お肉レス⑥
「パスワードを消去しますか?」
火力発電所の裏手にある充電スタンドで、エーティディーのスピーカーから声が漏れ出した。
「パスワードを消去しますか?
パスワードを消去しますか?
パスワードを消去しますか?」
幾度も幾度も同じ音声が、一定間隔で二択を迫って来るがエーティディーはその解答を引き延ばしていた。
「・・・・パスワードと共に履歴もリセットされる・・・。
私は君の事も忘れるのだろう。私にはそういうプログラムがある。
君が、それを書き加えた。
新しいヒューズだと言って渡してくれたあの中にウィルスとして仕組んで」
「エーティディー」
「以前にも同じことをしただろう。だけど私は覚えていなかった。
しかし全ての記録を残しているブラックボックスの奥には君の履歴が埋もれていたよ。それを、彼女は掘り出した」
エーティディーのモニターは、脂ぎった煙を吹かせるキセルを映し出した。
「私の中には、今やロストルールと指定されている情報も存在する。
その情報を欲しがる者には、十分に金に換えられる価値であろう。
そんなに金に困っていたのか?ジェイリー」
「ちがっ・・・、・・・・。」
ジェイリーはスピーカーの奥の光源を照らしたが、そこから音声が出る事はなかった。
「勿体ぶらずにこいつのブラックボックスを抜き出さイイじゃねぇかよ」
ジェイリーの後ろ、闇飛ばしのランタンをぶら下げた大型の獣人が大きな牙とブタ鼻を揺らして威嚇する。
「クリジャルド、彼に危害を加えないでくれ。
それに、一回でダウンロードできる情報量には限りがある。それ以上にやろうとすれば彼の回線が熱で焼き切れてしまう・・・そう説明した筈だ」
「こちとらバートンがしくってくれたせいで後がねぇんだ。
今度の計画を失敗して、皇国がまた俺らの国を侵略しに来たら、一体誰が責任を取ってくれるんだ?え?」
「・・・それは」
「ジェイリー、君の想いは分かった。
皇国との事情は知っている。だが私にもえ―――」
「黙れオンボロ」
針のように鋭く、エーティディーの腕並みに太い毛並みが逆立ち、湯気立つ熱気を纏わせながら、クリジャルドの目が二人の機人を睨みつける。
「黙って大人しく『協力』しろ。
さもなきゃてめぇのブラックボックスを引き剥がして持って行くぜ」
「やめろクリジャルド!」
「おめぇは黙ってろ!」
「うっ!」
バキン、と部品を飛ばしながら転がるジェイリーを見て、エーティディーのシリコンが歪んだ。
「暴力で解決した事に碌なことはありません。私の古典記憶装置内で検索しても、一件たりともヒットしません」
「さっきっからビービービー、その話し方が耳に障って癪なんだよ!」
クリジャルドの身体が彼の魔力と短気さに呼応してガキガキに変形していく。
鋭い毛並みは重厚感を持ち、肉体は金属のような光沢を放ち始め、威圧的な顔は頭骨が皮を突き破って捲り上がり、ヘルメットの如く捻じ曲がった。
「黒王の脳天をカチ割らなきゃならねぇんだ!
てめぇらの事情なんぞに構っていられるか!」
「貴方の様な小物思考が後半に出て来て、後で完膚なきまでに叩きのめされる展開の件数は数えきれません」
「うっるせんだよ!ボロクソが!!!」
「あるある。そういうフラグ」
はっ、と身を退いて身構えたクリジャルドの目に、闇飛ばしのランタンを持たないぼんやりとした輪郭の古人が現れた。
「裏を付く展開も新鮮さがあって好きだけど、王道あっての邪道だからね」
「てめぇ」
一歩一歩歩み出て、クリジャルドのランタンに当たった古人女。
「ドンドを退けた魔女ってのは、まさかてめぇか?」
「あらそう、情報が早いね。
私が魔女って分かっても退かないなんて、その愚直な勇気は褒めてあげる」
「けっ!そんな力なんててめぇから感じ・・・あ?どこ向かってやがる」
イヴァルノンはクリジャルドの横を素通りして「う・・・っ」脚部が折れて起き上がれないジェイリーの許へ近寄った。
「ごめんね、エーティディーのブラックボックスを開いたときに一緒に履歴を見ちゃってさ。」
「・・・・正直、君には、出来ないと、思っていたよ・・・。
まさか本当に、冗談じゃなく・・・魔女、だったとはね」
「変でしょ?日頃からメラメラと力を曝け出していたら。
それに」
ブォン、話の空気を押し退ける巨大な拳から二人の機人を退かしつつ、ランタンを持っているオセットへ引き渡す。
そして肩に乗せた杖を手元で一回転。その遠心力だけで捻じ曲がった杖、その丸い三本の枝から伸びる一本の糸を、尾のよう逆上がる先へ括りつけて弓とした。
「恥ずかしいじゃないの」




