お肉レス⑦
魔性は、効果を強めれば強める程に制約が強くなる。
それはいわば、魔性の発動を安定化させる為の軸となるものだ。
この軸は個々それぞれに決めるものであり、全く規則性はない。
魔女魔男と呼ばれるほどの魔性となれば、ほぼ確実に制約を持っている。
「いたたたた・・・・」
魔女イヴァルノンにも例外なく、制約が存在する。
「ガハハハ!!!魔女のくせによわっちいな!!!!」
クリジャルドの拳を受け止めきれずに吹っ飛ばされ、地面を転がされる魔女。
「だ、大丈夫か!?彼女は本当に魔女なのか!?魔性を持たないただの古人だったら殺されてしまうぞ!?」
発電所近くまで機人二人を避難させたオセットは肩を竦めた。
「相手が弱すぎるんだよ」
目を丸めるジェイリーと口を開けたまま閉められないエーティディーに、オセットは早口に捲し立てた。
「あの様でも、魔協会で最高位の三段名を貰ったんだぜ。
だが、あいつは相手に『合わせ』なきゃならねぇ」
「合わせる?」
「相手のレベルよりも上回ったら、その分だけ魔性が使えなくなる。見栄張っといて様ないよな。
という訳で、俺様がしゃしゃり出ないといけねぇから行っちまうが。
お前らちゃんと話す言葉も理解出来る頭もあんだから、お互いの意見を聞いとけよ。気持ちなんて理屈じゃ通じねぇぜ」
そう言うと、オセットは足早にイヴァルノンの許へ駆け戻った。
地面が割れる勢いの踏み込み、その体当たりを避けて弓の弦を引く。
矢となるのはイヴァルノンの魔力であり、それを鋭く形成した魔弾の一種を弓の原理で速度を加えて放つもの。魔性そのものとは関係のない攻撃だ。
「なんだこの豆鉄砲は!!」
強化した甲殻に軽く弾かれてしまうショボい魔弾に、クリジャルドは激怒した。
「この程度でクリミアの自治警がやられるとはな。あいつらショボいんじゃないか?」
「はっはっは、彼らは少なくとも君の数十倍は強かったよ」
「あんだと」
垂れる鼻血を拭って、今一度魔力の矢を番える。
ピュンッ、と放たれた矢を、避けるまでもないとクリジャルドは受けた。
「っ」
鈍い衝撃を腹に受け、ひび割れた甲殻を見て鼻息を吹かした。
足の付け根ぐらいまでしかない小さな古人を踏み潰そうと地面を叩きつけた。しかし、数秒前よりも素早く、精確に攻撃を躱されていく。
「君の上限が、ようやく分かって来たよ」
そして
パンッ!相殺される音と衝撃。
5倍は違う、拳同士がピタリとくっついて動かなくなり
にやり、と拭った血で汚れた顔に不敵な笑みを浮かべた瞬間
クリジャルドの全身に言い表せない悪寒が駆け抜けた。
「オセットキックッ!!!」
「あ!?!」
ついでに、油断していたクリジャルドの顔面にオセットの飛び膝蹴りが決まる。
「ちょうどいいや、オセットおいで」
「おっ?もしかして俺様に出番を寄越してくれます?」
「この―――クソチビがッ!!!」
態勢を整えようとしているクリジャルドの目の前で、イヴァルノンはオセットの肩に手を掛けた。
「肉体の強化方法は千差万別でさ。
筋肉の質か量か変質か。骨格の硬化や軟化、巨大化に変形。
魔力を具現化させて身に纏う事もあれば、目に見えないオーラの様に纏わせるものもある。
君の魔性は骨格の変形だよね。
いいね、痺れるよ。単純明快なのは嫌いじゃない。
その力、うちのペットにも貸してよ」
「なんだと!?!?!」
イヴァルノンの手から直接オセットに魔力が注がれていくと、次第にオセットの骨格が変形していく。
「な――――ん ど、どういう、ことだあああっ!?!?!」
「私の魔性、コピペのうちのペースト能力だよ。
コピーした魔性の一つを自分以外の誰かに貼りつけられる。」
身体から鋭い棘が伸びて、金属のような光沢を放つ。頭の骨がヘルメットの如く後方に捻じ曲がり、大きくなった前腕で地面を掴む前傾姿勢となる。
「まあ、すぐに剥がれちゃうけどね」
そして、その身体の大きさは、クリジャルドと同じくらいに巨大化した。
「よう、豚野郎。
てめぇよくもボコスカと、俺のご主人様を殴ってくれたな」
ついでに声も野太くなる。
「お返しの、一発を、くれてやら」
「――――たかが付け焼き刃で!!勝てるもんならやってみやがれ!!!」
