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bdqp  作者: 山本さん
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飛んで火に入る虫の母③



 多種多様な書類が一堂に集まる吹き溜まり、町に一つしかない役所。

 多くの部署があるのに総合窓口を作ってしまったせいで、職務に追われる窓口職員たちのイライラが渦巻くその場所で

「ちょっちょっちょ―――、おっま! 裏から入れ! 今すぐ!! 鍵開けるから!!」

 イヴァルノンの姿を見つけた、机と書類の障壁を超えた最奥のデスクに座していた六つ眼鏡をした虫人の一人が、素っ頓狂な声を上げた。

「知り合いか?」

「顔と名前を覚える程の関わりがなかった同僚じゃない?」

 イヴァルノンは言われた通りに一度役所の正面口を出て、二段しかない幅広な階段を飛び降りた。

それから間もなく、素っ頓狂な声を出していた虫人が脇の通用口から慌てた様子で現れた。彼は正面口から左脇にある鉄柵の鍵を開けて顔を出し、急かす様に手招きをした。

「ビビるわ!せめて支部を通じて連絡ぐらい寄越してから来い、無倣者!」

 イヴァルノンが中に入ると後ろ手に鍵をかけ、開口一番、彼は愚痴を挨拶とした。

「裏手にある螺旋階段で二階の自警団本部へ行け。私はその間に、ビウゼンにお前の来訪を連絡しておく。」

「ビウゼンがいるの?こんなところに?」

「上からの命令で暇だろうからな、お前の相手をするなら奴が適当だろう」

 それだけ言うと虫人は出てきた通用口からさっさと戻って行った。

「ビウゼンって奴は、古巣の知り合いか?」

「彼は『優秀』なのよ。良くも悪くも。

二つ名を貰わない理由が、妻子持ちだから、っていう、パパ」

 草のない整備された道をまっすぐと歩き、役所の裏手に当たる日陰へ入ると、カビが生えたぼろい木造螺旋階段が見えてきた。湿り気を含み僅かに湾曲しているステップに足を掛け、イヴァルノンの体重でもミシミシと軋む音を立てながら昇っていく。

 階段を昇り終えたところには厚手の扉と、内部を伺う事の出来る透明なガラスがあった。そのガラスからイヴァルノンが顔を出すと、ちょうど連絡を受けていたのだろう宙に浮く粘液状の魔族が、感情信号で顔色を変える仮面を嫌そうな表情に変えた。

「手伝ってやろうという私の厚意は入用かい?」

 イヴァルノンがそうノックすると、仮面は驚いた表情を数秒続けた後、真顔に変わった。

 ガチャコン、と厚手の扉が開かれ

「どういう風の吹き回しだ」

ビウゼンと呼ばれた魔族はそう言いながらもイヴァルノンを中に招き入れた。

 宙に浮いている粘液状の魔族は輪郭がはっきりとしており、全身の真ん中より少し下(人で言えばへその辺り)に口がある。露出した歯は綺麗に整えられており、全てが臼歯の様に白く肉厚だ。体質的に物をネチャネチャにしてしまうため、手にはごわごわとした革手袋を嵌めており、口より下の下半身をすっぽりと覆うファッショナブルなズタ袋を着ている。顔がない人種族のコミュニケーションツールとして必需品である、感情変換仮面を額当てのバンダナに引っ掛けており、イヴァルノンへの嫌悪感を表す怪訝な表情を浮かべていた。

「作った借りを堅実に帰してくれそうな君に、恩を売りつける絶好のチャンスだと思ってさ」

 仮面はビウゼンの溜息に応じて、硬い表情を緩ませた。

「呼んでもいないのにわざわざ来るぐらいだ、事情はある程度を把握しているんだろ?」

 ビウゼンはそう言うと簡素な六つ足テーブルの上に腰かけ、そっちから事情を話せ、と指先で促した。

 イヴァルノンは昼下がりに起きた獣の暴走事件に居合わせた事と、その関係者であるミガラを見つけ、聞いて来た事を簡潔に話した。

「彼、此処に連れてきた方がいい?」

 ビウゼンは腕を組んだまま俯いていた。しばらくして、仮面の目が瞬いた。

「その獣族には症状が出ていないうちに森に帰って貰う方が無難だろう。不法入国や友人の暴走などは被害が最小限だったことを考慮して、その事は不問にしてやる。今日の遺体も持ち帰ってくれて構わない。故郷でもない土の中に埋められるのも嫌だろうしな」

「随分と寛大な事で」

「寛大だって?違う。違うんだよ、残念だ、分かっていないな、無倣者。

 いいか?この一件はお前が思うよりも政治臭い。関わるつもりなら敵を作ると覚悟しろ。」

 ビウゼンはそう告げた。

 イヴァルノンは肩に乗っているオセットときょとんとした目を合わせた。

 その様を見たビウゼンは重苦しい溜息と共に、長々と説明し始めた。





「身国執政のダゴ・ダゴダと申します。

ロトルの従士が、遠方からわざわざいらっしゃるとは、如何なさいましたか?」

 その魚人は、角の立つ棒読みをした。


盆国と業国に挟まれ、地域を隔てる巨大なミカト皇山脈を背にする身国を治める王が住まう宮殿の応接間で、襟の高いフォーマルな格好のひょろながい魚人が、背で両手を組みながらくぐもった声でそう言い放った。

