第1章-第8話 辻斬り入道との対峙
迎えた深夜。ある町家の裏通りを一人の若い男が歩いていた。笠を被り、紺の着物に黒の羽織を着た彼は角を曲がって表に出る。
すると、その背後から笠と法衣を纏い、錫杖を持った長身の僧侶が迫って来た。僧侶は錫杖に仕込まれた刀を抜き、男へ斬りかかる。
「ッ……!」
斬られる寸前、後ろを振り向いた男は腰に差した刀を抜いて受け止める。鍔迫り合いになる中、男は僧侶の刀をいなして後ろへ跳躍して距離を取る。
と、僧侶が一直線に突進し、男に向かって刀を振り上げた。
「ひいっ⁉」
男が短い悲鳴を上げて避けた後、笠の先が切れて烏羽が散ると同時に幻術が解け、司の姿が顕わになる。
「だから僕には無理って言ったんですよぉ!」
司の情けない声が辺りに響くが、僧侶はお構いなしに彼に向かって刀を振るう。一連の様子を町家の屋根の上から窺っていた朱華と燎也は小さくガッツポーズをした。
「無事に獲物が釣れたはええけど、俺らも出んでええんか?」
「この際だ。司がどれだけやれるか見るためにも、少しの間泳がしとこうぜ」
「ホンマ性格悪いな……」
面白がって援けに出ようとしない朱華へ燎也は溜息を吐く。その下には僧侶の攻撃に防戦一方となる司の姿があった。
「だが、燎に城下中へ噂を流して、至るところに死体を転がしてもらった甲斐があったってもんだろ」
朱華は隣で見ていた燎也に悪い笑顔を向ける。
燎也は司が調査に出ている間、悪事を働く侍や浪士、傾奇者たちを罰する強者が現れたとの噂を城下町中にばらまき、死体を転がしてさも強者に変装する司が強いかのように見せかけたのだ。
「ったく、お前の考えることには付き合いきれんわ」
「の割にはノリ気だったじゃねぇか」
「ま、前々から城下で悪さしとった悪党どもを成敗できたしな」
朱華にツッコまれ、燎也は清々しい表情を浮かべる。今回、朱華と燎也が標的にしたのは、力のない庶民や貧困層を不当に虐げている者たちで、本来ならば巫守寮や町奉行が罰する存在だ。
野放しにされているのを良いことに悪事を働いている者たちを燎也が調べ上げ、辻斬り入道を釣るために一役買ってもらったというわけである。
「それはそうと白音には感謝せえよ。忙しい中、治療に当たってくれたんやから」
「わーってるよ」
朱華と燎也自身、別に殺害しても構わなかったのだが、流石に殺すまで行くのは駄目だと協力者である白音に言われ、死ぬ一歩手前で彼女に悪党連中の治療を頼んだのであった。
兎にも角にも、こうして無事に標的が釣れたので万々歳というわけだが、そろそろ限界が近いのか、下で僧侶の相手をしていた司が上にいる二人に向かって念話を飛ばしてきた。
『朱華さん! 燎也さん! 見てないで早く降りてきてくださいよ~!』
「司も呼んでることだし行くか」
「そうやな」
屋根から飛び降りた朱華と燎也は、司と僧侶の間に着地する。司に向かって僧侶が刀を振ったのを朱華が抜刀して弾き返す。
「っと!」
僧侶の体勢が崩れた瞬間、朱華は巫力を回した脚で僧侶の懐へ蹴りを入れた。衝撃で後ろに吹き飛んだ僧侶へすかさず燎也が数本の苦無を放つ。
だが、踏み止まった僧侶に刀で叩き落とされてしまった。刀を振り払った朱華は十数メートル先に佇む僧侶を注視した。
「さて、お前が噂の辻斬り入道――いや、化け狸の集合体と言ったところか」
「ほう、よく分かったな」
朱華が口にすると、辻斬り入道は笠の中から目を光らせた。
「えぇ、狸っ⁉ それも集合体ってどういうことですっ⁉」
話を聞いていた司は、驚いたように朱華へ尋ねた。
「寺の裏手にやけに異臭のする黒い塊が落ちてただろ? あれは狸の糞でな。あの廃寺は狸の妖魔が多いことで有名で、別名・狸寺と呼ばれてたんだ。大方、無意味な殺生を嫌う和尚が拾ったんだろう。妖魔なのにもかかわらず危害を加えないってんで、人々からもそれなりに愛されてた。違うか?」
朱華は辻斬り入道に向けて問いかける。と、彼は静かに頷いて語り出す。
「あぁ、その通りだ。そして例の事件が起き、あの四人組の巫術師のせいであの人諸共焼き祓われてしまった。しかし、このままやられっぱなしでは気がすまぬと我らは怨念と化し、和尚の身体を借りてあの者らを殺したのだ」
「……なるほどな。そういうことやったんか」
辻斬り入道の話に合点がいったのか、燎也は納得した表情を見せた。種明かしを終えた朱華は、刀を肩に担いで後ろにいる司へ顔を向ける。
「つーわけだ。司、惜しかったな。けど、二日であそこまで調べあげたんだ。及第点ぐらいはくれてやる」
「っ……ありがとうございます」
朱華に称され、司は感極まったような顔で返事をした。そんな彼に軽く微笑みかけた朱華は辻斬り入道へと向き直る。
「和尚と自分たちを殺して寺を焼き払った四人と街に蔓延る悪党どもを殺害する。それだけで留めておけば良かったんだ。だが、殺していくうちにお前は自身の器に見合わない妖気に呑まれ、無辜の民まで巻き込んで、栄養源となる精気を得ちまった。もうとっくに堕ちたも同然だ」
