お肉レス④
雑貨から防護服の幅広い品ぞろえ。その質もピンからキリ。
潤滑油多めの飲食も出来る露店。
一軒しかない宿屋。
地価が低そうな住宅街が縦方向にでこぼこと積み上げられ、溶接して増築される度に梯子が継ぎ接ぎされていく町並み。
この場所から車輪跡のついた舗道を少し歩いていくと、峡国バートン人も舌を巻く巨大な渓谷が広がっていた。
全て人工的に作られた渓谷であり、この間を流れる水の様な黒いものは、かつて石油と呼ばれていた代物だという。
掘削中に誤って掘り当ててしまった副産物であり、いわばハズレ扱いらしい。出てきた場所からドバドバ溢れ出ていき、それが脈打つように渓谷をゆっくりと流れていくため、それが枯渇するまで近辺の発掘が進まないのだとか。
だが、この石油は火力発電の燃料になり、機人たちの主な食糧である電力を供給できるので、機人考古学者にとっては利点の多い場所なのだ。
巨大な渓谷には住宅街とは比べ物にならない程に飛翔する微小金属が多く浮遊し、ゴーグルがなかったら、と考えたくもなかった。
「あーちくちくするなあ・・・俺も買えばよかった」
プニプニした身体では微小金属でズタボロになるので、オセットはイヴァルノンの魔力をたらふく食べて巨大化し、掌大から彼女の身長を抜いた体格となっていた。
全体的に筋肉質となり、脂肪分がどこかへ消え失せた―――イヴァルノン曰く可愛げのない―――マッチョな白い竜人的な格好になったオセットは、がっしりと上側頭部から伸びる固く尖った耳を上下させてイヴァルノンに笑みを浮かべてみせる。
「このオセット様がトランスした以上、誰もお前に指一本触れさせないぜ」
「どこから湧いてくるの、その自信」
「ひでぇ」
機人店主から教わった古機人の居場所はこの渓谷の奥、黒い川の下流にある火力発電所近辺。
無数の煙突から吹き上がる煙は集約されて、天蓋を貫いて地上へと繋がるパイプを通っていく。
大がかりなタービンは常に轟音と火花を纏い、近づく者全てを弾かんばかりに目に追えない速度で回っている。そこから作り出される電力は張り巡らされている地下ケーブルを通って様々なところへ送られ、機人たちのエネルギーとなっていく。
「この火力発電所施設の一部分は発掘で出て来たものをそのまま利用しているんだとよ」
「ふぅん」
マスク越しにでも感じる金属の擦れた、焦げた臭い。
「君たち、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだが」
発電所の整備をしているのだろう―――その目的に沿っているだろう身体の機人は両肩についている赤点灯をチラつかせながらモニターの解像度を上げて来た。
「このヒューズがお似合いの古機人にお会いしたいんだけども」
「あー・・・エーティディーなら今充電中だ。少し前にも充電したんだがどうも最近蓄電池の摩耗が激しいんだと。あの人も早く乗り換えすればいいのにな」
「何処の充電スタンドか分かる?」
「この裏手さ。君と同じ様な顔をしているからすぐに分かるだろう。」
「顔」
一度敷地内から出て発電所の裏手へ回ると、人一人分が起立姿勢で入るにちょうどな小型ボックスがあった。発電所から伸びるケーブルにおへそから伸びるコンセントを差して、古びて変色したシリコンの顔を撫でている機人が中に入っていて、イヴァルノンの姿を見つけると青い目から小さな光を放った。
「認証なき者を感知。やあ、私は蔵書検索AI、ATDーPAXⅡ。
エーティディーと呼んでくれ」
古人の顔をしていたのだろうシリコン製の顔は既に爛れていて、内側の表情機構がカチャカチャと鳴りながら動いている。
定期的に油を差しているのか、どことなく照りのイイ表情はモニター顔の機人たちよりも人に近い豊かさがあった。
「ふへぇー、人格マトリクスがBRAINじゃない機人なんて生きる伝説じゃないの」
「機人の定義で言えば限りなく私は『機械』だが、私はそう呼ばれたくなくてね。
見知らぬ者を感知。やあ、私は―――」ヂヂヂヂ「ああ、またか。すまな見知らぬ者を感―――ああ、最近知覚システムの調子が悪い」
エーティディーが後頭部の剥き出しになっている金属を弄るので、イヴァルノンは自己紹介と共に新しいヒューズを取り出した。
エーティディーは満面の笑みを浮かべてそれを受け取り、そして文字も読めなくなった古いヒューズと取り換えた。
「半金属では感じられない温もりが好きでね、ありがとう。礼を言う」
「代わりといっちゃ難だけど、古人時代の料理の一つで、フクジンヅケっていうもののレシピとか知っていたりする?」
「もしかして君は私の古典記憶装置を頼りに来たのかい?
