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bdqp  作者: 山本さん
20/56

客選び




 誰もその男の事を詳しく知らない。


 鮮やかさなどないモノクロの彫刻のようだが

 不思議なことに、男は自然と風景に溶け込んでしまう。


 道端に転がる小石のような、存在の希薄さを備えている男は

そんな小石の声が聞こえる『耳』を持つ聡い者へ

自らをウォルファロと名乗る。



「開いて、いるかな?」

「・・・・・」

 皇国によって侵略された北方四か国の一国―――盆国タイボンの外れ町、その潰れかけた商店街の、路地裏のボロ屋。

 巨大な盆樹に作られた国には常に、盆樹が作り出す粘つく樹液が雨となって降り続けている。

この悪天候の今日にもまた、ウォルファロの許に客が現れた。

「開けたら閉めろ」

「あ、ああ、すまない」

 夜の訪れが近い頃合い、灯りのない店内を物珍しそう眺めながら、巨躯な竜人男は床に固定された椅子に腰かけた。

「噂には聞いていたけど・・・本当にあったんだ・・・」

 自前の闇飛ばしランタンをカウンターに置き顔を上げた赤いバンダナを巻いている竜人は、ウォルファロに全く目向きもされない事へ戸惑った。

「メニューとかあるのかな?」

「俺は『呼んだ』者以外に飯は出さない」

 その言葉は噂にはなかったのだろうか、どこかポカーンと口を開けた竜人にウォルファロは言う。

「お前は客ではない。」

「ほ、本当に此処は店でいいのかい?」

「店だ」

「個人宅に入り込んでしまった様な気まずさだなあ・・」

「いつでも帰ればいい。扉に鍵はしていない」

 竜人は竦めた。

「何度も言う。お前は客ではない。

 飯は出さん。水も出さん。

ただ選択する自由だけをくれてやる。

 さっさと帰るも、一夜を越えるも・・・お前の勝手だ」

「・・・・じゃあ、せめてもの日が帰って来るまで座らせて貰うよ」

 竜人はそう言ってカウンターの上に置いた闇飛ばしのランタンを点けた。

「・・・ん?」

 すると、さっきまで台所にいた筈の人影が消え失せていた。

 慌ててランタンを持ってカウンター裏の台所へ回ったが、やはりそこは既にもぬけの殻であり・・・チリチリと光を反射する一粒の小石だけが落ちていた。

「・・・・・お、お腹・・空いていたんだけどなあ・・・」







「邪魔するぜ」

 皇国の隣国、砂国

 夢や幻に憧れて、過去の遺物を掘り起こし続ける国の外れ町。

 その捨てられた廃屋の一つに、紙煙草を咥えた魚人男が現れた。

「外は埃に塗れていたが、中は異次元のように綺麗じゃないか。

 外見ではなく、内面を見よ・・・その心意気、店主よ、俺は気に入ったぞ」

「・・・・・」

 ヒトデ型、と言えばいいのだろうこの魚人は、人の血との適応が良かったのか悪かったのか、どことなくバランスの悪い(もしくは良すぎる)顔立ちをしていた。だが、血が馴染まなかったことはどうしようもない生理現象と遺伝の話だ。

「ふっ、この俺の惚れ惚れする顔立ちに驚かせてしまったようだな

 店主、この店にハードボイルドな10年もののバーボンは置いてあるかね?」

「ない」

「そうか、それなら」

「禁煙だ」

「うーん?」

「メニューは俺が決める」

「ほう」

 話がなかなかに噛み合わないようで、魚人は肩を竦ませた後に背負っているバッグから袋状のエチケット灰皿を取り出し、煙草をスッ、としまった。

「それはお任せということだな」

「・・・・・・」

「ほう!無視か!

 全く俺という奴は、落ち着いた雰囲気の店を見つけちまったようだな」

「お前は客ではない。飯は出さん」

「ほほう!面白い!この店は客を選ぶのか!

 しかし残念だな、この俺が店主の御眼鏡に合う男でなかったということか」

「連れがいるだろう」

「うーん?」

「飯を喰いたければ奴を連れて来い」

 魚人はウォルファロの顔をじぃーっと数秒間覗き込んだ後、鼻を鳴らして笑みを浮かべた。

「マスターは客に見合うということか。ふっ、店主、あんたは良い目を持っている。

 だが、マスターは此処には来ない。いや、来られない。

 何故なら、マスターにはこの店の天井が低いからだ」

 そう言うと魚人は椅子から降りた。

「せっかく見つけたイイ店の天蓋を傷つけたくはない。

 実に残念だが今日は諦めるとしよう。

 だが店主、次に会う時は必ず、より洗練され磨きのかかった俺が客として・・・・」

 魚人が振り返った時には既に、人影は無くなっていた。

 気配一つ感じられない。まるで騙されていたかの様に。

「ふっ・・・幻か

 だが、この一時を俺は忘れることはないだろう」






「どうして店を転々とするの?」

 飯のお代のお使いから帰って来たひょうきんな古人魔女は、爆睡するペットの尾をちまちまと抓みながらそう口にした。

「用があるから此処に来た。それが終われば別へ行く」

「世界中のレシピを探しに行きたいならいっそのこと自分で行けばいいのに

 一人旅だって余裕なぐらいにウォロ君、君って奴は恐ろしく強いじゃないの」

 皿を拭く手が止まり、厳つい表情の視線を上げるウォルファロに対して、しかしながら魔女は不釣り合いな笑みを絶やさずに頬杖を突いた。

「私は皇国へ、黒王に会いに行きたいの」

「そうか」

 カチャ、と最低限の音だけを鳴らして皿を積み上げる。

「止めたりしないの?危ないよ~とか、今まで会って来た奴はみんな生きて戻らなかったとかさ」

 積み上げた皿を棚に収納した後、ウォルファロは振り返った。

「お前の自由だ」

「まあね」

「それに、あれは自然災害のようなものだ。

 狙って会えるものではない」

 きょとーんと目を丸めて口を歪ませた魔女は、何故?とは訊かずに、やはり笑った。

「自然災害ね・・・そりゃあもう運任せだわ」

 闇飛ばしのランタンが燻り始める、光の顔だし。

 すやすやと未だに眠り続けるペットを頭に乗せた魔女は、風変りな杖を持って椅子から降りた。

「ウォロ、新しい皇ってイケメンだったりするの?」

「・・・・いけ好かないことには違いない」

 不動な顔が微かに解れて鼻で笑う様は、いつにも増してどこかいじらしかった。


「皇国へは長旅だろう。

 これを持って行け」





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