お肉レス⑤
古代語の発音に難儀しつつもレシピの概要を完成させたイヴァルノンはエーティディーに礼を言い、一度宿屋がある町へと帰った。
夜が来たからだ。
「夜の到来が早いお陰で作業もままならないよ」
宿屋や飲食店の明かりの下で盛況する機人街。
カウンターに出される黒い油と鮮やかな溶液に浸った二枚の金属。出来たてのほやほやの電気を喰らいつく機人たちが、ボウルに齧り付く光景の端っこ。
「お、あったぞい。
百年物の缶詰じゃ!」
店自慢の電気飯も石油ドリンクも口に出来ぬ、と難癖をつけて来たくせに所持金も乏しい放浪者―――イヴァルノンの要求に気前よく応じてくれたのは、右目のモニターが砂嵐中の機人だ。
彼は倉庫の奥から埃の被った缶詰を持って来た。
「樹皮のなめし汁」
「虫人の好物・・・」
「文句があるならやらないよ」
案外美味しいかもしれない!と高らかに自己暗示して、工業用の塗装剤としか思えない―――薄い褐色のぬっぺりとした照りが輝かしい―――べろべろにふやけた樹皮を手に取り、口に運
「おうううええええええいいいいいべぇっべえええぉぉおおろろろろろろろろろろぅぅうううええええええええええええええんんんんんん」
「よく口に入れたな、尊敬するぜイノンよ」
カウンターから転げ落ちてのたうち回るイヴァルノンを無視し、樹皮のなめし汁をペロリと舐めた店主。何か思いついたのか、彼は布巾になめし汁を浸け、カウンターを一拭きした。すると、半金属のカウンターが木材の様な質感へ早変わり。
「いい色合いだ、こりゃあいい掘り出しもんだぞい」
「イノン、吐いとけ。口の中を茶色にしたくなければな。」
虹を吐き回る古人を油酒の余興と面白おかしく笑う機人たちに背を向けて、オセットは飯を諦めた。
カウンターから伸びる腰掛からひょいっと離れ、積み上げられた住居街から跳び降りた。
決められた規格の立方体のような住居を上へ上へと積み上げたそれらは上下左右斜めにも伸びる拙い梯子によって行き来できる。
それぞれの家には通路の様なベランダがせり出しており、これが横方向の隣同士でくっつけあったり、カッチリ塀を作ったりしている。そこに店の看板やら広告やらが張りつけられている。
〈夜も次第に深まる30時のニュースです〉
そこら中から聞こえて来るラジオの音声。
イドラで最もポピュラーな情報収集手段であり、地元のニュースから周辺国のグローバル事情まで網羅するアンテナが火力発電所近くに整備されている。そして、聴覚処理に優れた機人が近隣のニュース全てを聞き分けて、主だった情報をまとめてチップにして朝一に売る。音の新聞というものだ。
〈アイリ王が還り、皇の座が空いている皇国へロトルが到着しました。
早ければ数日中には次代の皇がその座を継ぎ、不死の王の器が満たされるであろう、とのことです。〉
「はあ」
聞こえてきたラジオに落胆する声の方へ顔を上げると
「お、さっきの」
安いゴーグルを買った店の機人店主と鉢合わせた。
「お前さんは・・・・もしかして、あの古人の上にくっついてた、ちっこいのか?」
「そうそう。実はイケメンだろ?」
「そいつはどうだかな」
「えー、お世辞ぐらいくれてもいいじゃん」
オセットは機人店主の溜息の訳を尋ねた。
「お前たちは此処らに長くいなかったようだな。
此処数百年、皇国はずぅーっと他国への侵略を続けてきた。
皇国の北側の国は今や皇国領土。
砂国も半分ぐらい取られちまったときもあった。峡国なんて国の長が首都を捨てて他国に亡命していた具合だ」
そう言って朝方の柑橘系とは違う、花フレグランスの油煙草を吹かした。
「侵略を推し進めていたのはアイリ王だ。ありゃあひでぇ皇だった。
不死の王の器を被っておきながら何で還ったのかはよく知らねぇが、あいつがいなくなってくれて嬉しいと思う奴は五万といる。
だがな、アイリ王の幼稚な支配欲を尤もらしくさせたのは黒王だ。アイリ王が還っても、あいつがいる限り皇が誰であっても同じことさ」
「新しい皇がイイ奴かもしれねぇじゃん」
「どうだかね。
皇国はいつだって高い塀に囲われた閉鎖的なお国だ。白王代々の情報統制も建国当時から変わらない。」
