうのよ!私たち古人がしっかりと人種族の由来や遺伝とかを研究しているの!すごいでしょ!?」

「ああそう」

「ああ!んんもうッ!!!ちゃんと聞いてくれてもいいじゃない!!自慢させてよ!」


 長椅子、教卓、儀式用の寝台、木炭と紙、石灰石と黒い石板。『神々』の抽象画と、それを崇める獣たちが天井一面に木彫りされており、差し込む陽光によってその空間は荘厳で神聖な雰囲気をかもしだしていた。

 そんな空間で発せられた、女の子の大きな怒鳴り声は人気の無い広間によく響き渡った。

 しかし、モヒートは相変わらず、何事もなかったかのように藁を編みこみ続けた。

「聞いてくれないんだったら今日の礼拝に出ないから!」

「勝手にしなさい」

「ほんとにいかないよ!」

「ええ」

「ほんとに!ほんとのほんとに!行かないからね!!」

「そう」

 女の子は遂に金切り声に変わったが、やはりモヒートは冷たい態度のままだった。

「もういい!『ママ』の馬鹿!!」

 女の子はそう吐き捨てた後に激しく紅潮し、急いで広間を出ようとしたが、モヒートは淡々と言い放った。

「馬鹿はあなたよ。エリ。

裸足でどこへ行くつもり?」

ピタッ、と足を止めてエリと呼ばれた女の子は思い出したように足下を見た。そして「あいたたたたた」藁で擦り切れた足の傷に呻き出し、エリは長椅子の端にちょこっと腰掛けた。

「忘れてただけよ」

「すぐ感情的になる癖は直しなさい。ろくな目に遭わないわよ。」

「別に。ただの遺伝だってば」

「だから、何?」

「・・・、・・・。」

 モヒートの鋭い視線に睨まれて怯み、エリは声を出せずにふて腐れた。

「だって、そう教わったんだもの・・・」

「ああそう」

「ロストルールは、正しいんだよ・・・。」

「・・・・・」

 モヒートの藁を編む手が止まり、彼女はようやく顔を上げた。

「素直に礼拝には出ておきなさい。

 此処にいる以上は、ね」

 そう言った直後に、広間に複数の重厚な足音が響いて来た。

「ちぇ、もう時間なの」

「出席確定ね」

「そのまま逃げときゃよかったわ」

「これはこれは、また逃げようとしていたのかね?」

 大きな角を持つ巨躯な獣人は朗らかな表情を浮かべており、厚みのある口角を常に上げている。

「言ってみただけよ、グラハム」

「またそう言って部屋に籠って本を読み耽るじゃあないか。

 好奇心旺盛なのは良い事だが、時には体で感じる知識も必要だぞ。」

 グラハムの後ろに付いてきた獣人や魔人たちがぞろぞろと広間に入って来て、彼らは粛々と礼拝の準備をし始めた。

「そうだ、エリ。みんなを起こしに鐘を鳴らして来てくれないかい?お役目の子もまだ起きて来ていないのだ。」

「ええー」

「朝に一つの善行、一日スッキリいい気分になれるぞ。」

 優しい口調で語りかけるグラハムだったが

「その子の足元を見なさい」

 モヒートは突き放すような鋭い一言を浴びせかけた。

 グラハムはすっと視線を降ろし、毛羽立った藁のサンダルと血の滲んだエリの足を目に入れると、眉間に皺を寄せて少し驚いたような顔をした。

「これはこれは、失礼した。

 その足で教会の屋根まで登るのは大変だろう。

 最近、よく足元が見えなくなっていてね。いかんな」

「ちゃんと相手を見て話しなさいよ」

 ブスッと刺してくる皮肉にグラハムの笑顔が引き攣ったが、彼はすぐさま笑顔に戻り

「アレジュ、鐘を鳴らして来て下さい」

と言ってその場を離れて行った。

「モヒート、グラハムにきつく当たり過ぎじゃない?

 嫌われちゃうよ」

 エリがぼそっとそう言うと、モヒートは長い吻を指で弾いた。

「八方美人なんて柄に見える?