歯軋りと怒号。地響きを唸らせながら走り出したクリジャルドの充血した目に、助走などせずに後ろ足で立ち上がるオセットが映る。
引き絞られた拳が、飛び込んでくるクリジャルドのヘルメットにめり込み
テ ュ ン
風を切って、勢いよく殴り飛ばされたクリジャルドが――――イドラの天蓋を突き破って大空へ帰って行った。
が。
「あ、やべ」
天蓋を貫いた。つまり、膜を。
「あああああああ!!!」
「やり過ぎだよ!」
「お前が俺に魔力を注ぎ込み過ぎなの!!!」
イドラの町の上に乗る砂が一気に下へ落ちていき、渓谷の半分を砂に埋めてしまった。
「・・・・・・」
その隙に、と、せっかく貼り付けられた魔性を使い、とんずらしたイヴァルノンとそのペットのオセット。
残されたイドラの町民たちは後に、その砂を退かすのに半年近くかかったのだと半ギレで語ったという。
「がはっ・・・はあ・・・は・・っ、くそっ!!」
顔面をくしゃくしゃにされたクリジャルドはふらつきながら、骨が天を仰ぐ小山たちの脇を通る。
落下して来た衝撃を骨山が和らげてくれたため、無事だったが。
「!?!」
腰に提げていた闇飛ばしのランタンがない。どこかに落としてしまったのだろう。
「まずい・・・ッ!!くそ!!!」
夜が明けるまでまだしばらくかかりそうだ。
ぼやける視界でふらふらしながら明かりを探すが、血が目に入ってイラつく。
「クソ古人がッ!!!クソ竜人めッ!!!!クソくそ――クソがああッ!!!」
怒りを込めた重い拳が近くの骨を弾き飛ばし、息を荒げて奥歯を噛みしめた。
弾け飛んだ風化した骨が散りとなって、地面に突き刺さる骨に当たって反響。不穏な音響を夜の近い空に漂わせてから、間もなく。
「おい」
「!?!」
ドスの効いた低い声だ。鉛を叩いた様な重厚感と硬さに弾かれる音の響き。
クリジャルドが振りむいた視線の先に現れたのは、しかしながらその手に威圧と不相応なかごを持った黒き古人。
「また古人ッッ!ここらはいつから古人共の住処になったんだ!?!」
「何の話をしている」
「てめぇには関係ねぇ!!」
墨色の肌に、先程のクリジャルドが飛ばした骨紛汚れがついたモノクロな古人は、ゴキンッ、と首を傾げた。
「運が悪かったなクソ古人・・・今の俺はしこたまお前らを磨り潰したくてたまらない!!!!」
クリジャルドは今にも殴りかかろうと肉体を高く盛り上げ、黒い古人を凝視した。
「恨むならあの魔女を恨むんだな!!!」
古人が見上げなければならない程大きくなったクリジャルドは、くるぶしぐらいしかない古人を見下ろし
「くたばれっぇええ!!!」
空気を押し切る一撃を振り下ろした。
岩石の如きクリジャルドの拳
しかしながら、それが古人に当たった瞬間からメコリと潰れていき
「―――」
勢いを止められない腕に古人がめり込んでいく。
「ぐっ―――っぎゃあああああああッッッ!!!」
二の腕の中程まで陥没し潰れていき、遅れて滲み出した鮮血が栓の抜けたように飛び上がる。
「運が悪かったな、クソ獣人。
せっかく買って来た食材を、埃と血で汚したお前に、俺は寸分程の怒りを覚えている」
かごの中、シーツに被せられたお肉たちは確かに、埃と血を被ってしまっている。しかしながらクリジャルドにとっては甚だしく、感情の天元を突破する程にどうでもいい事だった。
「―――殺スッッ!!!」
残っている魔力全てを注ぎ込んで自らの肉体をボコボコと膨らませて黒い古人を包み込むと
ブギュッ―――
勢いよく身体を締めこんだ。
空気の入り込む余地なく一気に縮め込んだために、真空状態に近く、その圧力は常人を破裂、圧殺するに十分な威力は、あった。
「煩わしい」
クリジャルドの身体が身震いし、何かの衝撃が波のように肉を伝っていった。
そのすぐ後、身体は強張り、石の如き固まった。
クリジャルドは何一言として口に出す事も出来ず、パリパリと固まった体が黒き古人の吐息でひび割れ、薄いガラスみたいに砕けた。
「・・・仕方ないな。いくらなんでも人には出せん。
肉抜きだ」
黒い古人が肩に落ちた欠片を払う頃には
クリジャルドは粉と消え、骨山の隙間へ落ちていった。