「ご存知でしょう?古人の保護も行っているロトルの俺たちが、何故、来たのか。

お分かりでないとすれば、それは、この国の執政として、如何なものでしょうかねえ?」

 乱暴な物言いに同レベルな煽り口調に上辺だけの敬語で返したのは、黒と白の毛並みを持つ犬型の獣人であった。

彼は瞳が見えない程の糸目で、薄茶色の薄手インナーの上に緑の生地と赤い縁を持つロトル従事者の服を羽織っており、腰の半金属のベルトに提げられた短い散弾銃がチラチラと照り返している。

その横にいるのも彼と同じ様な格好の、これまた糸目の猫型の獣人だ。黄色みの強い金色の毛並みを短く切り揃え、左右二本ずつの髭も顔の輪郭に触れる長さに整えられている。

「国というのは、大小多くの事柄を常に抱えているものです。

 あなた方の様に特定の事にのみ対処すればいい、という方針では、当然いられません。

 もう一度、お伺いします。

 何の、御用、ですかな?」

 タコをすっぽり頭に被ったような七頭身程のすらりとした魚人のダゴは、顔のタコ足をくねくねと動かしながら獣人たちに眼付けた。

 応接間として当然に用意されている高品質な椅子に誰も腰かけず、嫌悪感を押し付け合うピリピリとした空気はドアの奥にも溢れ出していた。

「皇国地域の北西地区で古人の子供が行方不明になる事件が多発している。この国だけでも既に13人もな。それなのに、自警団もギルドもまともに捜査しない。そればかりか、同様の被害が出ている盆国や業国も同様と来た。」

「ああ、その件ですか。」

「あんたがこの件について自警団やギルド協会に圧をかけている言質は取ってある。言い逃れはするなよ。」

「それが何か?」

 白々しく対応する魚人の一挙一動にいちいちイラついて取って付けた礼節も剥がれた犬獣人の足を「ぎっ」横に立つ猫獣人が踵で踏みつけた。

「単刀直入に言う。対応しないつもりなら俺たちロトルがこの事件に介入する。その許可を『念のため』取りに来た。」

「丁重に、お断りしたい。」

 ダゴはきっぱりと即答した。

「そもそも皇国地域は魔協会と長年関係を築いて来た地域です。そこにロトルが土足で踏み込んでいる事実だけでも堪え難い。これは停戦協定の第2条に違反する行為です。」

「錆び付いた停戦協定を持ち出すようなら、こっちにも古人保護協定があるぜ。それにちゃんと許可を得てこの地域に入って来たんだ。この地域の長、皇国から直々にな。」

 そう犬獣人が言うと、ダゴは明らかに険しい表情になり「愚かな皇め・・・」きつい目付きを更に鋭くした。

「ロトルだって地域の政情を荒らしてまで魔協会といがみ合うつもりはない。

 だが、古人の被害が続いている現状を、国が『故意に』放置しているのならば、彼らを守る為に俺たちが出張るのは当然の成り行きだ。」

「勘違いなさっているようですが、私はその事態を故意に放置しているとは一言も申しておりません。

 ・・・この事件は周辺国を絡めた事態であるが故に、慎重に、捜査を進めさせているのです。」

「ロトルの鼻にかからないよう『慎重に』、か?」

「事態を悪化させないため、です。」

 ダゴは背を向けた。

「奴らはこの国にアジトを置いています。ですが、その場所は森。人の社会と隔絶された、人の血を持たない族の領域から活動しているのです。

 この国には森が多い。人と族の社会の摩擦で幾度も争いが起きてきました。それ故、彼らを刺激しない為にも慎重に、且つ、確実に奴らを捕まえねばならないのです。」

「族が古人を襲っている、ってことか?」

「事態をお分かりになったのであれば、そのままこの国から出ていくことです。

 この国で、火に油を注ぐような事をなさる前に。」

 二人の獣人は一度顔を合わせた後、「見立てが違うな」同じタイミングで鼻を鳴らした。


「俺たちは、魔協会員が犯行グループにいる、と思っていたんだがな」


 ダゴは背を向けたまま、ピクリとも動くことはなかった。

「あんたには悪いが、ロトルの本部からこの事態に対処するよう正式に命令が下り、皇国を通して認可された以上、この国の許可の有無は関係ないんだ。俺たちはただ土足で入るこの国に、律儀に『失礼するぜ』と言いに来ただけだからな。」

「無論、その介入によって争いへ発展させないように善処すると約束する。」

「・・・・・バカが」

 理性の皮を剥がした憤怒と憎悪の面で、ダゴは振り返った。

「個の為に全を犠牲にするつもりなら、貴様らの秤は狂っている。」

「親は子の為に全てを投げ打つぜ。

それを狂っていると思うのなら、あんたにとっての命は数でしかないんだな」

 苛立ちを隠せなくなったダゴの睨みに飽きたよう、二人の獣人は応接間から出て行った。

 礼節もなく扉が閉じられるのを見届けた後、ダゴは一人、鼻で笑った。

「勝手にすればよい。つけを払うのはお前たちだ。」

 



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