後払いより先払い②
空気の澄んでいる場所から地平線を高性能な望遠鏡で眺めると、雲の向こうでなだらかに反り返っていく大地が見える。
天を仰いでみると、薄らと見える空の紋様の手前にある『目』と呼ばれる時空の歪んだ中心が見える。
この世界は、何かしら球体の中に、あると言われている。
しかしながらこの足の裏にある地面を突き抜けていった先に何があるのかを、確かめられた者はいない。
『目』を通り抜けて空の反対側へ向かう事が出来た者も、同様にいない。
だから、地下世界の先にはまた新たな世界があると言う者がいれば、今まさに天空にそびえる反対側の場所へ出るのだと言う者もいる。
多くの想像と妄想を駆使されてきた議題だが、答えは未だに出ていない。
平均的な胃袋を持つ者が三度空腹を覚える頃、世界に光をもたらしている日が『目』の近くをぐるりと螺旋を描きながら1周する。
今の時期は日がおおよそ3周するともう半球、今立つ地面の反対側へと日が行く。
それが『夜』だ。
「足がパンパンだよ・・・はあ、いたたたたた」
9度腹が減っては携帯食をチビチビ齧りながら、長時間に渡って小走り続けた。そして夜になる寸前で、イヴァルノンは塔のある町に辿り着いた。
「クリミア・・・バートンの端っこにある、国境の町みたいだな。」
オセットは結局、一歩たりとも自分の足で進まなかった。屈伸しながら凝り固まった足を解すイヴァルノンの頭上から、町の入り口に建てられた古めかしい表札を我が物顔で読み上げた。
バートン峡国は、高地と高地に挟まれた長い渓間に、無数の吊り橋と彫り込んで作る建造技術が有名な国で、その特徴を表す様に国の領土は南北に長く、東西に短い。そんな国の南端、細長く尖った先は、皇国と砂国に接している。そのため、夜になってもあらゆる品々が飛び交い続けている。
そんな熱気を避けるよう、イヴァルノンは大通りから一つ離れた道を進んだ。
「これだけ昼みたいにピカピカ照っていりゃあ夜の闇も近寄れないし、建物の中に入ってビクビクしなくても夜を越せそうだぜ。」
「寝るとこどうする?」
「一部前払いしてくれる仕事でも探してみようぜ。看板を見るに町の真ん中にギルドがあるみたいだし」
金がなくて食うにも困っている者はどこでも少なくない。金銭トラブルの多さや浪費ばかりでなく、定職を持たない、国民でない流れ者の多くはいつも金欠なのだ。
そんな彼らの救済措置の役を担うのが町の掲示板であり、それを管理するギルドだ。
「おばあちゃああん!!眼鏡落としたってぇえええ???」
「そうなのよぉぉ」
「どんなの?」
「えええ??」「どんな形してるのぉお?」「えええ???」「どぉおおんな形ぃいい???」
様々な問題を抱え、それを解決して貰いたい依頼者がギルドに向かい、ギルドが掲示板に受け付けた依頼を貼り出す。流れ者たちと依頼主との間をギルドが円滑に仲介して、依頼者はギルドを通して報酬を払い、そのうちの数割が放浪者たちの懐へ入ってくる。
「眼鏡を金物屋に預けていたことをすっかり忘れていたとは、可愛いうっかりさんだったな」
「ねー。久々に寝床で寝られたよ」
せっかくなんだから朝までゆっくりしておいで、という甘い言葉に誘われて寝床をゲット。その上に小袋キャンディーと焼きたてのパンまでありがたく頂戴したイヴァルノンは、今再びにギルドへと足を運んだ。
『急募!赤砂魔人の討伐!
依頼達成者には10000オン!』
「破格な値段なのに、昨日から貼り出されたままだね」
「そうだな」
この地域の物価は、一日の空腹をおおよそ100オンで満たせる。その100倍に当たるのだから、依頼の争奪喧嘩があってもおかしくなさそうなのだが、誰も興味を示さない。
「だけどよ、高いもんには高いだけの理由があるもんだぜ?」
オセットの呟きが聞こえたのか、ギルドの案内機人がコロコロと車輪を回してやってきた。
「こちアは、バーおン峡国の自治警隊アらの依頼となっエおります故、報奨金アお高くなっエおります」
「自治警?」
声帯機能が一部劣化しているらしい。案内機人は掲示板から張り紙を取り、それを持って元いた長机まで戻る。その下から詳細の書かれた巻物を持ち出した。
「この国ア、バーおン峡国の領地にありますア、実質、この町の統治を行っエいるのア自治警です。彼らの主要拠点アこの町のシンボルにもアっエいる高い塔、バーおン自治塔になります。」
「・・・つーことはよ、この依頼は・・・この町の自治を担っている奴らの手に負えないヤバい依頼ってことか?」
「もしくは、正規の部隊にはさせられない汚れ仕事ってことじゃあない?」
そんな危ないのは止めようぜ・・・頭上からオセットの囁きが漂って来たが、イヴァルノンは案内機人が持って来た巻物を広げた。
厚い布に刻まれた基盤が電気を走らせ、電光灯が情報を空に描く。
「結構な数の貿易隊が被害にあっているのね・・・この案件って魔女魔男申請されていないの?被害が甚大なら申請基準を満たしてなくても脳筋専門家は来てくれる筈だけど」
「その申請をしようにも、跡形ア残っエいないのです。
魔女魔男申請にア、確実な被害の詳細ア必要ですのエ。それにこの国ア、『ロトル』とあまり仲ア良くありませんし。」
「跡形も残っていないのに、犯人は赤砂魔人って分かる訳?」
「赤砂魔人ア、この地域にある伝承ア由来になっエいます。」
案内機人は諸々を省いて要点だけの赤砂魔人伝承を教えてくれた。
古代の大戦争――異種古人戦争の中で、ある古人部隊を滅ぼした一人の魔人がいた。
この地域はその魔人を英雄と称して崇めた。しかし、同時にこの地域で連続殺人が起き始めていた。
その連続殺人の犯人は、英雄と呼ばれていた魔人だった。
討伐された彼の死体からは、一人の量と思えない程、泉が涌き出たかのように赤い血が流れ出て、この地域の砂を赤く染め上げたのだと言われているそうで。
赤砂魔人を追い詰め、討伐したのが今の自治警の始まりとされているのだとか。
「自治警からの依頼ア、赤砂魔人の伝承の如く凄惨で危険な事件であるという警告も兼ねて、頻繁に『赤砂魔人の討伐』という文言を使うのです。要ア犯人探しという意味合いです。」
「げぇ・・・血生臭い・・・。
イノンよぉ、こっちの穏やかなさ・・・収穫の手伝いとか手紙の配達とかにしようぜ・・・なあ」
オセットの弱気な溜息をよそに、イヴァルノンは顎に手を当てて、案内機人の方を向く。
「まだ貼り出されているって事は、誰もこの依頼を受けに来ていないの?」
「はい、そうです。」
「・・・そっか」
小さく頷くと、巻物を案内機人に返し、手短に言った。
「危険な奴が野放しにされていちゃあ困るもんね。」
「イヴァルノン!・・・はあ、お前はなんて『イイ』奴なんだ・・・惚れ惚れするぜ。」
「ありがと」
「まさか。褒めてやるもんかよ。」