そいつは悪い事をしてしまったな」
何か嫌な予感がする、と顔を見合わせる二人にエーティディーは言った。
「パスワードをね、忘れてしまったのだよ。
私の古典記憶装置にアクセスするにはパスワードが必要だったのだが、この前に足関節の錆が原因で転んでしまってね、その拍子に頭をぶつけて」
「忘れちゃったの」
「申し訳ない・・・。
ブラックボックスを開けてパスワードを取り出すなんてしたくなくてね」
埒が明かない、と肩を落とし溜息をついたイヴァルノンにシリコンの顔を複雑に変形させたエーティディーが口を開いた。
「もしも・・・君が機人の頭の中を覗いたことがあるというのであれば、任せてもいい」
「会って数分の相手に自分の頭の中を晒していいの?」
「構わないよ。
私たちを作った創造主たち、その子孫の手で再びに作り替えられるというのも一興ではないかね。それに、これは開くのだって難しいのだから」
「うーん、分かった。じゃあ・・・上位者になった気分でちょっとだけ失礼」
エーティディーはちょっと驚いたようだったが「ああ、頭じゃないのね」胸元のお粗末なカバーを外して、ほぼ外気に晒してしまっているブラックボックスを外に出した。
「イノン、安請け合いしたけど、お前できんの?」
「出来ると思わなきゃ出来ないのだ」
「うっわ、俺知らね」
手垢を付けないよう、空気中の微粒子に触れさせないように、魔力で作った膜で手とブラックボックスを覆った。
(・・・確か、このタイプは『作った』ことがある筈)
ほぼ立方体なブラックボックスには、肉眼では分からない、数倍に感度を上げた指先の触覚だけで感じる僅かな切れ目と凹凸がある。
このタイプのブラックボックスは正しい順序で展開していけば真っ平らな紙のようになり、黒い背景にナノ単位以下に張り巡らされた回路を電光石火が駆けまわる様子を見ることが出来る。
「・・・・・。」
テキパキと首を傾げることなく精密なブラックボックスを開いていくイヴァルノンの姿に、エーティディーは感嘆した。
「古人の持つ知恵や技術を『ロストルール』と皆は言うが・・・君は、魔性を使えるのにロストルールを理解しているのか?」
「うーん・・・私は理屈を知っている訳じゃなくって、見た記憶があるだけなの。
理解はしてないよ。分かってもない。ただの記憶力さ。」
「随分なグレーゾーンだね。君も純血の古人なんだろう?ロトルになる素質がある。」
イヴァルノンは一度、手の動きを止めた。
「さてね、私の生まれはイレギュラーだから。
ないんじゃないかな、素質。」
濁した言い方にエーティディーは突っ込むことはなかった。
キリキリと油の切れた音を立てて、話題を変えた。
「君たちはどうしてその、フクジンヅケというのを探しているんだい?」
「この前会った料理人がそのレシピを知りたいんだって」
「無銭飲食でもしたのかい?」
「聞き捨てなりませんぞ。これは正式な依頼なのですよ」
「ははは、それは申し訳ない」
「今しがたお忙しい皇国の関所を抜けていける術を教えてくれるって言うからね」
「皇国に?なんとも危険な事を。
黒王の目にかからないことを祈っているよ」
半分ぐらいブラックボックスを開いたところで、イヴァルノンは首を傾げた。
「黒王ってどんなのか、もしかして知ってる?」
「いいや、精確には知らない。黒王について伝わる事の大体は噂止まりだからね。
あれを見た者が生きていちゃいないからさ」
「私は黒王に会ってみたいんだよね」
エーティディーは驚いたように目を丸めた。
「エーティディーはどうしてBRAINにしたくないの?」
プライベートを突っ込まれた仕返し、とばかりに訊いてみると、エーティディーは爛れたシリコンの顔を引き攣らせて笑った。
「あれは古人の脳そのものをトレースした様なものでね。
それを組み込めば確かに私たちは君たちの如き円滑で複雑な思考回路を、感情や自我という強い意思を手に入れることが出来るだろう。
だけど、私は古いものだから・・・烏滸がましいと思ってしまうのさ。」
「エーティディーは確かに、今でもしっかりとした人格が出来ているもんね」
「限界を感じることはある。ただ、その一線を越えてはならない恐れも覚える。
古人の君には、分かってくれるかな?この表現しにくい不思議な感じは」
「分かるよ。私の前にも同じ様な一線があったもの」
