飛んで火に入る虫の母①
「はあ・・・。」
ガタゴト、ガタゴト・・・大きな溜息が凸凹な道を進む車輪の音に紛れる。
巨体な二匹の獣族が引いていく車体に設けられた向かい合わせの座席には、三人の古人と小さな魔人が座っていた。
隣り合う二人の古人は壮年の夫婦であり、お互いの手を不安そうに握り合いながら、向かいに座る二人の手が止まるのを待っていた。
空はどんよりとした雰囲気に反比例して青々などっぴんかんで、主張のない雲がちらほらと浮き流れていた。雨が降りそうな気配はないが、どことなく風は湿っぽかった。
「では・・・最後に、お聴きした内容に誤りがない事を、確認していただけますか?」
レンズの入っていない黒縁の眼鏡を、老眼鏡の様に鼻翼まで降ろしている若い古人男はそう言って、今までメモしていた電光板のページを変えた。
「三日前、友人らと遊びに行っていた11歳のご息女・・・と、その友人ら三名が行方不明になった。
ご息女の名前はエリ・ジェンナー。赤毛で髪は肩まで。背は140センチ程。肌は白色、目の色は青。背中に小さな火傷の痕がある・・・。」
「そうです・・・間違い、ありません」
妻は目に涙を貯めて夫に縋りつき、夫は妻の肩を擦った。
「お願いします・・・娘を、エリを・・・見つけて下さい・・・。
国に届けを出しても・・・まともに、取り合ってくれなくて・・・」
「多種族人種が住まう国の多くは、古人が安心して暮らせる環境が出来ていませんからね。」
目のついた大きな帽子を被っている童顔な魔人は、事務処理の様な口調で言った。
「それを理解した上での自己責任、と、一般的にされてしまいますからね。
被害が出たとしてもその多くは弱肉強食で片付けられてしまい、泣き寝入りせざるを得ない。」
「分かっています!!
それは・・・分かって・・・、いました・・・、・・・。
自衛は、してきました・・・。今迄、ちゃんと・・やってきた筈なのに・・・。」
「子供たちが知らず知らずに電磁結界の外へ出てしまった」
「外に出てはいけないと・・・あれほど言ってきかせて来たんです・・・外の世界に、出たら・・・いけないってぇ・・うう」
遂に妻は泣き出して、未だに口を開かない夫の胸にしがみ付いた。
「・・・お願いします。」
そして、夫は初めて口を開いた。
「国にも自警団にもギルドにも頼れない・・・。古人の味方をしてくれるのはあんた達だけなんだ・・・・。
頼む、ロトル・・・あんた達が個人的な依頼を受けない事は重々承知しているが・・・金ならいくらでも出す・・・それ以上を望むのなら一生賭けて払い続ける・・・だから!
娘を、俺たちの、たった一人の娘を・・・見つけてくれ・・・頼む!この通りだ!」
夫は深々と頭を下げ、嗚咽を呑み込んだ声を漏らした。それに続き、妻も深々と頭を下げた。
それから数秒後、頭を上げて下さい、と声を掛けた若い古人男は口角を僅かに上げた。
「お金はいただきません。営利目的での個人的な依頼はお引き受けできませんから。」
「・・・それは」
「我々はその調査で此処に来ているんです。この国と、その周辺で古人の行方不明の報告が多数上がっていたので。」
「つまり、お二人のご依頼は既に行われている最中、とも取れますかね。」
小さな魔人の言葉でようやく意味を理解した二人は安心したのだろう、力なく腰を落とした。
そして脇目を振らず、夫婦は抱き合って泣き喚いた。
古人が住まう地域のほとんどには、多くの人種族を拒む電磁結界が張られている。
姿が見えなくなるまで頭を下げ続ける夫婦を、電磁結界のある近くの古人集落まで送り届けた後、若い古人男は車体の窓から晴天を仰いだ。
「これで、三度目ですね。直談判。」
「・・・・。」
「少なくとも29人。
8歳から15歳までの、古人の『子供』ばかりが狙われている。それなのに、国や自警団はまともに動いていない。
どう思いますか?バックアー」
バックアー、そう呼ばれた古人男は眼鏡を外し、目を細めた。
「身国に事情を聞きに行っているコポたちの連絡を待とう。
例え魔協会が誘拐に関わっているとしても、どのみち・・・。
・・・片っ端から殺してやる」
「盆国に来た理由を、お前らは覚えているのか?」
姿は見えない。どこからともなく聞き覚えのある声がする。
だが、察するに土の中からだろう。
適度な湿り気と爽やかな風が通るテラス席、流れるBGMの様な雑踏の中でもハッキリと聞こえるその声には、グツグツと沸き立った感情が込められていた。
氷だけ積まれたグラスの中をストローでガラゴロゴロロ。頬杖をついていた古人女は、ストローの先を噛んだ。
「ああ、その鬼人ならもう国を出ていると思いますよ・・・って、即答されちゃあねぇ」
その古人女の外見は、鮮やかさを捨て去った無地の服装にも増して平凡そのものだ。平均値よりも僅かに低い上背と、やんわりとふくよかな丸い輪郭、唯一気になる程度の風変りな杖を携えているだけの、『若い』古人女だ。
「お目当てのギルド長はもうこの国にいないし、西に向かった―――って事が分かっただけ進歩じゃない?
