抜け穴は通りにくい③
オセットは背中に飼い主を乗せ、助走をつけてマグマの上に飛び出した。斜め横に向かって。手足の三本の指を精一杯に広げて凸凹な壁に吸い付き、横向きのまま壁を走っていく。
「イヤッホー!」
上機嫌にいななき、蒸気吹き出る岩壁を駆け走る。
イヴァルノンは熱に当てられないようにオセットのマントで身を覆った。
「向こう岸まででいいんだよな?」
「向こう岸が涼しければ良し!」
失速することなく走り、反対岸に届きそうな具合で跳躍。オセットは難なく渡りきった。
「あっという間に渡りきったぜ、へへ
お褒めの二言三言くれてもいいんだぜ?」
マントに包まったまま引き籠もっている飼い主は裏返った声を上げた。
「あづぅぃまだあづぃどーゆーこと」
「ここは既に皇国の領土だ」
金切り声を無視した魔人の声が返って来た。辺りを見渡すも姿は見えない。声が反響してきているのだろう。
「灰色の影を見かけたら目立った行動を起こすな。皇国領土の何処にでも奴の目は届く。」
「灰色だって?」
「白が混ざった影だ。すぐに分かる。」
「ほんとか?灰色の影なんて俺は見たことないぞ?」
「見れば分かる」
魔人の声はそこでパッタリと途絶えた。マグマが湧き上がる音がまたうるさく響いてきた。
「もしかして、面倒な事がもう起こっているってのか?」
「そんなことは後でいいから走ってくれない?熱いんだけど」
道は複雑に入り組んでいた。
上下前後左右に開いた穴、至る所から吹き付けて来る熱波、時折嗅覚を殺しに来る硫黄。
貰ったナビ石を頼りに進んでいなければ、抜け穴を通り抜けるまでに詰まってしまっていた事だろう。
「なあなあ、こっちには何があると思う?」
ナビ通りに進んでいたオセットは興味本位にそう言って立ち止まった。ナビが示さない穴を指さして。
「今は早く外に出ることが先決だと何度も言っているんだけど」
イヴァルノンは一息にそうまくしたてたが、それでもオセットの好奇心は変わらなかった。
「顔出すだけだからさ」
「何言ってんの」
「何があるのかなーって見るだけだって」
「勘弁してよ」
「何だよ、まだまだ時間切れ前だろ?そんなビビんなって」
「ビビってないし―――オセット?
オセット!」
イヴァルノンの焦燥感を無視して、オセットは正解の道ではない方を覗き込んだ。
「暗くてよく見えねぇな」
「だからって前に行かないでよ」
「いつもの楽天主義はどーこ行っちまったんだ?そんなに不安か?へへへ」
どうせ何もないんだろう?そんな肝試し感覚でオセットは数歩、踏み出した。
「あっ」
ズゴッ、ポゴ!
「ガァアッッデム!!」
脆い地面を踏み抜き空いた穴に、オセットの肥えた腹がすっぽりとはまってしまった。
「ああっ!俺の足が!この下はやべぇ!マグマだ!近い位置にマグマを感じる!!!」
「信じられないわ・・・」
「溜息吐いてないで俺を引き上げてくれよ!!」
「君に乗れるぐらい小さくなっているのにどうやって君を引き上げろって言うんだ」
「アアアアアアアアッッッ!!!!!」
オセットの情けない悲鳴と、ひ弱な手を地面に叩きつける。
ピキピキッ。
オセットの嵌まっている地面から、ヒビが広がっていく。これはマズイと他人事に思っていたイヴァルノンが杖に魔力を込めた―――そのときだ
地面が割れ砕けた
二人は蠢くマグマの上に放り出されてしまったのだ
「あっぶ・・・なっっっぁっつ!」
イヴァルノンは落ちる直前に杖に魔力を込めた。魔力によって形状を変形出来る杖は、彼女の意志を忠実に具現化した。
如意棒の様に伸びた杖の末端はピッケルの様に尖り、二人分の体重に堪えられるだけ深く頑丈な岩に突き刺さった。
「もぎゅッ」
そして、杖を握る反対の手で、結果として首を絞めるようにオセットのマントを掴まえた。
「アチチチチ!痛い!肌から痛い!!『圧痛』!!!」
「ちぇっとも寒くぅねえぞぉぉ」
ぐいっ、と杖を握る手を引くと、元の大きさに戻る勢いで二人の身体が持ち上げられる。
「げっ」
しかし、落ちてきた時よりも地面の穴は大きくなっている。どうやら・・・少しずつ崩落しているのだろう・・・。
マグマの上に危なげに浮いていたのだ、今迄の道は。グツグツと煮え滾る赤熱のマグマの上にあるだだっ広い空間の途中、岩で作られた筒状の道が長々と続いていたのだ。