振り向く度になぎ倒していくわよ」

「ははっ、そういうギャグ好き」


 ごぉぉぉん・・・ごぉぉぉん・・・ごぉぉぉん。


 広間にも響いてくる低い鐘の音。

 カチカチ、と当たる火打石。色とりどりの蝋燭に灯される火。静かに昇る煙と、真っ赤な寝台。

 眠い目を擦りながら、広間に集まる古人の子供たち。


 礼拝は朝に行われる。


「さあ、神の子たち。

 礼拝の時間だよ。」





 渦を巻く大きな骨管を通る荘厳な音楽に合わせ、広間に歌声が響く。


~ 永久の輪廻に 堕ちた神の落とし子よ

   親の抱擁を 受けられぬ 不憫な子よ

   天に還れぬ 神の子を導く 獣に

   血を以て 智を与え賜え ~


 言葉の意味も分からないまま、音符を読み終えた声は、骨管の笛の音の中に吸い込まれていった。

 そして、少しばかりの余韻を挟んだところで、広間に陽光が差し込んできた。大きな寝台の前にいたグラハムは、差し込んできた陽光に照らされた赤い腕章をつけた古人の子供の前に立ち、跪く。

「日向に選ばれし神の子よ。我らに智を分け与え賜え」

「我をみちびけ、獣よ。」

形式ばった言い方で返したエリの隣の男の子は、グラハムに連れられて寝台の前へゆっくりと歩み出た。その間に、古人の子供たち以外の出席者たちは皆その場に跪き、各々手を合わせて祈るポーズを取り、古人の子供たちは立ったまま手を合わせ、目を瞑って俯く。

 赤い腕章をつけた男の子が寝台の前に立つと、グラハムが優しくその子を抱え上げ、寝台の上に乗せる。

 それから間もなく、再び骨管の野太い音がゆっくりと響き出し、寝台の上がチラチラと照り始めた。

シャラララララ、と甲高い金属音が鳴ると共に、寝台の上に寝る子からすぅーっと、一滴程の赤い血が手の甲から天に向かって伸びていき、空中にふわふわと漂いながら球体状に集まっていく。

その一滴の血がポチョン、とグラハムの持つ小瓶の中に落ちると、彼はそれに蓋をした。

「今日もまた一匹、獣が救われる。

 神の子らに感謝の祈りを捧げ給え」

 より深く、より強く、祈りを捧げる周りの獣人や魔人たち。

 そんな彼らを薄く開いた横目で覗いていたエリは、手を組んだまま壁に寄り掛かる、謳う事すらもしなかったモヒートの方を見た。

 この時間が面倒だと言わんばかりに不真面目な彼女の信仰心を、礼拝を終えた後もグラハムが注意したりはしない。

程なくして、赤い腕章を外す男の子も寝台からひょいっと飛び降りて、朝の掃除をしにパラパラと広間から出ていく流れに、取り残された様に立ったままのエリは、同じく手を組んだままのモヒートと目を合わせた。

「大人になったら不真面目でも怒られないのね。」

「怒ってくれる者がいないだけよ。誰しも自分の事で手一杯なのだから。」

 そう言うと、モヒートはエリに何かを投げ渡した。

「うわ、直すの早いね」

 足の皮膚を裂く程に毛羽立っていた藁サンダルは綺麗に整えられていた。

エリは裸足のままだった片足に履かせ、しっくりと来る履き心地に何度かその場で飛び跳ねてみせた。

「もう一方も直して欲しければ早くに起きて来なさい。」

「そうやって私の徹夜癖を直したいんでしょ。はは、御節介なんだから」

 さりげない笑みを浮かべたモヒートに「あ」エリは思い出したように言い寄った。

「さっき『ママ』って呼んじゃったの、みんなに言いふらさないでよ」

「毎日のように言い合っていたのでしょう?」

「そうよ。ロトルの養成所の試験に落ちてから、ママはずっとそのことばかり。

私が不真面目だから落ちたんだって、部屋に閉じ込められたり、課題を終えるまで寝かせてもくれなかったし、パパはいつもママの言う通りにしろってだけ。私の顔を見てさえくれないのよ。

だから私は怒ったわ。あんなところ、私の方から願い下げよ。

ここに来たのは私の意志。連れ去られたなんて酷い言いがかりだわ。」

 言い切った後、エリは一度大きな溜息を吐き、ゆっくりと背伸びをした。

「モヒートはどうして此処に来たの?

 古人の子の血が欲しいから?」

「・・・・・」

 モヒートはしばらくしてから、こう言った。

「親の心なんて、子は知らなくていいのよ」



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