「期待はするだけ無駄だと」
「はあ、ロトルの連中がもう少し政治仲介してくれりゃあいいのにな」
オセットは顔をしかめて下顎を突きだし、特有な赤い文様の堀を深める様、眉間に皺を寄せた。
「カルト教団連中に政治介入なんてされたらはちゃめちゃにされるだけだぜ」
「ロストルールそれ自体は破滅へ向かわせる知識じゃあない。
俺ら機人は、ほとんど古人の知恵、ロストルールの適用物だからな」
「懐古厨で排他的な奴らが、俺たちと手を取り合って仲良くしましょうなんて出来るもんかね」
「あんたのご主人様は古人じゃねぇか。そんなこと言ってていいのか?」
「あいつはロトル側じゃないからな」
「何を話してんの?」
身体の内側から綺麗になったと言わんばかりのご主人様が梯子を下りてきた。
「ロストルール否定派なのかい?」
「失われた理そのものを否定している訳じゃないよ。
ただ、それを武器にして振り回す連中が嫌いなだけ」
「ロトルたちに追われたことでもあるのかい?」
「あるよ。昔は魔女だったからね。」
「ははは、そのジョークが本当なら、嫌いになるだろうな」
花のフレグランスに焦げた油の臭いが混じった。
「エーティディーは君の知りたいことを知っていたかい?」
「知っていたよ。お世話になりました~」
一度機人店主は「そうかい・・・」そう呟いて目を伏せた。
「彼は、どう生きたいんだと思う?」
「どう?」
「聞けたってことは、君は彼の古き図書館にアクセスしたのだろう?
だったら聞いたはずだ、彼の音声案内を」
「まあ、聞いたけど」
「比較的新しい機人は君たちと同じ思考で、自分なりに生きることが出来る。古人の脳とほぼ同じ機構を持つBRAINのお陰で。
だが、彼は違う。
古代から続くプログラムに縛られながら、そこから自由が効く程度でしか自我を保てない。プログラムが人格を否定すれば、彼は今迄の記憶を全て消去してしまうだろう。
機人は・・・私たちはもっと自由に、生きていられる時代なんだ。
彼の生き様は、なんだかね・・・息苦しいんだよ。」
「・・・・・」
機人店主が空に吹いた煙は風になびくこともなく上へと登って行った。
「おっと、変な事を言ってしまったようだ・・・。
あんまり油酒に強くないせいかな」
「明日の朝には此処を出るよ。
色々ありがとね」
「そうか。またここら辺を通ることがあったら宜しくな」
「機人ってね、最初は古人だったんだ。」
宿屋に泊まる金もない二人は宿屋近くのベランダを貸して貰い、羽織を畳んだ枕で横たわった。
「とある古人が心身を全て機械に置き換えた。
それが機人の始まり。その置換技術で作られた人工知能が、BRAINって呼ばれるようになった。
その後に色々改良されて、古人の脳味噌とほぼ同じ能力を手軽に得られるようになると、機械たちに導入されていったの。」
「ふーん・・・それが、どうかしたのか?」
「創造主に似た感情をお手軽に得られる代わり、BRAINは機械たちに忘却と痴呆を与えてしまう。」
風で泳ぐ夜空を見上げて、イヴァルノンは呟いた。
「機械たちの学習プログラムの方が優れている点は沢山あるのに、どうしてみんなBRAINになったんだと思う?」
「・・・憧れ、とか?」
イヴァルノンは笑った。
「エーティディーはこう言ってたね。
『烏滸がましいと思ってしまう』ってさ。
機械たちをBRAINにしたのは、機械たち自身じゃない。
創造主様だよ。」
オセットは小さな目を真ん丸として、口を窄めた。
「創造主と同じ目線に引き上げてくれたと思うか、『おバカ』にしてくれたと思うかは機人たちの自由だけどね。
私個人の意見としては、エーティディーにBRAINを強制して欲しくないけど、彼の持つ知識を忘れさせたい口実としては、それ以外に考えつかなかったんだろうね」
「・・・・それって」
ちょうどその時、下の方でランタンの光と甘い香りが漂って来た。
そしてもう一人、何やらガタイのいい奴も連れて来ているようだ。
「ジェイリー・・・もしかしてエーティディーのところへ行くのか」
「つけてみる?」
「だな。
この町を出る前に、いっちょ御節介でも焼いていこうぜ」