朱華が冷たく言い放つと、辻斬り入道は自嘲めいた笑みを溢す。
「そうかもしれぬな。だが、もう後戻りはできん。我らは最期まで失ったあの人の代わりを果たすまで。故に誰であろうと邪魔はさせぬ!」
地面を蹴り上げた辻斬り入道は妖気を帯びた刀を手に、まっすぐ朱華へと迫った。朱華は桜の花弁を纏わせた刀で迎撃するが、力に押されて空へと吹き飛ばされる。
入道は複数の妖気の斬撃を空中にいる朱華へ向けて放つ。が、朱華はその全てを桜の斬撃で相殺し、地面へと滑り込むようにして着地した。
「その姿にその太刀筋と巫式。お前はもしや……『紅桜』か」
「へぇ……お前、オレのこと知ってんのか。だったらこれも知ってるよな?」
辻斬り入道の指摘に目を細めた朱華は、刀を構え直す。
「オレのその名で呼んだやつは全員皆殺しだってよぉ!」
そう言った途端、朱華の身体から場を圧倒するほどの殺気が溢れ出すとともに彼女は辻斬り入道へ突撃した。凄まじい勢いで剣技を繰り出す朱華に応じるかの如く入道も刀を振りかざす。
一方、朱華の殺気に呑まれたのか、その場から動けずにいた司が恐る恐る口を開く。
「りょ、燎也さん。『紅桜』って……何です?」
「なんや朱華の異名らしいけど、詳しいことまでは俺も知らん。さっ、話はここまでにして俺らも参戦するで」
「はい!」
燎也と司はそれぞれ刀と錫杖を持って入道へ駆けていく。
辻斬り入道が刀を瓦屋根へ跳んだ朱華目掛けて振り下ろす。朱華は寸前で身体を横に逸らして避け、入道の胴へ突きを入れる。
直後、刃も同然の桜の花弁が鋭く舞うが、入道の身体から妖気が渦を巻くようにして発生し、花弁が消し飛んだ。
「はっ!」
朱華が退いたと同じくして、司が錫杖を瓦に叩きつけて陣を展開させ、入道に向けて雷撃を放つ。
降り注ぐ雷撃を入道に跳んで回避されるも、彼の背後にやってきた燎也が炎を帯びた刀で左から右に斬りつける。
「せいっ!」
燎也の攻撃を刀で跳ね返した入道は、回転斬りで周囲にいた朱華たちへ向けて斬撃を飛ばす。
刹那、放たれた強烈な妖気によって突風が巻き起こり、足場となっていた瓦屋根が剥がれて三人に襲い掛かった。
巫式の紅葉操作を発動させた朱華は、無数の紅葉を自らの前へ展開して防御した後、屋根から退避して地面へと着地する。
「流石は梅花刀。威力は相当だな」
防ぎきれていなかったのか、朱華は風圧で切れた頬から流れる血を手の甲で拭いながら、辻斬り入道の持つ刀を見つめた。
と、降ってきた瓦を炎を帯びた刀で弾いた燎也が隣に降り立つ。
「あの刀について何か知っとるんか?」
「あぁ、実は和尚とは昔からの知り合いでな。あれの正式名称は梅花剣。じいさんが華京へ修行に出た時に、向こうの仙師から譲り受けた剣を扱いやすいよう刀に変えたもので、名刀中の名刀だ」
司が巫式である無数の烏羽を放射して入道を追撃するのを捉えながら言った朱華は、加勢に入るべく屋根へ跳んで入道の頭上から斬り込む。
だが、刀で弾き飛ばされてしまう。その反動で身体が数軒先の屋根まで転がるも、踏み止まって桜の斬撃を飛ばす。斬撃は瞬く間に辻斬り入道へ接近し、彼の右腕を裂いた。
「ッ……!」
一瞬、怯んだ入道へ燎也が苦無を投擲する。
すると、燎也の放った苦無が入道の刀に当たり、爆発が発生。入道の視界が黒煙で覆われる中、次いで瓦を蹴って突撃した朱華が斬りかかる。
妖気によって黒煙が晴れ、朱華と入道の刀のぶつかる音が響く。
『でも、今の使い手は器に取り憑いてる狸だからな。生前の和尚に比べりゃあいつの方が断然マシだ』
『ほんならまだ勝ち目はありそうやな』
入道と何度か撃ち合って後退した朱華と燎也が念話でやり取りする傍ら、司が錫杖で入道の攻撃を受け流して後ろへ跳ぶと同時に、幾枚もの烏羽を飛ばす。
入道は降りかかる烏羽を妖気を帯びた刀で払い、近くへいた朱華に間合いを詰めた。朱華が迎え撃ったのも束の間、入道はその場で踏み込み、彼女の懐へ蹴りを入れる。
「チッ……!」
朱華は咄嗟に巫力で強化した両腕でガードし、通りを挟んだ長屋の上へと着地する。
間髪入れずに燎也と司が入道と交戦する中、通り沿いの店に掛けられた数本の暖簾が宙に浮き、矢のような速さで迫ってきた。
手のひらを前に出した朱華は桜の花弁を放ち、暖簾を木端微塵に粉砕する。と、立て続けに今度は妖気によって操られた樽や提灯、箱看板が飛んできた。
「えぇい! 鬱陶しい……!」
そう咆えた朱華は素早く巫力の斬撃を飛ばす。斬撃が命中した瞬間、飛んできたものが一斉に破裂し、爆発が巻き起こる。経たずして、爆発音に気づいて店から出てきた浪士たちが、朱華たちを見た。
『ここで暴れたら浪士たちを巻き込んじまう。誘導するぞ』
朱華はすぐさま良也と司へ念話を飛ばし、屋根を伝ってその場を離れる。




