勇者バックアー④
ようやくバックアーが認識できた魔族の攻撃は魔性ではなく、体質に近いものだった。
粒子状のそれが魔力に反応して集合し、爆発的に膨張して呑み込んでくる。
地面ごと抉り取った断面は実に鋭利で、何事が起きたのか周りが気付かない程に無音だ。
「あまり人の目に触れられたくてな。シャイだか――」
パンッ!
「いったっ!?!!」
片手用の散弾銃をぶちまける。その発砲音で周りがどよめき出した。
「町中でなりふり構わず発砲とは―――世間体を気にしないのか!?」
皇の即位式が行われているその日に、ロトルが首都で発砲―――それが何か問題か?と言わんばかりな態度だ。
しかしながら、バックアーは間髪入れずに2発目を放った。
「!」
2発目は奴の目の前で闇の中に消えた。
そして、奴とバックアーとの間を、粒子で形成した大きな黒い口が隔て
(ロトルとの戦い方を知っていやがる)
バックアーの前から魔男は姿を消した。
360度全体を急いで見渡しても奴はいない。恐らく魔性の能力だろう。透明化というよりも瞬間移動だ。
「おい!何をしている!?!」
国にとって大事な日に、城下町で、白昼堂々と戦闘が始まれば、警備員が血眼で駆けつけてくるのは当然だろう。
「近づくな!あんたたちがどうにかできる相手じゃない!」
「相手だと?お前の銃口は誰に向けられているというのだ?」
警備員は日常の喧嘩沙汰を治めにいくつもりでバックアーへズケズケと近づいてきた。
その後ろに、塵程の黒い粒子が浮かんだ。
「さあ、その物騒な物を地面に降ろして両手をあげるんだ。言う事を利かな」
三発目は警備員のこめかみを掠り、巨大化した黒い粒子を弾き飛ばした。
「お おっ、おんま―――ッッ」
「感知能力のない一般民に魔女魔男の区別は出来ない。あんたを庇いながら奴らの相手が出来る程、僕に余裕なんかないんだ。ここに居続けるつもりなら死ぬ覚悟をしろ」
「ふっ、可哀想に」
「あっ!?!」
警備員の背後に湧き広がる粒子と、目。後ろを向いて警備員は跳び上がった。
「一般民ごと俺を撃ってみろよ。新しい皇様がロトルに幻滅しちまうぜ」
「僕の知ったことじゃない。忠告もしたのに近付いて来たそっちが悪い」
「はあああ!?!ロ、ロトルおまっ―――」
「はッ!目が覚めるような最低さだな!」
魔男は唾を吐きつけて嗤うと、本体を警備員の背後にピッタリと添わせたまま、黒い大口でかぶりつく。そしてそれを散弾銃で弾き飛ばす。
「ななんあんななんんだよ!!!!俺を挟んでドンパチしないでくれ!!!!」
「悪いな一般民、ロトルの使うロストルールには魔性の発動を封じる力があってな。
その力は『視る』ことで発動する。
だから、『壁』を作っておかないとならなくてな」
「じょ――冗談じゃないッ!!!」
「!?おい!」
警備員は銃弾と地面を抉り取る大口を掻い潜って逃げた。だが、そこにピッタリと魔男はくっついており、そのままバックアーと距離を取っていく。
「いいぞ一般民。このままロトルの視野範囲外まで全力疾走だ。」
「くっついてくるなああああ!!!!」
「逃がすか!!」
「追って来るなああああああ!!!!」
バックアーは走りながら銃を入れ替えて発砲。悲鳴を上げながら警備員は逃げ走る。
そしてちょうど十字路に差し掛かった時だ。
「だから避難しろって言ったろ兄ちゃん!」
「!?!」
コポが狙いすましたように道の角から足を突きだし、走って来た警備員が「あああああ」ど派手に躓いた。
「ちっ」
魔男は警備員が壁となる一瞬のうちに近くの店の壁裏に移動した。だが、予想されていたのか、その薄い壁ごと銃弾が貫いた。
「つぅ・・・なんども、何度も・・・はあ、はあ。
なあ、アナフィラキシーショックって知ってるよな?当然・・・それを、何度も・・・、くらうつらさを、だな・・・はあ」
「大人しくしていればすぐに済むだろ、ちゃんと脳味噌あるのか?」
「は」
そう言い放ってやった直後、黄色の目に黒い筋を浮かび上がり、見えなかった瞳へ集まっていく。
周りの空気を呑み込みながら膨張する特徴的な断続する破裂音。
後退りするバックアーへ、魔男は今迄の上面を捲り剥がしたどす黒い様相で、鼓膜を割らんばかりの怒号を吐き飛ばした。
「の ノ―――脳味噌ォオ!?!!?
この俺が!!あんな肉塊なんぞを持ち合わせているだと!?!