アストン君。
田舎町で優雅にランチぐらい楽しませて欲しいなあ」
低くも高くもない声で、抑揚の付け甲斐のない無頓着な言葉を漏らして再び、古人女は僅かな水分を掻き集めるように吸い上げる音を鳴らした。
古人女が頬杖をつくテーブルの上には食べ終えた皿が何段も積まれており、きつかったのだろうベルト代わりの腰布はだらりと肩にかけられていた。
姿は一向に見えない、声だけの主、アストンは溜息と分かる音を吐きつけてきた。
「役に立たない奴だな」
「なんだってぇ?」
役に立たない古人女ではなく、テーブルの上で寝転がっていた小さな白い竜人が裏返った声をあげた。
「おいこら!役に立たねぇはねぇだろ!
役に立とうって意欲がねぇだけだ!」
古人女の手の平程しかない竜人がそう怒鳴ると、「同じだ」淡々とした声が返って来た。
歯痒そうに眉間に皺を寄せた竜人は、ストローを小さく折り畳むことに専念している古人女の方を仰ぎ見た。数秒の沈黙で顔を上げた古人女がその視線に気付くと、片眉をひり上げた。
「アストン君は私より強いし役に立つんでしょう?
そんなに急ぐなら呑気でマイペースな私に任せていないで、一人で探して来ればいいじゃないの。」
そう言い返すと、今にも器量から溢れ出そうな無言が返って来た。
「おっととととと」
ズズズズズ、地面が縦方向に揺れているのか、テーブルの上の積まれた皿がカチャカチャと騒ぎだし、グラスの中の氷のブロックがカラカラ隙間に落ち込んでいく。
「・・・・もういい」
くぐもった声でアストンは一方的に会話を断ち切った。
それから間もなくして地面の揺れはピタリと収まった。
動かなくなった地面をテーブルの上から恐る恐る確認した竜人は立ち上がり、古人女に声を掛けた。
「なあ、一応、聞いてみたいんだがな・・・アストンは、精霊種だろうって、言ってたろ?
・・・、地震とか、起こせちまうのか?」
「出来るんじゃない?
付き人に数量限定プリンを食べられた精霊種が三日三晩ハリケーンと化した、とか聞いた事あるし」
「お前さ、天災を引き起こす導火線を踏みつけている自覚はあるんだよな?」
「私は『地』に足を着けているだけよ」
古人女はそうぼやいてグラスに手を伸ばしたが、そこに氷しか入っていない事に気付き、持ち上げることなくそのまま手を離した。
「もしかして、入用ですか?」
その様を見ていたのだろう飲食店の店員がメニューをちらりと見せて来た。襟元が緩い店内の従業員と比べて、どことなく新人らしい、窮屈そうなピチッとした身なりをしている若々しい獣人だった。
「いや、もういいや。ごちそうさま。
これ以上は財布ごと払わなきゃならなくなるからね」
「では、お済のお皿を片付けておきますね」
わざわざご丁寧な新人獣人ははにかんだ笑みを浮かべて、少しぎこちない手際で積まれた皿を重ねて運んで行った。
そろりそろりと注意深く皿を運んでいく背中が店内に入るまで、横目で見ていた古人女は鼻を擦った。
「アルバイトかな」
「いちいち気にするなんて珍しい」
「なんていうかさ・・・ちょっと、獣臭くなかった?」
「獣人なんだから普通だろ」
気のせいか、と呟きながら古人女は席を立ち、竜人が肩に飛び乗るのを待ってから会計に向かった。
「ごちそうさま」
先日、依頼報酬相当として貰ったご当地酒は、田舎の飲食店でたらふく食べてもお釣りが出る程に高価なものだった。
「下戸で良かったと初めて思うよね」
まだ重みが残っている財布を携え、西に向かおうと町の外へと歩いていた・・・そのときだった。
「うわああああああああああ!!!!」
「??」
先程までいた飲食店近くから聞こえてきた悲鳴と怒号、そして爆音。
立ち止まって振り返る古人女を追い越す様に皆皆が逃げ出す中、雑踏の奥に見えたのは、雄叫びを上げる巨大な獣の化物だった。