そして、嫌な予想が過る程、岩で出来ている道は薄かった。
「ひでぶ」
「あんちくしょうめ!」
ひび割れていく音の上に立ったイヴァルノンはオセットを引き摺り上げた後、恨めしそうに愚痴った。
『あの抜け穴はかなり脆い。渡した地図が示す通り進むことだ』と、言ってくれさえすれば良かったのに、何が『最低限皇国に入るまでは持っておくことだ。そのせいで面倒な事になったとしても、しらないからな』だ。
「タダ飯くれなくちゃあ割に合わない!」
ビキビキバキバキズドドドドドブブドブンンン。
ひび割れから崩落に変わった音に押されて、オセットはイヴァルノンを乗せ、四足で疾走した。その間はイヴァルノンが石地図のナビを口頭で伝えた。
「うっわ」
「なんだなんだ後ろ向けねぇから教えてくれよ」
「知りたいの?」
「え、いや、何、怖い」
「崩落が早い――ん」
「ぎゃん」
崩落がオセットの全力疾走を追い越し、足場がボコボコと重力に引かれ始めた。足場を選びながら跳ぶように走っていたが、徐々に上体が起きて来て坂道が階段状に―――そして崖のようになっていく。
「アアアアアアアッッ!!!」
「!!オセット!あそこ!あの鉄柱!もう出口――っぽい!」
明らかに出口光と風が漏れ出している場所が見える。
「唸れ俺の後ろ脚ィィイ!!!」
ビョン!
オセットは精一杯のキックで飛び上がった。
しかし、僅か、短い手足が届かない―――ので、再び伸びた杖が鉄柱を掴み、急激に縮む勢いで出口っぽい場所へ―――二人とも全身を強打した。
「痛ぁ・・・ぁーたたた」
「悪い」
腰を岩に打ち付け、ついでにオセットの下敷きにされ、イヴァルノンはしばらく蹲った。
「出口っぽい、のは本当に出口みたいだぜ、イノン。建物が見える」
「ああそう・・・素の古人スペックでゴツゴツした岩に腰を強打して・・・火傷と打撲で救急搬送していいと思う。保険に入っていないけど」
「唾つけとくか?」
「んー、気持ちだけ受け取っとくわ・・・後で、自然治癒の、魔性を使っとく・・・うぅ、いたたたた・・・」
オセットの手を取って立ち上がったイヴァルノンは、杖に体重を任せて顔を上げた。
「ああ、見事に崩れ落ちたね・・・ギリギリセー・・・アウトか」
「ひぇー・・・俺たち、結構上がって来たんだな」
オセットの言う通り、マグマはかなり下に見える。一つ目の魔人と出会った場所と思しき場所からすると、結構な急勾配な坂道を登って来た様だ。
「そう言えば・・・あの魔人は?マグマに落ちた?」
「本当に、お前は魔女なのか?」
ずっと引っ付いて来ていたのか?と思う程に会話へ自然と入って来た声は、出口の向こう側から聞こえてきた。
ガラゴロ、と塞がれていた岩を退かしてみると、爽やかとは言い難い熱風と日光、そして『足』が見えた。
「あれ?」
遠目とは言え先程見た時よりもはるかにサイズが大きい。二人は魔人を雲を貫く塔の様に見上げた。
「本来のサイズって、そんなにデカいの?」
「・・・・。いい加減に元のサイズに戻ったらどうだ?」
「ああ、ごめんね。元に戻ると身体への負担が大きくて、すぐ気絶するからさ。安全なところでね」
「・・・・・・」
魔人は対応に困っているのだろうか、顔がある位置が高すぎて表情が伺えない。
「俺の名はアストンだ。ランドロムさんと連絡をしたいのなら俺を通せ」
「ランドロムって言うの、ウォロ」
「あの方は、訳あって自由に移動できない。代わりに俺がお前を監視する。」
イヴァルノンは、監視、という言葉に首を傾げた。
「まあ、旅は道連れだしね。宜しくどうぞ」
「だが、俺はまだお前の力に納得していない。」
「査定するなら前以て言ってくれなきゃ。抜き打ちで決めつけるなんて卑怯じゃない?」
「お前より俺の方が強い。」
「よく分かったね、褒めた方がいい?」
喧嘩腰のアストンに対し、イヴァルノンは尖った返答をした。腰を打った痛みのせいで不機嫌になっているのだろう。
「・・・・、なんつーか、俺は論外って事だけは分かったけどよ。
立ち話も難だし、アストンよお、此処から近い宿屋に案内してくれねぇか?」
「野宿より高くつく所なら何処でもいいよ」
「・・・いいだろう。あの方からの言葉も伝えなければならないしな」




