抜け穴は通りにくい②
「おおーおおーおーっ!
視線が合うってのは新鮮な気分だぜ」
くるぶしサイズから主人を見上げていたペットは、頭をもたげることなく自分の主人と目を合わせた。
「身体の規格に合っていないから・・・反動だけでも卒倒する、しさ・・・、・・・ねぇ、この身の丈熱くない?膝下まで火傷しそうなんだけど」
「へへーん、俺様の魅惑なマッスルボディがどんな環境にも耐えられる事をようやく理解したようだな!」
「ああ、そう・・すごーい・・・はあ、時間切れより焦げる方が心配になってきた」
そうぼやいたイヴァルノンは、届かない程高くなった洞窟の天井を見上げて溜息を吐いた。
「その前に町の中へ入れさえすりゃあいい。つまり急げ、だな」
「まさかミートパイになる恐怖に背中を押される羽目になるなんて・・・最低だわ」
この洞窟は自然に出来たものではないらしい。
等しく角の揃えられた岩柱が崩れかけの洞窟を支え、赤熱する地面から足を守る樹脂状の簀の子が所々に敷いてある。一定間隔の壁には薄黄色に光る石が嵌め込まれているため明かりにも困らない。
「誰かが此処を作ったんだろうな。皇国へ密入国しようって考える無謀な奴らは意外にも、俺たちの他にもいるらしい」
イヴァルノンはオセットと肩を並べながら駆け足で簀の子状の直線道を進んでいき、最初のT字路に差し掛かった。
「こういう時こそ石地図の出番だぜ」
オセットは早速腰にぶら提げているお気に入りの石地図を取り出した。
石地図が示す白い点滅は、ご丁寧に現在地から向かうべき方向を照らしてくれているようだ。
「右だな。その次の十字路は真っ直ぐ突っ切る」
石地図に導かれるまま洞窟の奥へ奥へと小さな足を運んでいく。
しばらくすると、洞窟に僅かな隙間から差し込む自然光に照らされた空間に出た。
そこは、殺人的な灼熱の黒岩大地と比べ物にならない程、良心的な清涼さの鍾乳洞だった。
逆さまの鍾乳石から絶えず透き通った水が滲み出し、幾重にも形成されている水盆がそれらを受け止める。水盆から溢れた分は下に貯められていくようで、遠近感が狂うほど澄んだ水の中をブクブクと泡が泳いでいる。
「いい湯加減、なんだけどな・・・」
オセットは足先で温度を確かめた。貯まっていく水の下、泡が顔を出す穴からは熱が出ているのだろう。
「浸かるのは止めときなよ。何があるか分かったもんじゃない。」
透き通る水のお陰で見える奥底には、何やら物騒なものが沈んでいた。
ピチョンチョン、足の裏に吸い付く水音を跳ね上げながら、大きな水盆の縁を走って行く。
石地図が示す方、広まった空間を抜けて再び見えてきた狭い穴は、先ほどと違ってかなり整備されていた。
崩れかけの道をなんとか補強して通れるようにしていた酷暑の抜け穴に比べて、今度の道は四方の壁をコンクリート様の素材でしっかりと固められている。
「寧ろ、皇国側からこっそり国外に出るための抜け穴だったりするのかな」
「仮にそうだとしたらよ、誰がこの道を通るんだ?一般市民か?」
「さあ・・・密入国をばらしそうにない情報通に訊くしかないんじゃない?」
トンネル道は奥に行けば行くほど広くなっているが、時折、顔が引き攣る不吉な熱風が吹いてくる。
「地図的には、また大きな空間に出るみた・・・あ?」
「ん?」
オセットが視線を上げた方を向くと、そこには一つ目の魔人がいた。
土色のレンガを重ねた様な身体をしていて、顔の半分くらいある一つ目が半分だけ見えている。三頭身ぐらいの体格で、イヴァルノンたちと目が合うぐらいに小さい。
「あ」
魔人はこちらの姿をしばらく見つめた後、ぷいっ、と踵を返してパタパタと駆けていった。
「何だったんだ?」
「なあ、アイツが抜け穴の監視員とかだったらヤバくないか?」
「それは・・・確かにまずい」
足が短い割にはすばしっこい魔人を追いかけて進むと、トンネル道から大きく開けた空間に出た。
「げっ」
道は巨大空間でバッツリ途絶えており、随分前に崩れたのだろう残骸が赤いマグマに浸かっている。元々繋がっていたのだろうトンネルは、熱で歪んだ空間の向こう側に小さく見えた。
「あそこにいやがるぞ」
魔人はマグマから顔を出している岩や人工物の残骸の上を足場にしていた。そして、こちらに振り返って口を開いた。
「進む気がないのなら引き返すことだ。」
「ん、聞き覚えのある喋り方」
「あの方の期待を裏切るなよ。」
それだけ言うと魔人は、立ち止まっている二人を気にする素振りもなくマグマの上を進んでいき、あっという間に遥か向こう岸までたどり着いてしまった。
「・・・あの、方?」
「兄貴はお偉い方って事だろ」
「料理の道を究めんとする、熱血師弟関係なんじゃないの?」
「それが正しいんだとしたらお前を心の底から尊敬する」
イヴァルノンはその場でしゃがみ、空間を歪める熱の発生源を覗き込「アヂッ」もうとしたが、熱の刺激に弾かれて後退した。このまま飛び降りようものならば、あっという間にジューシーな古人の丸焼きになってしまうことだろう。
「コピーしてきた中に熱から身を守るような魔性はないのか?」
「あるっちゃあるけど・・・」
イヴァルノンはオセットに目で訴えた。彼は同じ目線になった違和感に慣れずにしばらく呆けていたが
「あー・・、俺か」
訴えられている視線の意味を理解すると、オセットは視線を逸らした。
「正直なところ、小さくなる魔性だけで制限までの8割ぐらい来ているの。
残りの2割をフィジカルの強化と熱耐性に費やしているから、実質もう頭しか使えるところがない。」
「認識できる範囲内にいる奴らの最底辺と同レベルしか力を発揮出来ない・・・、と。
なんだってそんなストイックな制限にしたんだ?お前そんな性格じゃないだろ」
「魔協会にいたときは特に困らなかったんだよね・・・それに制限掛けたの私じゃないし」
「はいはい、ポテンシャルに天地の差がありますでしょうね、俺がひたすらに弱ぇんでさあ。嗚呼、嘆かわしい。俺の脆弱さは罪だぜ。へっ!」
「そんな捻くれてないで、ほらオセット、頭下げなよ」
「なんだって?」
不貞腐れたオセットが振り返ると、そこにイヴァルノンの目はなかった。
「ああ、なるほど・・・俺様が馬になれって事か」
イヴァルノンは更に身体を小さくしていた。ペットの腹に潰されそうな大きさの彼女はオセットを仰ぎ見た。
「私の頭まで登って来られる器用さと、この環境に堪えられる耐熱性の身体を存分に駆使してくれたまえ」
初めて自分よりも小さくなった主人を見下ろしたペットは不敵ににやけた。
「ふん、しっかり掴まらないと振り落とすぞチビスケ」
「図に乗らないの」