再びに手を動かし始めたイヴァルノン、しばらくするとほぼ紙一枚ぐらいの厚さに立体的に組み込まれている回路たちの点滅が走っているのが見えてきた。
「パスワード・・・パスワード・・っと」
ONとOFFを表す回路たち、その無数の組み合わせで作り出す人格や記憶の類を読み解くには本来恐ろしく大変な作業となるのだが、その作業を一括に飛び越えられる卓越した『記憶』をイヴァルノンは持っていた。
「これじゃない?入力してみて」
「ははあ、君は本当に凄いね。」
イヴァルノンが口頭で煩雑なパスワードを伝えると
「・・・・」
「あれれ?動かなくなっちまったぞ!?」
「情報処理しているんじゃない?」
エーティディーはしばらく機能停止したかのようピタリと動きを止めた。その間にブラックボックスを元の形に畳み、元の位置に戻す。
「エーティディーはまた故障したのか?」
そのとき、様子を見に来たのだろう先程の見回り機人が歩いて来た。
「記憶装置を起動したから多分、その処理で他の機能が止まっているんじゃないかな?」
「あー・・・パスワードを読み解いたのかあんた」
「そうそう」
見回り機人は溜息を吐くかの様に肩を落とした。
「この人な、パスワードを自分で消去するんだよ。それが鍵になるからな。」
「自分で?」
「この人はほら・・・古い規格で。昔に組み込まれた、根幹にある案内プログラムに逆らえないんだ。
だから、これを知りたい。そう誰かが言えば膨大な量の情報から何でも取り出して教えてしまえる。例えそれが、どんな情報であっても」
「へぇ・・・」
「あんたが来る数日前さ、エーティディーの許を訪れた・・・反皇国派だったか、そんな輩がその機能を乱用して情報を掻っ攫って行ったんだ。それを悔やんだこの人が自分で『鍵』をかけたのさ。」
「酷い事する奴もいるんだなぁ・・・ん?反皇国派?」
オセットは首を傾げ、イヴァルノンは口を尖らせた。
「ちなみに、あんた達は何を知りたいんだ?」
「フクジンヅケっていう古人時代のレシピ」
「・・・なんかどうでもよさげだな」
「失敬な」
見回り機人と話をしているうちにエーティディーの情報処理が終わったのか、ピコピコと機械音を立てて再起動、瞼などない目のモニターである瞳を大きく開いた。
「やあ、私は蔵書検索AI、ATDーPAXⅡ。
エーティディーと呼んでくれ」
「やあ、イヴァルノンだよ。宜しくエーティディー」
「やあ、イヴァルノン。今日はリトア私立図書館へ一体何を探しに来たのかな?」
人格というよりまさに案内機械と化してしまったエーティディーに三人は肩を竦めて顔を見合わせた。
「フクジンヅケっていう古人時代のレシピを知りたいんだけど」
「フクジンヅケですね。
2098741143399件ヒットしました。」「多ッ」「材料は大根、茄子、蓮根、かぶ、瓜、なた豆、しそが代表的です。」
「ちょっと待って多い。しかも全部聞いた事ないんですけど」
「これら全てを同じぐらいに切り、酢水に浸けて灰汁を抜いてから干します」
「あーやばい、私のキャパシティが音を上げている」
「酒、昆布、しょうゆ、水、砂糖を鍋に入れて火に掛けます。これに先程の材料を入れて煮ます。それらを冷ましてから保存容器に移し替え、一晩寝かせたら完成です。」
エーティディーはさらさらと止まる事無く言いかまし、そしてフクジンヅケを完成させてしまった。
だが、イヴァルノンは古代単語たっぷりの文章に翻訳が間に合わず、途中でメモに切り替えたがそれも間に合うことはなかった。
「ごめん、もっかい言ってくれる?」
この『もっかい』を数回繰り返した後、ようやく全てメモを終えた。
イヴァルノンはそれを持ってオセットと見回り機人を連れて少し離れたところへ行く。
「材料なんだけど、水と、酢辺りはなんとか分かったんだけどさ。
ダアイクォンとか何?発音が分からない」
「ナンシィとかウェンケェンとかな」
「シャケにキョンビ、ショーウに水とサトー・・・・未知だな」
「どうしよう・・・1個1個聞いてみよっかな」
イヴァルノンは再度エーティディーの許へ行き、一つ一つの分からない単語について訊いてみた。
「エーティディー、ダアイクォンって何?」
「ダアイクォン、0件ヒット。
すみません、私には分からない言葉です」
「うっそ!ヤバい!詰んだ!?オセット!!私詰んだ!この依頼クッソ難しいんですけどッ!!」