下等劣等種の中枢神経系と同じだと!?!ふざけるな!!!」
「お前らの堪忍袋が何処にあるのかいつも理解できないな。」
バックアーはそう言うと、腰に提げた本から、決して収まる訳がない大きさの純金属の剣を抜き放った。その刀身には赤く光る文字が纏わりついていた。
「イイ子ぶっていた化けの皮が剥がれたようだな、お似合いの糞面だ」
「ロトルのクソガキがッ!!!」
魔男の荒れ狂う感情によって逆巻く魔力が吸いこまれていき、視界いっぱいに巨大化した無数の粒子たちが隕石の如く高速で降り注ぐ。
降り注ぐ暴食粒子が地面を抉ってバウンドし、追尾して来る高性能ぶり。
しかしながら、視線を魔男からできる限り離さないよう立ち回りながら、確実に近づいてくるバックアーに、魔男の粒子が震えた。
「何なんだお前は!?初対面の俺に何の恨みがある!?!」
「初対面?お前が『覚えていない』だけだ」
「なに――――」
金属の刃が未完成の大口を斬り弾き、魔男の目に私怨を孕む青い目が映る。
「お前らが僕の道理を奪ったんだ」
剣は気体状の魔男を肉のように切り裂いた。
身体を一刀両断される抵抗、その攻撃をいなす余裕もなかった魔男は体液の様な黒い液体をぶちまけて泥のように零れ落ちた。
バックアーはその様を見下ろしてようやく、荒れ狂っていた心臓の悲鳴に気付き、急いで呼吸をしようと肩を弾ませた。
「く そがっ―― はあ 」
粒子状の身体が固められた泥のようになって地べたを這いずる、身体の状態を保てない魔男に「づっ」容赦なく剣を突き立てた。
「どうした?これで終わりな訳ないよな・・・」
「ど か せ!!があっ」
「無様に喚いてみろ・・・この世に恥を晒して・・・生まれて来たことを呪ってくたばれ」
魔男は自分の血に塗れた目に、憎しみや怒り、そして恨みをごちゃ混ぜに混ぜて見下ろしてくるバックアーの表情を映した。その面影が辛うじて残っていた脳裏を過り、魔男は思い出したよう、目を見開いた。
「 そう か お 前 あ の と き の ―――――」
バン!
放たれた銃弾は泥に灯る目を潰した。
バックアーの足下に広がっていく黒い血と、残った衣服。そして、魔協会員の証。
「この程度で死にやがって・・・くそ」
魔協会に属す者が皆持つ証を拾いあげ、本の中にしま―――
「副局長!!アイツです!!」
「ん?」
息を上げた、あの警備員が、バックアーの三倍はあろう大柄の魔人を連れて来ていた。
「さ、殺害している!?なんてこった!!殺害事件だ!!!副局長!!!」
「おい古人!!事情はしっかりと警備局で話して貰うか―――おい逃げるな古人!!!」
「くそが」
「すみません」
「クズが」
「すみません」
「さっさと還れバカが」
「すみませんでした」
バックアーは、警備員らとの逃走劇に勝った。
しかしながら、町のど真ん中で、ドンパチをやらかしたのが『ロトル』であることは判明していたため、報告は上司に伝わっていた。
そして上司は、部下を呼びつけた訳だ。
宮殿から離れた、あまり高い所ではないだろう宿屋の一室で、額をピッタリと床にくっつけて謝罪するバックアーの頭に、上司はドスドスと杖を突いた。
「避難誘導はしていたんだぜ?旦那
ただ、あの警備員が向こう見ずに突っ切ってってさ、さながら勇者の如く」
「だとしても、それを壁に使われた挙句、罵詈雑言を浴びせかけたんだろ」
「そ、そこまでは言ってない・・・・と、僕は思っています」
「ああ情けない。ああなんて情けない。恥晒しめ」
「すみません」
「ロトルは魔協会を打つだけの組織ではない。
ロストルールの探索・研究及びその技術を以てして重大な魔性の暴走事件等を担当する多目的な組織だ。痴れ者め。
お前の身勝手な行動のせいでどれだけロトルの評判が落ちているのか。理解しているんだろうな」
「すみません・・・、・・・・・、・・・・。・・・ただ、・・じぃ、僕は一回アイツに」
「ふん、お前は何も変わろうとしないな。」
そう言われると、バックアーは地面に額を付けたまま顔をしかめた。
「わしはこのまま皇と話すことがある。お前は『下』に降りていろ。邪魔だ」
「えっ―――火口の真上なんてただの古人が息出来る環境じゃ・・・・、・・・」
顔をあげたバックアーの目に、殺意さえ感じる上司の視線が刺さった。
「なんだ?何か言ったか?」
「・・・何も、言ってません・・・はい・・・何も・・・・・。」
「あれがロトルか・・・想像以上に弱かったな」
鏡の様な小窓を下げ、誰もいない空間にある一つの椅子の上で足を組む声帝は笑った。
「お前もそう思わんかね?」
誰もいない静かな王の間、ゆっくりと入り込む風がレースをなびかせる。
そよぐ間、柔らかに揺れるレースの向こうから起き上がるシルエット。
薄い石を割る音の連鎖、甲高く擦れる不協和音に苦笑する声帝が片耳に手を当てる。
「相変わらず鼓膜を引き攣る音を出す・・・」
腰を上げて立ち上がる声帝の倍はあろう大きな身体と、高く天を突く角。
そして、乱反射する黒い鋼の身体。
「なあ、忌まわしき黒王よ。」




